モーリ男爵
ワイバーン襲来から三日後、俺はこの町の領主、モーリ男爵の屋敷に招かれた。すでにギルドを通じてケイトと俺は褒章金を与えられていたのだが、ギルマスから男爵が会いたがっていると伝えられたのだ。男爵が午後の仕事の代行者を手配してくれたので、俺は面談を終えたらそのまま帰宅できることになっていた。約束通り昼の二の刻に迎えの馬車がギルドに到着し、俺はそれに乗って高台にある男爵の屋敷に向かった。貴族の馬車に乗るのはもちろん生まれて初めてだったが、内装がどうとかいうことよりも、とにかく揺れが少ないことに驚いた。まるで宙に浮いたまま移動しているかのようだ。
執事に案内されて応接室に入ると、ほとんど間を置かずに男爵が姿を見せた。年齢は三十代半ば、俺より少しばかり年上といったところだろうか。
「クレランス・モーリです。おざわざお越しいただいて恐縮です」
「アンリと申します。この度は妻ともども過分な褒賞を賜り恐悦至極に存じます」
「いやいや、あなた方が最大の功労者ですから、過分だなんてとんでもない。それと、堅苦しい言葉遣いは無用です。男爵位は拝命しましたが、元は平民の商人ですから。私は相手の人柄や能力への敬意は必然と考えていますが、血筋や家柄、それにともなう地位に関してはさほど重視しておりません。言ってしまえば、領主なんてものは、領民の皆さんの協力を仰ぐ、ただのとりまとめ役なんですよ」
サー・クレランス・モーリ……、俺は彼が評判通りの人物だと確信した。彼はコーネル子爵領の財政を再建したことで一代貴族となりこの町の領主となったのだが、命令を出すことで再建を実現したのではなく、埋もれていた人材を発見し、部下たちのやる気を引き出すことでそれをやりとげたのだ。
「ギルドからの報告書に目を通していて、いくつか直接お尋ねしたいことが出てきたものですから、こうしてお越し願った次第です」
「はい、どうぞ何なりと」
「ありがとうございます。あなたは〈絵師〉のスキルをお持ちですね」
「ええ」
「それで、マッケンジー神父の証言によりますと、あなたが地面に絵を描いてスキルを発動させると、『絵が金色に輝き、山岳狩猟民ピポ族が崇拝している神像がごとき姿をした聖獣が出現し、ワイバーンを打倒した……』、アンリさんはこの神像の類をご覧になったことがおありで?」
ピポ族って何者? おまけに、なんちゅう文体の報告書だ。まあ、あの神父さんらしいと言えばその通りなんだが……。
「とんでもない。神像どころか、ピポ族っていう人たちがどこに住んでいるのかも知りません。そんなものを知っているのはあの人だけですよ」
「まあ、そうですよね。つまり、あなたは知っている何かの絵を描いたのではなく、自分が望んでいる力をもつ聖獣を思い描いて、それを実体化した」
「そういうことになりますかね」
「すばらしい、実にすばらしい! アンリさん、これは大変な快挙ですよ」
「いや、でも、まぐれというか、やけくそでやったことがうまくいっただけで……。聖獣の絵だって、同じものを何度か描いてみたんですが、リアライズできませんでした」
「いえ、そこは重要ではありません。スキルの発動条件が解明されていないというだけのことですから。大切なのは、〈絵師〉という稀少なスキルに、これまで誰も考えてみなかった可能性が秘められていることが、実証されたということです。私は領主として、その可能性の拡大と実現に助力を惜しまないつもりです」
少し話しただけだが、この人が恐ろしく有能で誠実だということは俺でも分かる。わずかな期間で平民から貴族になり、領主として敬愛されているのも当然に思えるくらいだ。だが、だからこそ逆に、そんなに目をかけてもらって、期待に応えられなかったらどうしようという不安がつのってくる。いつから俺はこんなビビリになったんだ? せっかくのチャンスだってのに、いや、二度とないチャンスだからこそか……
「アンリさん、あせらなくて大丈夫ですよ」
男爵は俺の心の中を見抜いているかのように、おだやかな口調で言った。
「そうですね、まずは、私の肖像を描いてもらえませんか?」
「肖像画ですか?」
「ええ。ああ、別にリアライズしていただいて影武者にしようとか、そういうことではありませんからご安心ください」
「ああ、はい……」
ここは笑うところなんだろうか……。なんだか胃が重い。
「油彩でも素描でも、あなたがやりやすい描き方で結構です」
「しかし、私が描いた絵なんて」
「アンリさんの絵が個性的なことは存じております。観る者を選ぶようですから、応接間に飾るような真似はいたしません。それと、無理に似せようとする必要もありませんから。私が生まれた国には、人や風景を本物そっくりに写し撮る魔道具がありまして、画家の仕事は本物そっくりに描くことではないんです。私という人間を知った上で、あなたがお描きになりたい私を描いてくださればそれで十分です」




