新発見
とにかく優先しなければならないのは、何とかパーティ内での立ち位置を確立することだった。俺は経費計算(俺を帯同するのは委託業務だから、そのために追加で発生する費用は必要経費として、報酬に上乗せして支払われる)やパーティの収支計算を引き受け、メンバー同士の関係の調整(と格好をつけてみたが、要はフレッドとハンスの愚痴の聞き役だ)にあたった。天恵のスキル〈絵師〉の出番はなかったが、経理部門で中間管理職をやっている間に身に着いたスキルは大いに役立ったってわけだ。
フレッドとハンスは二十歳、ダブダブのフード付きローブを着こんでいるエルザの容姿は確認できないが、小柄な体格や声の感じから考えると、成人年齢の十六歳になったばかりといったところだろう。そんな若いパーティから突然リーダーが抜けたわけで、へたをすれば空中分解の恐れもある。あの食えない親父のことだ、多少は人生経験のあるオッサンの俺に、彼らの面倒を見させようって魂胆だろう。
少しばかりもたつきはしたものの、七日目にパーティはダンジョンの10階層に到達し、探索は二度目の周回に入った。そして十日目の昼過ぎ、俺たちは再び第五階層に潜っていた。
第五階層は入り口から最奥の壁まで、五本の通路が二十五メートル間隔で並行して伸びているのだが、俺は真ん中の通路だけが五十センチ程長いことに気がついた。
「なぜそんなことがわかるんすか?」とフレッドが目を丸くして言った。
「マッピングのために歩数を数えていたんだよ」
「ひえー、わざわざそんなことを!」
この階層のマップはすでに作られているが、構造が単純だしそれほど強いモンスターも出現しないから、マップの精度はそれほど高くない。俺としても、実用のためというよりは、マッピングの技術を磨いておこうと考えていただけだ。
「この真ん中の通路だけは、奥に向かって少し上りになっているよね?」
「確かに」
今度はハンスがうなずいた。
「もし、傾斜のせいで距離に差が出ているんだとしたら……」
俺は計算尺を使って斜辺100.5メートル、底辺100メートルの直角三角形の高さを算出した。
「入口からここまで、約10メートル上ってきたことになる」
「すげえ、そんなことがわかるんすか」とフレッド。
「10メートルも……。そういえば、この辺の壁だけレンガ造りですね」
ハンスはそう言いながら右手側の壁に手をやった。
「ひょっとして、隠し部屋ってことは?」
フレッドの言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせた。
「よーし、徹底的に調べんぞ。エルザ、お前も手伝え。足元の方を頼む」
約一時間の調査で、右の壁を覆っている数百個のレンガの内、一辺が1メートルの正三角形の頂点の位置にある三個が、5センチほど壁の中に押し込むことができることが判明した。何かの仕掛けであることは間違いない。次にやるべきことも分かっている。
「では、そろそろ反対側の壁を調べましょうか」と俺は皆に言った。
案の定、左側の壁にも同じように押し込めるレンガがあり、位置も丁度向かい合わせになっていた。
「じゃ、アンリさん、最後のレンガをお願いするっす」とフレッドが言った。
「俺が押していいのかい?」
「ええ、一番の功労者はアンリさんすから、それがスジってもんでやんす」
「わかった、じゃ、遠慮なく……」
一番高い位置にある最後のレンガを押し込むと床が激しく揺れ、敷石が外れて下りの階段が現れた。
「やっぱり隠し部屋っすね。魔物はいないみたいっす」
フレッドがカンテラで奥を照らしながら言った。
「やりましたね、アンリさん。このダンジョンに隠し部屋があるなんて話はこれまで聞いたことがない。大発見ですよ」
ハンスが珍しく興奮している様子で言った。
「こうなるとやっぱり気になるのは宝箱っすね」
そう言いながらフレッドは早くも階段を下り始めていた。
「あ、やっぱり奥のほうに箱のようなものがあるっす」
まあ、後から考えてみれば、下層階周回者を狙ったお決まりのトラップで、年長者の俺が彼らを制止しなければならなかったのだが、自分が仕掛けを見破ったことで、俺はすっかり調子に乗ってしまっていた。
最後尾の俺が階段を下りきって部屋に足を踏み入れたとたんに、俺の背後に扉が出現した。
「まずい、閉じ込められた」
俺がそう声を上げた時、薄暗くなった部屋の奥に、ぼんやりとした影のようなものが現れた。
「レイスだ。くそ、何だってこんなところに……」
レイスには物理攻撃が効かない。本来15階層までは出現しないのだが、隠し部屋は例外というわけだ。
「皆、俺の後ろに」
ハンスが盾を構えながら叫んだ。
襤褸切れをまとい、大鎌を持ったレイスが即死魔法を唱えると、ハンスの盾が緑色の光を放った。盾に付与された即死回避の効果が削られているのだ。
「エルザ、あとどれくらい持つ?」とフレッドが尋ねた。
「持って6回……」
「その間にかけ直しを」
「私じゃ、無理……、ごめん」
エルザがしぼり出すような声で答えた。
盾が再び光を放った。二度目の攻撃までの間隔は一分ほど。魔法の連射はできないようだ。とはいえ、残された時間はあまりにも短い。
「転移の羽根は?」
「使ってみた。けど、発動しない」
「ボス部屋と同じか」とフレッドが歯噛みしながら言った。
物理攻撃が効かない以上、エルザの魔法が頼りだ。だが、どうやっても詠唱の時間が足りない。詠唱の短い魔法ではレイスは倒せないだろう……。と、その時、ある聖獣のイメージが浮かびあがってきて、俺はマッピング用に持っていた紙にペンを走らせた。
「リアライズ!」
絵を描き上げてスキルを発動させると、思い描いた通りの聖獣が姿を現した。まあ、マッケンジー神父なら、「名だたる貴族が賞賛する豊満な肝を持つガチョウのごとき姿」とでも言うだろうが。今はこれに賭けるしかない。
「エルザちゃん、ファイヤーボールを」
「でも、レイスには効かない……」
「いや、こっちの聖獣を撃つんだ。こいつは火喰い鳥、火を食らって力にする」
「誇り高き火の聖霊よ。伏して助力を乞う。その炎を礫のごとく放て。ファイヤーボール!」
ファイヤーボールを丸のみにした火喰い鳥は、破裂するのではないかと思う程に胸をふくらませた。
「放て、浄化の炎」
火喰い鳥の口から吐き出された紫色の炎がレイスを包むと、レイスは跡形もなく消え去った。




