二つのコア
確かに中央の台の上には銀色の直径30センチ程のダンジョンコアが載っている。だが、話の通りだったのはそれだけだ。部屋の床も壁も、無数に枝分かれした黒い根のようなものに覆われている。まるでダンジョンから養分を吸い尽くそうとしているかのようだ。根は天井や、ダンジョンコアの載った台にもはい上ろうとしている。根の出どころをたどると、部屋の左手の隅にダンジョンコアを同じくらいの大きさの黒い球が見つかった。
「こいつ、ダンジョンコアを狙ってるのか?」とハンスが言った。
「別のコアがこのダンジョンを乗っ取ろうとしている?」
「そんな感じですね」
ハンスは俺の言葉にうなずいた。
俺たちの気配を察知すると黒いコアは根を後退させて自分の周りを覆った。頑丈な籠の中に入ったかのようだ。こんな動きができるとなると、根と呼ぶよりは触手と呼んだ方がいいのかもしれない。
「気味の悪いやつだな」
フレッドが剣を構えて近づくと、一本の触手が枝分かれした先端を手のひらのように広げてフレッドを捕まえようとした。それほど速くはない。木に擬態するトレントのような動きだ。
「おっと、捕まってたまるかよ」
フレッドはすばやく回りこんで触手を切り落としたが、触手はうねうねと身をくねらせながらフレッドににじり寄った。枝分かれした先端がばらばらに動く様は、まるで多頭の水蛇、ヒュドラのようだ。
「くそ、切り離しても動くのか……」
フレッドがそうつぶやいた瞬間、黒いコアを包んでいる籠の中から、ねじり合わさって槍のような形になった触手が、ものすごい速さで突き出されてフレッドを襲った。不意を衝かれた彼は、かろうじて急所は外したものの、右肩をつらぬかれたまま動かなくなった。
「フレッド、しっかりしろ!」
ハンスが叫んだが、フレッドは何の反応も見せなかった。触手が引き抜かれると、支えを失った彼はその場に崩れ落ちた。
「スタンか?」
俺が尋ねると、エルザが首を振った。
「違う。体は硬直していない。あの黒い奴に精気を吸われたんだと思う」
「それでバーサク状態になれないのか。エルザ、フレッドにヒールを」とハンスが言った。
エルザのヒールで出血はおさまったようだったが、フレッドの意識は回復しなかった。
「ファイヤーボール!」
エルザが放った火球は触手に触れた途端に風船がしぼむようにみるみる小さくなって消えた。
「やっぱり、魔力を吸収してる」
「威力の大きい魔法で攻撃しても、エサになるだけってことか?」とハンスが尋ねた。
「うん」
「ドレイン系か、やっかいだな……」
ハンスがそうつぶやいた時、籠の正面から伸びてきた一本の触手がバリアに触れると、バリアは一瞬で霧散した。
「げっ、バリアまで無効化できるのか」
ハンスが盾で触手を跳ね上げると、触手は少しだけ後退して俺たちを見下ろすような位置で動きを止めた。まるでこちらのすきをうかがっているかのようだ。さらに二本の触手が左右からゆらゆらと近づいてくる。魔法は効かない、剣で切っても独立して動き続ける……。これはまさか、詰みってやつなのか? 冗談じゃない! 俺はなかばやけくそでダンジョンコアに向かって叫んだ。
「おい、何か勝算があって俺たちを呼んだんだろ? こっちは何の情報も準備もなしにここまで来てるんだ。何とか言ったらどうだ」
口のないコアに向かって何とか言えもないもんだが、古代語が使えるんだし、どう戦えばいいのか、せめてヒントくらいよこせって意味だ。
その時、突然、二つの円錐を底面で貼り合わせた、クリダの実のような形が脳裏に浮かび、俺は急いでその絵を描いた。透明な結晶なので、黒チョークで輪郭を描くだけだ。正体は不明だったが、それがどんな能力を持っているのかはわかっていた。
「リアライズ!」
現実化した結晶体は尖った先端を真っすぐに立てて中空に浮かぶと、引き寄せられているかのように、ダンジョンコアに向かって移動した。大きさはコアとあまり変わらない。三本の触手は結晶体を捕まえようと枝分かれした先端を伸ばしたが、ハンスの盾とエルザの風魔法がそれらをはじき返した。
「そうはさせないぜ」
結晶体はコアの真上で静止すると、中心からまばゆい光を放った。
「上級聖魔法……」
俺はエルザのつぶやきにうなずきながら答えた。
「うん、浄化の光だ」
聖魔法の威力は絶大で、触手も本体の黒いコアも、削り取られるようにして小さくなってゆき、程なく完全に消滅した。ヒーリング効果があったのか、フレッドも意識を回復して立ち上がった。
「あの網目は? 黒いやつはどうなったんすか?」
ふらつきながらもこちらに近づきながら、フレッドが言った。
「お疲れ様。ダンジョンコアが欲しがっていた道具(?)をリアライズしたら、コアが自分で全部片づけたよ」
「へえー、ダンジョンコアが道具を使うんすか?」
「ああ。それも、聖魔法をぶっ放すための道具でね。効果てきめんだったよ」
「アンリさん、他人事みたいにいってますけど、ダンジョンコアが使う道具を作れる人間なんて、常識ではありえない存在ですよ」とハンスが言った。
「ああ、それはそうか……、報告書作りがますます面倒になりそうだな。ヒルデさんに頼るつもりだったけど、あの人が一番目の色を変えそうだ」
「なんか大変そうっすね。あ、ところで、ボス部屋じゃないし、アイテムは何もドロップしなかったんすかね?」
「今のところ何もなしだよ」
「あ……」ふいにエルザが声を上げた。
「どうしたんだい?」
「アイテムじゃなくて、何だかすごく面倒そうなものを見つけた」
「面倒そうなもの?」
「あれ……」
エルザはそう言いながら台の上のダンジョンコアを指差した。
「コアがどうかしたのかい? え?」
ダンジョンコアの隣にもう一つ、銀色の丸いものがある。コアが増えた? いや、違う。色は同じだが、この形は……。
「卵、なのか?」




