最深層へ
新しく出現した穴をのぞき込むと、白みがかった石でできた、螺旋状の滑り台のようなものが、暗闇の中で浮き上がっているのが見えた。深層に向かってどこまでも伸び続けていて、終わりが見えない。縁に刻まれた文字が本当なら、最深層のコアがある場所に続いていることになる。
「まだ入らないでくれよ」と俺はフレッドに言った。
「アンリさん、さすがにそんな無茶はしないっすよ」
やけに陽気な返事が返ってきて、俺とハンスは思わず目を見合わせた。その無茶をしでかしてくれるのが、フレッドの〈蛮勇〉なんだが……、まあいい、これで釘は刺した。
「隠し部屋のトラップの一件があるからね、中に入るか、いったん戻って経緯をギルドに報告するか、みんなで話し合おう」
「俺は入ってみたいっす。あの部屋の時とはちがう気がするっす」
「こいつの勘を信じるわけじゃありませんが、俺も入ってみるべきだと思います。この入り口も、フロアボスのイレギュラーと関係してますよね? 報告に戻ったらボスが再生して、多分この入り口も閉じてしまう」とハンスが考え込みながら言った。
「再生したボスがいつも通りだったら、二度と入れない……」
「ええ、そんな気がします」
「ヒルデ師匠なら絶対入る」とエルザが言った。
「うん、俺もそう思う。研究者として、こんなイレギュラーを見逃せるはずがない」
報告書を読んだらすっ飛んでくるだろうし、質問攻めされるに決まっている。いっそのこと、詳しい報告書は彼女に手伝ってもらってまとめることにすれば、手間がはぶけるかもしれない。とは言っても、それは俺たちが無事に戻れてからの話だ。
「この通路が罠の可能性は、かなり低そうな気がする。俺たちを潰したければ、方法はいくらでもある」と俺は三人に言った。
「そうですね。フロアボスの力を変更できるんだったら、ここで俺たちを倒すことだってできたはずだ。今回の戦いは、俺たちの力量を計ろうとしたってところですかね」と、ハンスがうなずきながら言った。
「ヒルデさんはダンジョンが知的生物だと考えているらしいんだけど、入口や大剣の古代文字を見ると、その可能性がいっそう高まった感じだね。さてと、ご招待を受ける前に、これまでの事を書き残しておこう」
俺はスケッチブックの空きページにイレギュラー発生の経緯を書いて折りたたむと、祭壇の敷石の隙間に挟み込んだ。
「エルザ、これに不可視化の魔法をかけられるかい? 次にフロアボスが倒された時に解けるようにできると最高なんだが……」
「ええと、魔力を感知したら発動して、それが消えたら無効に……。うん、なんとかなると思う。アンリ、書くものを貸して」
エルザをスケッチブックから外した紙とチョークを受け取ると、十打ほどの時間で呪文を書き上げた。
「ア・ル・テ・マイ コンシール」
エルザが呪文を唱えると、折りたたんだ書置きの紙片が一瞬青白く光った。
「成功……」
「俺の目にはまだ見えてるけど、フロアボスが再生すると見えなくなるのかい?」と俺はエルザに尋ねた。
「そう。魔獣の魔力が人より大きいのを利用していて、普通の隠蔽より、ちょっとすごい」
「へえ、これ、かなり応用が効くんじゃないか? ダンジョン内に救援物資を隠しておくとか」
「うん、今度ケイトに話してみる」
入口を通る順番は先頭がフレッド、次にエルザ、俺、最後がハンスということになった。決めたのはいつも戦闘の指揮を執っているハンスだが、誰が見ても妥当な順だろう。フレッドはあの性格だし、前方の守りはエルザのバリアがある。〈見切り〉のスキルを持つハンスが、パーティ全体の状況を把握しやすい最後尾にくるのも至極当然だ。
「エルザ、もし降りるスピードが上がりすぎるようなら、風魔法で減速してくれ。目を回す者が出たら治療も頼む」とハンスが言った。
「了解」
現在冒険者パーティが到達しているのが72階層、コアのある最深層までさらに何階層降りる必要があるか、まるで見当がつかない。一階層あたり三回転として、下手をすると百回以上くるくる回る羽目になるかもしれない。俺の場合、アイリーンと遊んだ時の経験から言って、十回転もすれば、しばらく立てないくらい目が回る。
「なあ、早く行こうぜ。それにしても、でっかい滑り台だな……」と、フレッドが入り口の奥をのぞきこみながら言った。新しい遊具を前にした子供といったところで、怖がっている気配はまったくない。
「まったく、お気楽で結構だよな、お前は」
「あ、ハンスがまた……」
ハンスは急いでエルザの言葉をさえぎった。
「おい、今のは皮肉だろ? ほめてないから、不吉でもなんでもない。出発するぞ」
滑り台の滑り心地は快適で、最初の五回転くらいまでどんどんスピードが上がっていったが、エルザが風魔法で減速する前に加速が止み、身体的な負荷の無い、快適な移動が続いた。
「すごい、重力魔法で速さを調整してる……」とエルザがつぶやくように言った。
「重力魔法ってそんなに難しいのかい?」
「うん。師匠も使えるけど、微妙な速度調整をずっと続けるのは無理」
そんな高度な魔法をダンジョンが俺たちに使っているってことか……。それに、二十回転を越えたのに、目が回った感覚がない。エルザは回復魔法を使っていないから、それもダンジョンがケアしているんだろう。ダンジョンが俺たちを招いているって解釈は、どうやら正しかったようだ。これで周囲の様子が眺められたら言うことなしだが、そこは許してもらえないらしい。周囲は闇に包まれていて、滑り台だけが白っぽく光っている。こんな縦通路がダンジョンのどこに隠れていたのか、まったくの謎だ。
九十回転、つまり概算で三十階層下降したところで先頭のフレッドが声を上げた。
「お、いよいよ到着らしいぜ」
確かに、もう二階層ほど先に穴が開いているようで、明かりがもれている。
「エルザ、いったんバリアを解除して、部屋に入ったらすぐ張り直してくれ」とハンスが言った。
「わかった」
「不意打ちがあるかもしれない。用心していこう」
重力魔法のおかげか、三メートル程の高さの天井から飛び降りた割に穏やかな着地だった。部屋の広さは五メートル四方、ボス部屋ではなく、やはりコアのある隠し部屋らしい。通常はフロアボス(最深部のボスだからラスボスと呼ぶべきか……)を倒した時に入り口が現れる。中央の台の上にダンジョンコアが載っているだけのシンプルな造りで、攻撃を受けることはなく、最上階への転移陣があるだけだと言われているのだが、俺たちが訪れたのは、そんな清浄で平穏なイメージとはかけ離れた禍々しい気配に満ちた場所だった。




