ヒルデの研究
俺たちが王都を離れてホロルに向けて出発する日、ヒルデが子爵邸まで見送りに来てくれた。
「じゃ、みんな元気でね。そのうちホロルにも寄らせてもらうよ」
「ヒルデさんは、王立学院の講師を続けるんですか?」
俺がそう尋ねると、彼女は静かに首を振った。
「いや、臨時の仕事だからね。まもなく契約が切れるから、その後は本来の仕事に戻るつもりさ」
「本来の仕事?」
「あたしは元々各地のダンジョンを巡って、スタンピードの原因や兆候の研究をしていたんだ。ホロルに行ったのもその一環でね」
ダンジョンから魔獣が溢れ出すスタンピードに関して俺が知っているのは、直前の兆候として、深層の魔獣が上層に上がってくること、そして、最深層にあるコアを破壊すればすぐに終わらせられること、この二つくらいだ。
「そりゃすごい。何か発見はありましたか?」
「微妙なところだね。一応の仮説はまとまってきてるけど、データ不足で、とてもじゃないが公表できる段階にはない。とりあえず、ホロルはしばらく大丈夫そうだとだけ言っておくよ」
ヒルデはそう答えると、コーネル子爵の方を振り返って言った。
「子爵、次はセントのダンジョンにうかがおうと考えております。その際はなにとぞよしなに」
「何か気になることがあるのか?」
「いえ、新階層を順調に攻略できているとのことでしたので、さほど危険はないかと。ただ、今どのくらいの階層まで形成されているか、推定できる手がかりを見つけられたらと思いまして」
「階層の形成?」
「ええ、ダンジョン最深部に到達しコアを発見しても破壊しなかった場合、というかドロップアイテムなどの資源価値を考慮して、コアを残すのが最近主流となっている対処法ですが、熟成ダンジョンの場合、大体一年ほど経過すると新しい階層が形成され、コアは突然そこに移動します。ただ、ほとんどのダンジョンは最深部に未到達ですし、発見時にどのくらいの階層が形成されていたのか不明なんです。発見までに長い年月を要しているケースもありますから」
「ふむ、到達階層と最深部との隔たり、攻略ペースとスタンピードが関係すると?」
「あくまで、仮説です。どうかご内密に」
ヒルデはそう言って子爵に一礼すると、笑いながら俺の肩をたたいて言った。
「アンリ、早くBランクになってくれよ。今の君らなら大丈夫だ。Bランクになればギルドから助成金も出る。収支報告は義務づけられるが、君なら帳簿つけなんてお手のものだろ」
「師匠、もしかして、帳簿つけが嫌で逃げた……?」
「ち、違う! それは違うぞ。あたしはあんた達のことが心配で」
「それは嘘じゃないと思う。けど、帳簿つけも嫌だった……」
「まあ、ヒルデさん、簿記なんて簡単に覚えられるから」
「アンリさんまで、乗っかってこないで」




