第13話:試着室の告白、そして人としての眼差し
拓真は震える手でロックレバーを外した。まるでドアを開けた瞬間、あの女たちが襲撃の陣形を組んで待ち構えているのではないかと怯えながら。しかし、通路は無人だった。いたのは、普通の鏡の前でレギンスを試着している女性や、ただTシャツを眺めている一般の客だけだった。
エイミーは、ボサボサの髪、ズボンから半分はみ出たシャツ(おそらく試着室の中で縮こまっていたせいだ)、そして腫れぼったい目をした拓真を上から下まで見つめた。その姿は、まるで修学旅行ではぐれた迷子の子供のようだった。
エイミー:――容赦なく――「うわぁ……。本当に、世界一惨めで哀れな逃亡中の彼氏って感じね」
彼女は、四角い小さなプラスチックのパックを宙に放り投げた。
拓真は、午前中ずっと死線を潜り抜けてきた男の反射神経で、そのパックを空中でキャッチした。それはローソンのポテトサラダだった。消費期限が切れかけていて、黄色い「25%引き」のシールが貼られている。
エイミー:「さっさと食べな。もし店長に、会計もしてない服を着たあんたがここにいるのを見つかったら、私がめちゃくちゃに怒られる。今日の分の反抗期メーターはもう使い果たしちゃったんだから」
拓真は車椅子用試着室の金属製のベンチに腰掛けた。足はまだ震えており、指先の間でプラスチックのパックがパチパチと音を立てる。急激に襲ってきた空腹感は、純粋なアドレナリンと、昨夜ジェニファーが彼の味蕾に刻み込んだメンソールジンの味が混ざり合った、酸っぱくて空虚な胃の痛みを伴っていた。彼は箸も使わず、まるで漂流者のように、指で押し込むようにしてペースト状のポテトサラダを最初の一口、口に放り込んだ。
拓真:――口を半分動かしながら、枯れた声で――「ありがとう……エイミー。本当に。どうしてここまでしてくれるのか、分からないよ」
エイミー:――ドアの枠に背中を預け、ごく自然な動作で腕を組みながら――「言ったでしょ。あの女たち、私のハラワタに蹴りを食らわせたいくらいムカつくの。特にあのヒロイン風のヒョウ柄。私の半年の給料くらいするバッグを持ってるからって、こっちを玄関の泥落としマットみたいに扱っていいと思ってるタイプの客。そんな女に向かって、あんたが『自分で払え』って言い放ったところ……」
――エイミーは屈託のない高笑いを漏らした――
「……最高に安っぽいリアリティショーの最終回よりスカッとしたわ。そのポテサラを受け取る資格はあるよ」
拓真は黙々と食べ続けた。まるでそれが地球上で最後の食べ物であるかのように、一口一口を噛み締めて飲み込む。涙が目を焼きそうだったが、今度の涙は悲しみからではなく、純粋な安堵からくるものだった。こんな風に自分を庇ってくれた人間は……いや、これまでの人生で一人もいなかった。
エイミー:――手の甲で唇の端のクズを拭う拓真を見つめながら――「ねえ……あの女たちのところに戻る気?」
拓真:――ゆっくりと咀嚼しながら――「……たぶんね」
エイミー:――両眉を跳ね上げて――「たぶん? つまり……あんた自身、戻りたいのか戻りたくないのか分かってないってことじゃん」
彼女は近づき、狭いベンチの拓真の隣に腰掛けた。エイミーは数秒間、沈黙のまま彼を見つめた。店内のスピーカーから流れるありふれたポップミュージックのリズムに合わせ、彼女の歯の間でガムが気だるげに動く。彼女はスマホ――角の画面がひび割れた3年前のモデル――を取り出し、時間を確認した。
エイミー:「私のシフト、あと20分で終わるの。もし行く場所がないなら、うちに来なよ。地下鉄で3駅、四条の路地裏のエリアにあるの。言っとくけど、ただの狭い穴蔵(汚い部屋)だからね。でもヒョウ柄の家具なんてないし、あそこで叫ぶ人間がいるとしたら、私がタンスの引き出しに指を挟んだ時くらいだよ」
拓真は顔を上げ、曇ったメガネの奥で瞬きをした。その提案はあまりにも予想外で、今の彼の人生においては「無条件の親切」などというものは存在しないはずだったため、かすかな不信感が胸を刺した。
拓真:「どうして? だって……俺たちのことは何も知らないだろ。俺は境内でキツネのフンを掃除してるただの庭師だ。それに、俺を追い回してるあの3人のサイコパスを見たばかりじゃないか。トラブルに巻き込まれるのが怖くないの?」
エイミー:――乾いた笑いを漏らし、首を横に振りながら――「恐怖? タク、あのね、恐怖なんて失うものがある人間の贅沢品だよ。私はその日暮らしなんだから」
――彼女は冷笑に近い軽さで肩をすくめた――
「本気でH&Mの店員風情が、京都の家賃を払えてると思ってるの? 無理に決まってるじゃん。ここの給料なんて、金髪のブリーチ代とラーメン代、それから社会保険の言い訳作りのためだけだよ」
拓真:――困惑し、眉をひそめて――「じゃあ……残りの生活費はどうやって払ってるの?」
エイミーはゆっくりとした滑らかな動作で黒いパンツのポケットにスマホを仕舞い、拓真の方へと顔を向けた。その笑みには、先ほどまでの企業マニュアル的なアパシー(無関心)は微塵も残っていなかった。それは、世界の裏側を見て、そこに完全に馴染んでしまった人間の笑みだった。
エイミー:「デリバリー(配達)の仕事をしてるのよ、モスキート。でも、寿司じゃない。私自身を届けるの」
拓真は、ポテトサラダをすくったスプーンを口に運ぶ途中で静止した。プラスチックのパックがカチリと音を立てる。彼は、まるで死滅した方言を翻訳しようとするかのように、彼女の言葉を脳内で処理しながらじっと見つめた。
拓真:――瞬きをしながら――「届ける……?」
エイミー:――少年のあまりの無垢さに、小さく吹き出して――「売春だよ、タク。時給制のね。高いスーツを着て、若い金髪の女がディナーに付き合ってくれてるっていう妄想を買いたい男たちとデートして、そのあと……まあ、四条のホテルで一通りの『仕事』をするの。手っ取り早くて、確実な現金収入。そうやって光熱費を払ってるのよ」
拓真:――頬を真っ赤に染め、視線をポテサラに落としながら――「そ、それを……そんな風に言うのか? 何でもないことみたいに」
エイミー:「じゃあ、どうしてほしいわけ? 泣きながら『社会に強制されたんです』って言えば満足?
――彼女はベンチの上で身体を伸ばし、合板の壁に背中を預けた――
「ただのビジネスだよ。H&Mは『模範的な市民』としての衣装を私に提供してくれて、夜の仕事は、あんたみたいに毎日期限切れのポテサラを食べなくて済む生活を保障してくれる。それに……」
――彼女は拓真の脇腹を小突いた。彼はビクッと身体を跳ね上げる――
「……そんなパニックになった顔で私を見ないでよ。あんたはベッドの中に3人の絶世の美女を囲って、骨盤と銀行口座をズタズタにされてるじゃない。私の方がよっぽど健全だよ。私は『前払い』でしか動かないんだから」
拓真はつばを飲み込んだ。何が一番恥ずかしいのか分からなかった。エイミーが隠れ家を提案してくれたことか、自分が試着室で期限切れのポテサラを貪っていることか、あるいは彼女のような――冷徹で、スマートで、フィルターのない――女の子が隣に座り、まるでピザの注文でもするかのようにセックスについて語っているという事実か。
彼は油ぎった手をプラスチックのナプキンで拭き、空になったパックを二人の間のベンチに置いた。再び、数秒間の沈黙が流れる。
エイミー:――横目で彼を見ながら――「何? かわいそうだと思った? 私が……何て言うか、そんなことをしてるから『女として価値が落ちる』とでも思った?」
彼女は拓真が答える前に、自ら首を振ってその言葉を打ち消した。
エイミー:「いや、忘れて。あんたがどう思ってるかなんて興味ないわ」
彼女は俊敏な動作でベンチから立ち上がり、両腕を上に伸ばした。カウンターの前に何時間も立ち続けていた背骨がボキボキと音を立てる。彼女はもう一度時計を見た。――シフト終了まで、あと5分。
エイミー:「いい、タク……。私がこのドアを出たら、そのまま地下鉄に直行する。ついてきたいなら……勝手にしな。もし嫌なら……」
――彼女は肩をすくめた――
「……そこにマヌケ面して座ったまま、あんたの3人の女神様たちが援軍を連れて戻ってくるのを待ってればいいよ」
――彼女は演劇的な短いタメを作ってから、言葉を付け足した――
「でも警告しとく。もしあんたがここに残って、あいつらに捕まったら……私は二度とあんたを救えないからね」
拓真:――疑念を抱きながらエイミーを見つめて――「どうしてそこまでしてくれるんだ? 俺たちのことは、まだ会ったばかりなのに」
エイミーはストレッチの手を途中で止め、ゆっくりと両腕を下げた。そして、アイラインで強調された瞳で拓真をまっすぐに見据えた。車椅子用試着室の蛍光灯の光が、H&Mの安物のメイクでは隠しきれなかった彼女の微かな目の下のクマを浮き彫りにしていた。彼女の笑みが戻ってきたが、今度の笑みには異なるニュアンスが含まれていた。――睡眠をとったくらいでは消えない、年季の入った「疲弊」だ。
エイミー:「どうしてそこまでするか、って? 第一に、勤務時間中に今週最高に面白いショーを見せてくれたから。第二に……」
――彼女は彼の方へ微かに身を乗り出し、拓真の膝の上に手を置いた。その手には、どこか重苦しい親密さがこもっていた――
「……私に1時間5万円を払う男たちはね、私のことを神戸牛のステーキか、プラスチックのトロフィーみたいに見てるの。翌日にはゴミ箱に捨てるプレゼントの包装紙を剥がすみたいに、私の身体に触れてくる」
拓真はその手の下で身体を硬直させ、息を潜めた。
エイミー:「でも、あんたは……あんたはさっき、あのバッグをまるで死刑宣告か何かみたいに見つめてた。そして、2千円の安物のズボンを私に返したとき、私の目を真っ直ぐ見てくれた。まるで私が『人間』であるかのようにね。ピンクの制服を着たマネキンじゃなくて、本当の人間として」
――エイミーは彼の膝をポンと優しく叩き、完全に立ち上がった――
「それにさ、モスキート。あんたが心の底から『普通の日常』に飢えてるのなんて、1キロ先からでも丸分かりだよ。私の穴蔵は、この街で手に入る最も『普通』な場所だよ。収入の半分がラブホテルから出てるとしてもね」
拓真はベンチから彼女を見上げた。彼の脳内は、最大出力で脱水にかけられた洗濯機のように激しく回転していた。ロード・ケザールは、彼の反逆など命令と命令の間の短い「猶予」に過ぎないと言い放った。そして今、現実がその言葉の正しさを証明しようとしていた。
デザイナーズマンションに戻って3人のサイコパスな歌姫たちの奴隷になるか、それとも、家賃のために身体を売りながらも自分を「人間」として扱ってくれるH&Mの店員と一緒に電車に飛び乗るか。――どちらかを選ばなければならない。
店の外では、有線放送がこの時代のありふれたポップソングへと切り替わった。エイミーのシフトが終了した合図だ。
エイミー:――試着室のカーテンへと歩き出し、彼に背を向けながら――「着替えてくる。5分後に従業員出口の自動販売機の前で待ってる。そこにいたら、連れてってあげる。もし売れ残ってたら……あのヒョウ柄が戻ってきたとき、神様にせいぜいお祈りすることね」
カーテンが、プラスチック特有の乾いた音を立てて閉まった。
拓真は試着室の中に一人取り残された。口の中に残る安物のポテトサラダの味、手の中にある擦り切れた財布、そして人生で最も残酷な「選択」が、通路の終着点で彼を待ち受けていた。
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