第三十話 深淵門解放
地下世界そのものが、昼みたいに輝き始めた。
白銀光。
巨大術式。
崩壊寸前だったカルネディア全域へ、無数の白銀紋章が浮かび上がる。
壁面。
床。
天井。
すべての古代術式が再起動していた。
『白銀最終術式同期率上昇』
『同期率67%』
「地下都市全部が動いてる……」
レイナが呆然と呟く。
地下空間全域を走る白銀導管が、巨大な血管みたいに脈動している。
停止していた浄化炉が再始動する。
崩壊しかけていた封印柱が立ち上がる。
千年前。
滅びたはずの古代都市カルネディアが、最後の力を振り絞っていた。
その瞬間。
終焉侵食体が咆哮した。
超広域侵食崩壊砲。
地下世界全域を呑み込むほどの巨大黒波が収束していく。
空間が裂ける。
術式が軋む。
世界そのものが壊れそうな圧力だった。
『超高密度侵食反応』
「撃たせるな!!」
灰狼メンバーが一斉に動く。
レイナの炎。
九条の結界。
隊員たちの術式砲撃。
だが。
全部、黒波へ呑まれて消えた。
「効いてない!?」
圧力が違う。
出力が違いすぎる。
終焉侵食体は、すでに地下世界そのものと融合しかけていた。
『空間侵食率71%』
侵食された壁面から巨大な黒腕が生える。
床が脈動する。
空間そのものが生物みたいに蠢いていた。
「もう都市そのものが侵食体だろ……」
誰かが震える声で呟く。
その時。
月白が静かに前へ出る。
セレスフィアを掲げる。
白銀光が爆発的に膨張した。
背後の白銀幻影騎士たちも、一斉に剣を掲げる。
『古代白銀術式完全同期』
「完全同期……」
次の瞬間。
月白の身体へ、白銀装甲が形成され始めた。
肩。
腕。
胸部。
脚部。
古代白銀騎士装甲。
千年前の最終決戦装備だった。
『白銀騎士最終戦闘装甲展開』
白銀粒子が吹き荒れる。
地下空間全域へ巨大な術式環が展開される。
その姿は、もう人間じゃなかった。
神話。
あるいは。
最後の守護者。
「……綺麗」
誰かが呟く。
白銀装甲には無数の古代文字が浮かんでいた。
その一文字一文字が、高密度浄化術式。
存在しているだけで侵食を押し返している。
だが。
同時に、月白の身体も限界へ近づいていた。
白銀装甲の隙間から血が流れる。
黒侵食が脈動している。
『侵食率98%』
「そんな状態で戦ってたのかよ……」
俺は言葉を失う。
普通なら立っていることすら不可能だ。
それでも。
月白は前を見ていた。
その瞬間。
終焉侵食体が侵食崩壊砲を放った。
轟音。
黒い超巨大光が地下世界を埋め尽くす。
空間消滅。
世界崩壊。
進行ルート上の術式が次々消し飛んでいく。
カルネディアそのものが砕け始める。
「来るぞぉぉ!!」
だが。
月白は動かなかった。
静かに剣を振る。
「……斬る」
白銀閃。
瞬間。
超巨大黒波が真っ二つに裂けた。
地下世界全域へ白銀衝撃波が広がる。
侵食崩壊砲が消滅する。
「斬ったぁ!?」
『出力測定不能』
しかも。
白銀斬撃は止まらなかった。
終焉侵食体の身体を切り裂く。
巨大黒腕がまとめて吹き飛ぶ。
侵食空間が崩壊する。
『終焉侵食体損傷拡大』
だが。
月白の身体から大量の血が流れ落ちる。
侵食がさらに進んでいた。
白銀装甲の隙間から黒侵食が広がっている。
『侵食率危険域突破』
「月白さん!!」
それでも。
彼は止まらない。
白銀光を纏ったまま、終焉侵食体へ突撃する。
轟音。
超高速白銀斬撃。
巨大黒腕群が次々切断される。
侵食爆散。
空間が震える。
その時。
終焉侵食体の巨大眼球が開いた。
『オ前ハ、マタ失ウ』
瞬間。
大量の幻覚が流れ込んだ。
崩壊する都市。
死んでいく仲間。
血。
絶望。
千年前の敗北。
白銀騎士団の壊滅。
泣き叫ぶ人々。
そして。
封印装置へ繋がれる幼いネメシス。
「……っ」
月白の動きが止まる。
精神侵食。
過去そのものを抉り返されている。
その時。
ネメシスが叫んだ。
『だめぇぇぇ!!』
巨大白銀波が炸裂する。
精神侵食が吹き飛ぶ。
月白が意識を取り戻す。
「……ネメシス」
彼女は涙を流していた。
『……もう、ひとりでたたかわないで』
その言葉に。
月白は少しだけ目を見開いた。
千年前。
きっと誰にも言われなかった言葉。
誰にも頼れず。
誰にも弱さを見せられず。
ただ一人で戦い続けた。
だから。
その言葉は、千年越しに彼を救った。
その瞬間。
終焉侵食体がさらに巨大化を始めた。
『第三形態侵食拡大』
地下空間の壁面すべてが黒く染まる。
空間そのものが侵食肉塊へ変わっていく。
さらに。
巨大黒花群が咲き始める。
黒い花弁から侵食粒子が吹き出す。
『広域侵食汚染拡散』
「地下世界全部が敵になる!?」
その時。
ルナが最後の警告を表示する。
【最終封印完成まで】
残り 4分
空気が凍った。
あと四分。
本当に最後だった。
そして。
終焉侵食体の中心で、巨大黒眼球がゆっくり開く。
その奥に見えたのは。
巨大な“門”だった。
「……なに、あれ」
『深層侵食領域接続反応』
門の向こうは真っ黒だった。
底がない。
終わりがない。
無限の侵食空間。
そこから。
さらに巨大な“何か”が動き始めていた。
アビスコードは、まだ本気ですらなかった。
終焉侵食体の中心で、巨大黒眼球がゆっくり開く。
その奥に見えたのは。
巨大な“門”だった。
「……なに、あれ」
『深層侵食領域接続反応』
門の向こうは真っ黒だった。
底がない。
終わりがない。
無限の侵食空間。
そこから。
さらに巨大な“何か”が動き始めていた。
アビスコードは、まだ本気ですらなかった。
地下世界全域が震える。
カルネディアの白銀術式が悲鳴を上げる。
壁面亀裂。
浄化炉暴走。
封印柱崩壊。
都市全体が限界だった。
『施設崩壊率96%』
「九十六!?」
もうほとんど終わっている。
地下世界が保つ時間は残りわずか。
だが。
さらに最悪なのは、あの“門”だった。
門の奥から、異常な侵食圧が流れ込んでいる。
空気が重い。
息が苦しい。
立っているだけで精神が削られていく。
『超深層侵食反応』
「今までとレベルが違う……!」
その時。
門の奥で“眼”が開いた。
巨大。
比較にならないほど巨大。
地下世界全体より大きいんじゃないかと思うほどの黒い眼。
それが、こちらを見た。
瞬間。
頭の中へ大量の声が流れ込む。
『帰レ』
『沈メ』
『全テヲ終ワラセロ』
「ぐぁっ……!」
膝をつく。
視界が歪む。
精神そのものを引きずり込まれる感覚。
『主任精神安定率27%』
「二十七!?」
急激に下がりすぎだろ!
その時。
レイナが頭を押さえながら叫ぶ。
「まずい……これ、意識持ってかれる!」
灰狼メンバーも次々膝をついていく。
九条の結界まで不安定になっていた。
『精神侵食領域拡大中』
その時だった。
白銀光が炸裂する。
月白だった。
セレスフィアを地面へ突き立て、巨大白銀術式を展開している。
白銀波が地下世界へ広がる。
精神侵食が押し返される。
「……助かった」
だが。
月白の様子がおかしかった。
呼吸が荒い。
白銀装甲が崩れ始めている。
侵食が、もう顔の半分近くまで到達していた。
『侵食率99.4%』
「そんな……」
あと少しで完全侵食。
それでも。
彼はまだ立っていた。
その時。
ネメシスが不安そうに月白を見る。
『……だいじょうぶ?』
「……問題ない」
完全に問題ある。
だが。
月白は剣を握り直した。
その瞳だけは死んでいない。
その時。
深淵門がさらに開いた。
轟音。
地下世界全域へ黒波が吹き荒れる。
さらに。
門の奥から巨大な腕が現れ始めた。
「……は?」
黒い腕。
いや。
腕というより、“世界”だった。
巨大すぎる。
地下世界の天井を埋め尽くしている。
しかも。
その表面には無数の顔が浮かんでいた。
笑う顔。
泣く顔。
苦しむ顔。
侵食された文明全部を混ぜ込んだみたいな悪夢。
『深淵存在接触確認』
「接触って言うな!!」
その瞬間。
巨大黒腕が動いた。
地下世界へ降ってくる。
ただ落ちてくるだけで空間が崩壊していく。
『超広域空間崩壊反応』
「避けろぉぉぉ!!」
轟音。
地下世界全域が揺れた。
巨大瓦礫崩落。
術式崩壊。
空間断裂。
カルネディアの一部が消滅する。
「うわぁぁっ!!」
吹き飛ばされる。
床を転がる。
肺から空気が抜ける。
だが。
さらに最悪なのは。
巨大黒腕が、まだ降りてきていることだった。
「止まってない!?」
地下世界そのものを押し潰そうとしている。
このままじゃ全員死ぬ。
その時。
月白が前へ出た。
白銀装甲が軋む。
セレスフィアが白銀粒子を吹き上げる。
「……月白さん!?」
「……ここは通さない」
静かな声。
だが。
その背中は、今までで一番大きく見えた。
次の瞬間。
月白が剣を振り上げる。
地下世界全域へ巨大白銀術式環が展開された。
白銀幻影騎士団も、一斉に剣を掲げる。
『白銀騎士団最終迎撃術式』
その瞬間。
月白が踏み込んだ。
轟音。
超高速白銀突撃。
巨大黒腕へ真正面からぶつかる。
白銀と黒が衝突した。
空間崩壊。
地下世界震動。
カルネディア全域へ衝撃波が走る。
だが。
止まらない。
巨大黒腕は、さらに押し込んでくる。
月白の白銀装甲に亀裂が走る。
血が噴き出す。
『装甲崩壊開始』
「月白さん!!」
それでも。
彼は退かなかった。
歯を食いしばる。
侵食に身体を削られながら。
千年分の孤独を背負ったまま。
それでも。
世界を守るために立ち続ける。
その姿を見て。
ネメシスが震える。
『……いや』
涙が零れる。
『……もう、いや』
白銀光が揺れる。
そして。
彼女の周囲へ、さらに巨大な白銀術式が展開され始めた。
『白銀核最終封印領域形成開始』
「ネメシス……?」
その時。
ルナが静かに告げる。
【白銀核自己崩壊型封印術式】
起動条件達成
空気が止まった。
「……自己崩壊?」
嫌な予感しかしない。
だが。
ネメシスは小さく笑った。
『……こんどこそ、みんなをまもる』
その笑顔が。
あまりにも優しすぎて。
逆に怖かった。




