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会社を辞めた俺、ハズレスキル“清掃”でダンジョン最深部を独占する  作者: tsu
白銀都市ルミナス編

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第七話 ダンジョン③

中央浄化区画の最奥で目覚めた“それ”は、生き物というより、長い年月をかけて積み上がった災厄そのものだった。


 闇の奥からずるりと現れた巨大な腕は、黒泥と呪いの根と瘴気の塊が無理やり形を成したような異形だ。表面はどろどろと脈打ち、その隙間を赤黒い光が血管のように走る。見ているだけで胸の奥がざわつき、肺の中まで黒く染まりそうな圧迫感があった。


 そして、その奥。


 巨大な濁った金の瞳が、ゆっくりと開く。


 そこにあるのは知性ではない。ただ純粋な悪意。世界のすべてを腐らせ、汚し、淀ませて飲み込もうとする濃密な嫌悪だけがあった。


 びりびりと空間が震える。


 九条がその場で片膝をついた。


「……重い……っ」


 肩で息をしながら、苦しそうに胸を押さえる。


「魔力圧が桁違い……これ、上位竜種どころじゃない……古代文明が封じるレベルの災害級……!」




その瞬間――


 俺の視界に、薄く青白い文字が浮かび上がった。


 まるで掃除用品の説明書きを読むみたいに、自然と情報が流れ込んでくる。


【名称】:深淵汚核アビスコア

【種別】:超高濃度汚染核

【汚染分類】:複合沈着型(瘴気+呪詛+魔力澱み)

【汚れ度】:SSS+

【危険度】:災害級

【推奨洗浄】:星浄の箒/高濃度浄化/表層分離後に核洗浄

【備考】:かなり頑固な汚れ




 最後の一文だけ妙に生活感があった。


 ……いや、でも分かりやすい。


「かなり頑固か……」


「何が見えてるの!?」


「説明書きみたいなのが」


「便利すぎる!」



 月白も剣を抜いたまま低く息を吐く。


「相馬。真正面から触るな。呑まれる」


「……そうですね」


 俺にもわかる。


 あれは単なる呪いの集合体じゃない。


 世界中の瘴気、呪詛、怨念、魔力の淀み――そういう“悪いもの”が何百年、何千年とこの場所へ流れ込み、沈殿し、凝縮して核になった存在。


 汚れの王様みたいなものだ。


 でも。


 見える。


 黒い層の重なり。


 表面にこびりついた瘴泥。


 内部へ伸びる呪いの根。


 さらにその奥、中心にある、本来は澄んだ輝きを持っていたはずの核。


 あそこだ。


 一番奥の詰まり切った場所。


 あれを落とせば、全部変わる。


 思わず口元が緩む。


 ……とんでもなく汚い。


 でも、とんでもなく掃除しがいがある。


「相馬!」


 月白の声と同時に、最終汚染核が動いた。


 無数の黒い腕が地面を砕きながら突き出される。一本一本が太い樹木ほどもあり、先端は槍のように尖っていた。


 速い。


 重い。


 そして数が多い。


「下がって!」


 九条が護符を投げる。


 青白い光の壁が展開し、突き出された黒槍を受け止める。だが一撃で罅が入り、二撃目で砕け散った。


「硬っ!?」


 そこへ月白が飛ぶ。


 銀閃。


 神速の一撃が黒槍を根本から断ち切る。さらに回転しながら二撃、三撃と重ね、周囲の腕をまとめて切り裂いた。


 けれど――


 斬った先から増える。


 黒泥が床へ落ち、その一滴一滴が小型の汚染獣になって這い出してくる。


 犬のようなもの、蜘蛛のようなもの、蛇のようなもの。


するとまた文字が浮かんだ。




【名称】:汚喰犬グラッジハウンド

【種別】:汚染獣

【汚染分類】:生体粘着系+腐食系

【汚れ度】:B+

【特徴】:噛みつき腐食/群れ行動

【推奨洗浄】:乾式除去→浄化仕上げ

【備考】:臭いが強い


【名称】:澱糸蜘蛛ミアズウェブ

【種別】:汚染獣

【汚染分類】:糸状沈着系+呪詛付着系

【汚れ度】:A-

【特徴】:呪糸拘束/魔力吸着

【推奨洗浄】:広範囲払拭/粘着剥離

【備考】:隙間に入り込むので面倒


【名称】:瘴牙蛇ヴェノーム

【種別】:汚染獣

【汚染分類】:液状毒性汚染系

【汚れ度】:A

【特徴】:高速突進/呪毒散布

【推奨洗浄】:即時中和→核洗浄

【備考】:放置厳禁





 数十、数百。


 ぞわりと湧き出す。


「増殖型かよ……!」


 月白が舌打ちする。


「斬るほど増える!」


 俺はその動きを目で追い、すぐに気づく。


「違う! 増えてるんじゃない、剥がれてる!」


「え?」


 九条が振り向く。


「あいつ、表面の汚れを盾にしてる。斬ると外側だけが落ちて、それが小型化してるだけだ!」


 つまり本体は減っている。


 ただ、掃除の仕方が悪い。


 こすり方を間違えて汚れを広げてるだけだ。


「月白さん、縦に切らないで、横に削ぐように!」


「注文が細かい!」


「汚れにはコツがあるんです!」


「戦闘中に言う台詞か!」


 言いながらも月白は完璧に応じた。


 剣筋が変わる。


 斬るではなく、削ぐ。


 表層だけを剥がす。


 そこへ九条が拘束式を撃ち込む。


「固定、展開!」


 青い鎖が剥がれた黒泥を絡め取り、その場へ縫い止める。


 拡散しない。


 広がらない。


 なら――


「【清掃】!」


 星浄の箒を大きく振るう。


 白い波が奔流になって押し寄せ、拘束された黒泥を一気に洗い流した。


 じゅわあああああっ、と大気を震わせる音。


 黒泥は透明な水へ変わり、最後には黒い核片だけが残る。


 しかもそれが、光り始めた。


「純化結晶……!」


 九条が目を見開く。


「こんな高純度、王都でも見たことない……!」


 ぽろぽろと大量に落ちる。


 全部高級素材だ。


 だが今はそれどころじゃない。


 本体が怒った。


 巨大な金の瞳が見開かれ、施設全体を揺らす咆哮を上げる。


 天井から黒い雫が雨のように降り注ぐ。


 床の瘴泥が波打つ。


 壁の根が一斉に伸びる。


 四方八方から呑み込もうとしてくる。


「多すぎる!」


 九条が叫ぶ。


「捌けない!」


 その瞬間だった。


 背後から規則正しい足音が響く。


 コツ、コツ、コツ。


 振り向くと、白エプロンの古代清掃員たちが十体以上、整然と並んでいた。


 全員が無表情で、モップと箒を構えている。


『清掃主任支援ノタメ、古代清掃班出動』


『共同清掃工程ヲ開始シマス』


 次の瞬間。


 一斉にモップが振るわれた。


 白い光の大波が施設中を駆け抜け、小型汚染獣をまとめて洗い流していく。


 淡々と。


 無駄なく。


 完璧な連携で。


 なんか絵面は地味なのに異様に格好いい。


「……清掃員、強っ」


 思わず呟く。


 中央へ続く道が開いた。


 巨大な汚染の核が、むき出しになる。


 あそこだ。


 一番深い汚れ。


 一番落としがいのある場所。


 俺は星浄の箒を握り直し、駆け出した。




黒い海の中心へ辿り着いたとき、俺は少し驚いた。


 最終汚染核の中心にあったのは、想像していた禍々しい魔核じゃなかった。


 人の胸ほどの大きさの、黒く濁った結晶。


 けれど、その奥に微かに見える。


 淡い白。


 澄んだ金。


 本来の綺麗な芯。


「……そういうことか」


 敵じゃない。


 これは壊れたわけでも、悪になったわけでもない。


 ただ、詰まっている。


 長い年月の汚れが溜まりすぎて、本来の循環を失っているだけだ。


 排水口が詰まれば水が腐る。


 空気清浄機が詰まれば空気が淀む。


 それと同じ。


 世界の浄化装置が、目詰まりを起こして暴走している。


「大丈夫」


 自然と声が漏れる。


「綺麗になります」


 星浄の箒をそっと核へ触れさせる。


 力任せにはしない。


 優しく。


 丁寧に。


 沁み込ませるように。


「【清掃】」


 白い光が、静かに広がる。


 黒い膜が、ぽろりと剥がれる。


 さらに一枚。


 また一枚。


 まるで長年閉じていた窓を、一枚ずつ丁寧に磨いていくように。


 奥から透明な輝きが現れる。


 さらに金色の流れが見える。


 止まっていたものが、少しずつ動き出す。


 どくん。


 大きな鼓動が響く。


 施設全体が震えた。


 どくん。


 もう一度。


 床に走る白い紋様。


 壁を流れる光。


 天井の灯りが順番に点いていく。


 黒い瘴泥が一瞬で消え、白亜の床が姿を現した。


 壁の黒い根はさらさらと崩れ、澄んだ水へ変わって流れていく。


 天井から落ちていた呪いの雫も、今は光の粒になって舞っていた。


 空気が変わる。


 軽い。


 澄んでいる。


 森の朝みたいに清々しい。


 九条がぽかんと口を開ける。


「施設全域の浄化反応……全部、戻った……」


 月白も剣を下ろし、珍しく穏やかな顔になる。


「本当に全部綺麗にしやがった」


 すると白エプロンの清掃員たちが、一斉にこちらへ向いた。


 そして深く頭を下げる。


『中央浄化施設、再起動完了』


『清掃主任権限、正式承認』


『全設備管理権限ヲ移譲シマス』


「え、俺に?」


『はい』


「責任重くないですか?」


『主任デスノデ』


 主任ってすごい。


 響き以上に責任が重い。


 そのとき、壁面が次々と開いた。




 まず現れたのは宝物庫。


 純化魔石が山積みになっている。黒く濁っていた核片が完全に透明化され、虹色の光を宿していた。


 次は古代金属庫。


 見たこともない白銀の金属塊、軽いのに硬そうな青鋼、魔力をよく通す透明な結晶金属。


 月白の目が職人のそれになる。


「……寝る間を惜しんで加工したい」


 珍しく欲望が漏れていた。


 さらに薬液庫。


 完全回復薬らしき液体、魔力増幅液、浄化触媒。


 九条の目が完全に金貨になった。


「店が十倍になる」


「増えすぎ」


「ギルドになる」


「話が大きい」


 でも現実味がある。


 ここの資材があれば、清掃屋は一気に飛躍する。


 装備の修復。


 呪いの浄化。


 純化魔石の販売。


 古代道具の研究。


 できることが一気に増える。


 そして最後に開いたのは、巨大な転送門だった。


 その先に見えた景色に、全員が息を呑む。


 白い街。


 高い塔。


 石畳の広い道。


 水路が巡り、庭園が広がり、静かで美しい都市が丸ごと眠っていた。


 けれど――少し黒ずんでいる。


 ところどころ、汚れが残っている。


 俺にはそれがはっきり見えた。


『旧管理都市【ルミナス】』


『主任ノ管理区域ヘ移行』


「……街?」


『はい』


「俺が?」


『はい』


 無職から始まり、清掃屋になって、主任になって、気づけば街の管理者。


 人生ってわからない。


 でも、一つだけ確かなことがある。


 あの街、かなり掃除しがいがある。


 俺は少し笑って、星浄の箒を肩に担いだ。


「……まずは街の大掃除ですね」


 九条が笑う。


「スケールが大きくなったなあ」


 月白も口元を緩める。


「らしい仕事だ」


 そして俺たちは、新しい仕事場――古代都市ルミナスへ足を踏み入れた。


 そこから始まるのは、ただの店の繁盛じゃない。


 世界を綺麗にしていく、大きな仕事の始まりだった。

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