やっかいなスキル
40階層のボス攻略の後、俺たちは三日間ダンジョン探索を休んだ。一日目はギルマスによるボス攻略の経緯についての聞き取り調査で終わり、二日目はメンバー四人で会食(攻略成功の反省会兼祝賀会といったところで、場所は例によって猪鹿亭)したりして過ごした。俺の場合、ボス戦でドジを踏んだことがケイトばれて、その晩、エールの酔いがさめるまでこってり油をしぼられるというおまけがついた。ケイトは40階層攻略に成功した三番目のパーティの一人だ。そして三日目の今日、俺はもう一度ギルマスに呼びだされて、ギルドに来ている。
受付のジェシカに案内されて応接室に入ると、モーリ男爵がギルマスのオーソンと一緒に俺を待ち受けていた。
「モーリ様、ギルドまでお越しとは珍しいですね」
「やあ、アンリさん、報告書を読んで気になったことがあったもので、所用で出かけたついでに寄らせてもらいました。それにしても、かなり危ない目にあったようですね」
「はい。事前に作戦は立ててあったんですが、接近戦にあんなリスクがあるとは想像がつきませんでした」
「そうですね、毒の血を浴びせかけるための、血をためた袋をぶら下げていたと」
ギルマスが話を引き取って答えた。
「ええ、過去五回の討伐では、利用価値の低い頭部は回収されませんでした。ですから、肉垂の肥大が今回の個体だけに見られるものだったのか、過去のボスも同様の罠を隠し持っていたのかはわかりません。遠距離攻撃で簡単にかたがつくのに、わざわざ近接攻撃を仕掛けるやつがいるとは……」
「フレッドの〈蛮勇〉を考慮に入れなかったのは確かに凡ミスですが、そもそも初回パーティの手際が良すぎたんですよ」と、俺はギルマスの方に目をやりながら言った。彼は40階層を最初に攻略したAランクパーティのリーダーだ。
「二手に分かれてコカトリスの意識を分断して雷撃魔法で仕留める。後続パーティもみんな同じやり方で楽勝していたから、ボスの情報が十分に集まらなかった」
「まあ、作戦を立てるには、相手のことをどれくらい知っているか、正確に把握することが不可欠ってこった。それが甘けりゃ命取りになる。駆け出しパーティにはいい教訓になったろうさ」
ギルマスはそう言って、俺の顔をじろりと見た。要するに相手をなめていただろうと言いたいわけだ。
「作戦は必ず二つ以上用意する。ボスの行動に一定の傾向は見られるとしても、常に同じパターンとは限らない。実戦にイレギュラーは付きものだと思え……。今回の教訓はこんなところですかね」
ギルマスはにやりと笑って言った。
「ケイトの説教が効いたようだな」
やっぱり、報告書をケイトに読ませたのははこの親父か……。とは言え、俺はケイトとアイリーンを守ると誓ったんだ。ヘマをして死ぬわけにはいかない。
「それはそうと、モーリ様……」
俺はふと気がついてモーリ男爵に尋ねた。
「先程、報告書を読んで気になることがあるとおっしゃっていましたが、一体どんなことなんでしょう?」
「そうそう、アンリさん、今回、フレッドさんをバーサク状態にする精霊をリアライズしたそうですね」
「ええ」
「名前が〈鼓舞する者〉…… アンリさんがこの精霊をイメージした時、もしかして、フレッドさんを一時的に状態変化させるのではなくて、〈蛮勇〉というスキルそのものを〈バーサク〉に進化させようとしていたのではありませんか?」
「ええ、実現可能かどうかはともかく、イメージはそうでした」
「やはり……、この間、スキル進化は可能と思うかとお尋ねだったので、もしかしたらと思ったんですが」
「スキル進化?」とギルマスが驚きの声を上げた。
「では、ここからが本題です。まず、アンリさん、オーソンさん、これからお話しすることはすべて極秘扱いということでお願いします」
俺とギルマスは思わず顔を見合わせてからうなずいた。
「わかりました」
「実は私の知人に〈鑑定〉スキルを持っている者がおりまして、フレッドさんのスキルを鑑定してもらいました。その結果、実に驚くべきことですが、フレッドさんの〈蛮勇〉が〈バーサク〉に進化していたことが判明しました」
「そんな、信じられん!」とギルマスが再び叫んだ。
「ええ、スキル進化の可能性は考えられていましたが、実際に確認された例はなかった。しかも、それがあるスキルによって実現したとなれば、まさにこれは事件です」
「なるほど、これは極秘扱いするしかないな……」とギルマスがうめくように言った。
「はい、これまで〈絵師〉のスキルが実現してきたことも驚異的でしたが、これは次元が違う」
「スキル進化を望むあらゆる人間がアンリのもとに殺到する……」
「ええ、特にやっかいなのは上級貴族でしょうね」
「へたをすれば隔離や監禁、いや隷属か……。しかも、アンリのスキルはひらめきまかせ、スキルを発動させるために何をさせられるか、知れたもんじゃない」
モーリ男爵は静かにうなずいた。
「その通りです。それと、アンリさん、〈バーサク〉のことはフレッドさんにもまだ秘密にしておいた方がいいと思います。進化したばかりで、重傷を負わないとスキルが発動しないようですから。熟達すれば自力で発動できるようになるそうですが、それはまだ先のことだろうと」
「そこまで分かるんですか!とてつもないスキルだな……」とギルマスが言った。
「ええ、知人の〈鑑定〉はかなり上級のレベルに到達しています」
知人ということにしているが、実はモーリ男爵自身がそのスキルの持ち主なんじゃないか? そんな疑念が口を衝いて出そうになるのをかろうじてこらえて、俺は男爵に尋ねた。
「〈鑑定〉スキルはそんなに扱いが難しいものなんですか?」
「ええ。教会の内規で、スキル付与の儀式の際に、司祭が信者に付与されたスキル名を公表することが禁じられているスキルがいくつかありますが、〈鑑定〉はその一つです。〈鑑定〉が付与された場合、司祭はいくつかの当たり障りのないスキルのどれかが付与されたと宣言し、後で当人と両親のみに真相を伝えることになっています」
「そこまで……」
「このスキルも、品物の値打ちを知る程度の初歩段階なら問題ないんですが、レベルが上がり、人の能力や将来性の鑑定ができるようになると、とたんに話が変わってきます。たとえば、平民がこのスキルを持っているとして、どんな貴族が自分を鑑定して欲しいと思うでしょう?」
なるほど、高位の貴族自身がこのスキルの持ち主だったら、優秀な人材を集めるのに都合がいいが、自分が値踏みされる側にまわることを喜ぶ貴族はどこにもいない……と。
「お分かりいただけたようですね。では、改めて申し上げます。アンリさん、今やあなたの〈絵師〉のスキルも、〈鑑定〉のスキルと同様に、厳重に秘匿すべきスキルだということです」
どういうことだ? 何がまずかったんだ? ただ絵を描くのが楽しくて、筆に〈力〉が乗っていく感覚が心地よくて、リアライズした聖獣がいろんな人の助けになるのがうれしかっただけなのに……。
「申し訳ありません。すっかり混乱させてしまったようですね。別に、脅そうとしたわけではありません。あなたが自由を奪われることなく、これまで通りに暮らせるように全力を尽くしますから。ご安心ください。ギルドにも協力してもらいますしね」
「おう、任せておけ」
なるほど、そのためにオーソンを呼んだのか。
「〈鑑定〉スキルを持っている私の知人も、ここで平穏無事に暮らしていますからね、どうか安心してください」
モーリ男爵はおだやかに微笑みながらそう付け加えた。




