帰還報告
帰還後最初のダンジョン探索は早めに切り上げて、俺はモーリ男爵の執務室に出向いた。
「やあ、アンリさん、強盗撃退の話は聞きましたよ。お手柄でしたね」
「ありがとうございます」
「それで、ゴーレムと大ガエル(?)をリアライズした時のことを詳しくお聞きしたいんですが」
「ええ」
聖獣のストックが可能になったことはすでに伝えてあったので、今回の報告でポイントとなるのは、離れた場所にスケッチブックがあってもリアライズできたことだった。
「いいですね、運用の幅が大きく広がりそうだ。風魔法で絵を魔獣の背後に運んでリアライズするとか」
「確かに」
「スケッチブックが閉じていてもリアライズできたことに関しては、どう思われます?」
「たまたま、絵の残りが一枚だけだったから上手く行ったような気がします」
「となると、絵をスケッチブックから簡単に外せようにしたいですね。糸で閉じ合わせるのではなくて、クリップ止めにしておけばいいか……」
「今後の探索ですが、皆に協力してもらって、できるだけストックを増やす方針で進めようと思います」
「それがいいですね。同じ聖獣を再度リアライズすることが難しい以上、聖獣はフロアボス戦の切り札として温存すべきでしょう」
「話は変わりますが、モーリ様、スキルが進化することがあると思われますか?」
「レベルアップでなく、別のスキルに変わる、ということですね」
「ええ」
「あり得ると思いますよ。スキル付与の儀式でしかスキル名を確認しないから気づかないだけで、実は進化している場合があるかもしれない」
「鑑定スキルでも使わなければ、レベルアップと進化の見分けは難しいかもしれませんね。そうそう、ヒルデさんが、ここのダンジョンは今のところスタンピードが発生する可能性は低そうだと言ってました」
「彼女の説を聞いたんですか?」
「はい、一部だけですが」
「なかなか興味深いものですよ。彼女はダンジョン全体を一つの生命体だと考えています。しかも、知的レベルはかなり高い。十階層ごとに難度が大きく上がり、ボス部屋に転移ポータルがあるということは、数の概念を理解している証拠だし、ダンジョン内に階段やレンガ作りの壁があるのは、我々の生活様式を熟知して擬態していると考えることができる」
「知的生命体、ですか……」
「ええ、ヒルデさんの説では、かなり植物に近い生物で、人間の魔力や生命力を餌にするためにドロップアイテムで冒険者を引き寄せていると。地脈から得られる魔力をそれで補っているのだとすると、食虫植物に似ていると言えるかもしれませんね」
「ヒルデさんからではありませんが、冒険者の魔力や生命力を狙っているという話は聞いたことがあります。それで、彼女はスタンピードの原因は何だと考えているんでしょう?」
「明言は避けていますが、冒険者を引き寄せるメリットがなくなるせいだと考えているようです。深層の強力な魔物を維持するための魔力消費は膨大なのに、冒険者が楽な上層でアイテム探索ばかりしていたら、ダンジョンは生命活動が維持できなくなる」
「ああ、それで深層の魔獣が放り出されて上層に……。到達階層と最深部のギャップが問題というのはそういうことか」
「いずれにしても、ヒルデさん自身がまだ公表していない仮説です。他言無用ということでお願いします。彼女にはこのまま検証を進めていただかなくては」
「わかりました。あ、ところで、『猫の舌』はモーリ様の考案ですよね」
「ははは、察しがいいですね」
「あの菓子をこの町で売り出す予定はありませんか? 娘が王都で口にして、すっかり気に入ってしまいまして」
「あれを作るだけの技量を持った職人がここにはいないんです。材料費もかさむし……。もう少し簡単に作れて、ホロルの名物にできそうな菓子を考えてみますよ。そうそう、試作する際は、ぜひケイトさんに手伝っていただきたいですね。魔法を使える人がいると、菓子づくりが格段にはかどるんです。とりあえず、『猫の舌』は取り寄せておきますよ。次にお会いした時に差し上げます」




