第三十一話 千年越しの願い
地下世界全域へ、白銀光が広がっていた。
崩壊。
侵食。
終焉。
その中心で。
ネメシスが静かに立っている。
白銀粒子が、雪みたいに舞っていた。
『白銀核自己崩壊型封印術式』
その表示が、嫌に冷たく見える。
「……自己崩壊って、なんだよ」
俺は震える声で呟く。
だが。
ルナは沈黙した。
数秒後。
ようやく機械音声が返る。
『白銀核を完全燃焼させ、超広域封印を成立させる最終術式です』
「完全燃焼……?」
『術式発動後、白銀核個体は維持不能となります』
空気が凍った。
つまり。
ネメシスが消える。
「そんなの……駄目だろ」
思わず声が漏れる。
だが。
ネメシスは小さく笑っていた。
『……だいじょうぶ』
「全然大丈夫じゃない!」
叫ぶ。
地下世界が震える。
巨大黒腕がまだ押し込んできている。
月白が必死に支えている。
白銀装甲は崩れ始めていた。
侵食率99%超。
普通ならもう生きていられない。
それでも。
彼はまだ立っている。
『ぐ、ぉぉぉ……!!』
巨大黒腕がさらに押し込む。
地下世界の床が砕ける。
月白の足元が沈む。
白銀装甲へ無数の亀裂。
血。
侵食。
それでも。
彼は退かなかった。
「月白さん!!」
「……来るな」
低い声。
「……今、離せば終わる」
その瞬間。
巨大黒腕から大量の顔が浮かび上がった。
『タスケテ』
『イタイ』
『オ前モ沈メ』
精神侵食。
頭の奥へ直接響く。
意識が引きずられる。
視界が黒く染まりそうになる。
その時。
ネメシスが前へ出た。
白銀光が揺れる。
『……だめ』
彼女が両手を広げる。
巨大白銀結界展開。
精神侵食が押し返される。
地下世界へ静かな白銀波が広がっていく。
白銀光に触れた黒侵食が蒸発する。
崩れかけていた術式柱が、一瞬だけ再起動する。
「ネメシス……」
その時。
彼女の身体が少し透けた。
白銀粒子になって崩れ始めている。
『個体崩壊率18%』
「もう始まってるのかよ……!」
自己崩壊型封印術式。
発動準備だけで、存在そのものが削られている。
それでも。
ネメシスは笑っていた。
『……わたし、ずっとこわかった』
静かな声。
『……ひとりで、くらいところにいて』
白銀粒子が舞う。
地下世界の崩壊音だけが響く。
『……ねむれなくて』
『……ずっと、いたくて』
『……ずっと、さむかった』
その言葉に。
胸が締め付けられる。
千年間。
彼女はずっと封印核として繋がれていた。
眠ることも許されず。
終わることも許されず。
侵食と戦い続けていた。
誰にも知られず。
誰にも助けられず。
『……でも』
ネメシスがこちらを見る。
『……みんなに、あえてよかった』
胸が痛む。
こんなの。
別れの言葉じゃないか。
「やめろよ……」
思わず呟く。
「まだ終わってないだろ」
ネメシスが目を丸くする。
その時。
月白が巨大黒腕を支えながら、小さく笑った。
「……そうだ」
血を吐きながら。
侵食に身体を削られながら。
それでも。
彼は笑っていた。
「……勝手に終わるな」
その言葉に。
ネメシスの瞳が揺れる。
その瞬間。
終焉侵食体が咆哮した。
深淵門がさらに開く。
轟音。
地下世界全域へ超巨大侵食波が吹き荒れる。
『深層侵食領域接続率42%』
「四十二!?」
門の向こうから、さらに巨大な“何か”が近づいてくる。
巨大な眼。
無数の腕。
黒い海みたいな侵食空間。
見ているだけで精神が削られる。
『深淵存在接近中』
「来る前に止めろ!!」
灰狼メンバーが総攻撃を開始する。
炎。
砲撃。
結界。
術式刃。
だが。
全部、深淵門へ吸い込まれて消えた。
「効かない!?」
圧倒的だった。
存在規模が違う。
まるで世界そのものが敵になったみたいだった。
その時。
ルナが新たな警告を表示する。
【地下世界完全崩壊まで】
残り 3分42秒
「三分!?」
本当に終わる。
誰もがそう思った。
その瞬間。
月白が叫ぶ。
「……主任!!」
「え!?」
「……封印中枢を起動しろ!!」
その声で我に返る。
そうだ。
まだ終わってない。
俺たちには、最後の術式がある。
「走れぇぇ!!」
崩壊する地下世界を駆け出す。
瓦礫が落ちる。
床が崩れる。
黒侵食が迫る。
その中で。
月白とネメシスだけが、終焉侵食体を押さえ続けていた。
まるで。
世界最後の守護者みたいに。
その時。
地下世界の上層部が崩落した。
巨大瓦礫が降ってくる。
「うおぉっ!?」
九条が結界を展開。
だが。
結界に亀裂が走る。
『結界耐久率12%』
「持たない!!」
その瞬間。
白銀閃光。
巨大瓦礫が空中で両断される。
月白だった。
巨大黒腕を押さえながら。
同時にこちらまで守っている。
「……なんで、そこまで」
思わず呟く。
すると。
月白が小さく息を吐いた。
「……守るって、決めたからだ」
その言葉は。
あまりにも静かで。
あまりにも重かった。
千年前。
守れなかった。
だから今度こそ。
絶対に終わらせる。
その意志だけで、彼は立っていた。
その時。
深淵門の奥で、巨大な“口”が開いた。
『新タナ世界』
『侵食開始』
地下世界全域へ黒波が吹き荒れる。
さらに。
門の向こうから、無数の黒い流星みたいなものが落ち始めた。
「まだ来るのかよ!?」
侵食隕石。
超高密度侵食塊。
地下空間へ次々落下してくる。
着弾と同時に巨大侵食爆発。
カルネディアが崩壊していく。
『施設維持率9%』
「一桁!?」
本当に、もう限界だった。
その時。
ネメシスが静かに空を見上げた。
『……きれい』
「え?」
白銀粒子が舞っている。
崩壊する地下世界。
絶望の中。
それでも白銀光だけは、美しかった。
『……わたし、はじめて、そらをみた』
その言葉に。
誰も何も言えなくなる。
千年間。
彼女は地下に閉じ込められていた。
空も知らないまま。
世界を守り続けていた。
その事実が、苦しかった。
そして。
ネメシスがそっと笑う。
『……だから、まもりたい』
白銀光が、さらに強く輝き始めた。
崩壊する地下世界を駆ける。
轟音。
振動。
崩落。
カルネディア全域が壊れ始めていた。
巨大な亀裂が床を走る。
白銀導管が破裂する。
黒侵食が津波みたいに押し寄せる。
『地下世界完全崩壊まで』
残り 3分11秒
「急げぇぇ!!」
灰狼メンバーが全力で走る。
その背後では。
月白とネメシスが、たった二人で終焉侵食体を止めていた。
轟音が響く。
巨大黒腕と白銀障壁が激突している。
衝撃だけで地下世界が崩れていく。
その時。
振り返った俺は、一瞬だけ見てしまった。
月白の白銀装甲が砕ける瞬間を。
「……っ」
白銀装甲の下。
彼の身体は、ほとんど侵食されていた。
黒い亀裂が全身を覆っている。
それでも。
まだ剣を握っていた。
その姿に。
胸が締め付けられる。
千年間。
この人は一人で戦ってきた。
敗北しても。
仲間を失っても。
世界に忘れられても。
ずっと。
終わりを止め続けていた。
「……絶対、終わらせる」
俺は歯を食いしばる。
その時。
前方に巨大扉が見えた。
白銀封印中枢。
カルネディア最深部。
千年前、最終封印が行われた場所。
『封印中枢確認』
「開け!!」
九条が術式を展開する。
巨大扉へ白銀紋様が走る。
重々しい音。
ゆっくり開いていく。
その瞬間。
地下世界全域へ警報が響いた。
【深淵門完全開放警告】
「まずい!!」
振り返る。
遠方。
終焉侵食体の背後にある深淵門が、さらに開いていた。
そして。
ついに。
“向こう側”が見えた。
黒い空。
無数の巨大眼球。
崩壊した文明。
沈んだ世界。
侵食に呑まれた無数の星。
「なんだよ……あれ」
絶望だった。
アビスコードは、一つの怪物じゃない。
世界を呑み込む災厄そのものだった。
『深淵文明侵食痕跡を確認』
「文明……?」
つまり。
あれに滅ぼされた世界が、向こう側に無数にある。
背筋が凍る。
そんなものに。
千年間。
月白は一人で抵抗していたのか。
その時。
深淵門の奥から巨大な声が響いた。
『見ツケタ』
地下世界全域が震える。
巨大黒波が噴き出す。
『新タナ世界』
「うぁっ……!!」
意識が揺れる。
精神を直接掴まれる感覚。
『コノ世界モ、終ワル』
その瞬間。
白銀閃光。
巨大黒波が切り裂かれる。
月白だった。
全身から血を流しながら。
侵食に身体を崩されながら。
それでも。
まだ立っている。
「……終わらせない」
静かな声。
だが。
その言葉だけで、空気が変わった。
千年分の意志。
絶対に折れなかった守護者の声だった。
その時。
ネメシスが、そっと月白の隣へ立つ。
白銀粒子が舞う。
彼女の身体は、さらに透けていた。
『個体崩壊率41%』
「ネメシス……」
だが。
彼女は笑っていた。
『……ねえ、つきしろ』
「……なんだ」
『……こんどは、ひとりじゃないね』
月白が目を見開く。
そして。
本当に少しだけ。
優しく笑った。
「……ああ」
その瞬間。
地下世界全域へ巨大白銀光が広がった。
封印中枢が、ついに起動を始める。
白銀柱が地面から突き上がる。
天井へ向かって無数の光が伸びていく。
カルネディア全域が一つの術式へ変わる。
『最終封印システム起動』
その表示と同時に。
終焉侵食体が激しく震えた。
『拒絶反応発生』
深淵門が軋む。
向こう側の“世界”が揺れ始める。
まるで。
こちらの世界を無理やり引き戻そうとしているみたいに。
「いける……!」
俺は叫ぶ。
まだ終わってない。
まだ逆転できる。
その時だった。
ネメシスの足元に、ひびが入った。
「え?」
白銀粒子が溢れ出す。
『個体崩壊率58%』
「早すぎるだろ!!」
封印が始まった瞬間から、崩壊速度が跳ね上がっている。
ネメシスはもう“存在を保てていない”。
それでも。
彼女は立っていた。
月白の隣で。
その手を、離さずに。
その時。
月白が静かに言った。
「……もう十分だ」
『……え?』
「……あとは俺がやる」
その瞬間。
白銀光が一気に収束する。
月白の身体へ。
すべての術式が集まっていく。
「ちょっと待て!!」
叫ぶ。
それはつまり。
彼が全てを引き受けるということだ。
ネメシスの代わりに。
世界の封印を。
死を。
その全部を。
だが。
月白は振り返らなかった。
ただ一言。
「……守るって、そういうことだ」
その背中は。
千年分の重さを背負っていた。
そして。
白銀光が爆発した。




