第二十四話 終末歌と白銀浄化
ネメシス背後の巨大黒花核が、ゆっくり開き始めた。
どくん。
どくん。
地下空間全域へ巨大心音が響く。
カルネディアそのものが脈動していた。
壁が割れる。
床が軋む。
天井から大量の黒花胞子が降り注いだ。
『危険』
『危険』
『危険』
ルナの警告表示が真っ赤に染まる。
【黒花核ネメシス】
【第二形態移行率】
・41%
【災害級侵食反応確認】
「四十一%!?」
まだ変形途中なのに圧力が異常だった。
空気そのものが重い。
呼吸が苦しい。
肺へ侵食粒子が入り込んでくる。
『侵食率上昇中』
「今どれくらい!?」
『主任、侵食率37%突破』
「上がるの早すぎ!」
しかも精神侵食も強化されていた。
視界の端に黒い影が見える。
知らない声が聞こえる。
『帰ろう』
『もう疲れたでしょう』
『全部終わらせよう』
甘い声。
だが危険だった。
意識を緩めた瞬間、侵食される。
その時。
ネメシスがゆっくり顔を上げた。
瞳が変わっていた。
白と黒が混ざり合っている。
泣いているみたいだった。
『……どうして』
声が響く。
『……どうして止めるの』
次の瞬間。
巨大黒花核が完全展開した。
轟音。
地下空間が揺れる。
その内部から、無数の黒根が伸び始めた。
しかも一本一本が生物みたいに蠢いている。
『超高密度侵食反応』
「来るぞ!」
直後。
黒根群が一斉に射出された。
暴風みたいな速度。
地下空間を埋め尽くす勢いだった。
「散開!!」
九条が叫ぶ。
灰狼メンバーが飛び退く。
だが数が多すぎる。
一人の探索者が脚を掴まれた。
「うわぁっ!?」
その瞬間。
黒根が全身へ絡みつく。
侵食開始。
黒花が胸部から咲き始める。
「主任!!」
「今行く!」
俺は浄化波動を叩き込む。
白光。
黒花が崩れる。
だが完全には消えない。
『侵食定着率上昇』
「まずいな……」
浄化が追いつかなくなっている。
ネメシス第二形態の出力が高すぎた。
その時。
ヴェルゼアが再び立ち上がった。
傷だらけだった。
だが黒根が身体を補修していく。
再生。
しかも以前より装甲が増えている。
『戦闘出力増加確認』
「まだ強くなるの!?」
ヴェルゼアの背後花輪が展開する。
さらに空中へ大量の侵食刃が生成された。
「排除」
次の瞬間。
斬撃嵐。
轟音。
地下空間そのものが切り裂かれる。
九条が結界を展開した。
「防げぇぇ!!」
青白い結界壁。
だが侵食斬撃が次々突き刺さる。
ひび割れ。
崩壊寸前。
「ぐっ……!」
九条の膝が沈む。
かなり限界だった。
その時。
月白が静かに立ち上がる。
侵食が肩まで進んでいる。
それでも彼はセレスフィアを構えた。
「……まだ終わってない」
白銀光。
次の瞬間。
銀閃。
超高速斬撃が侵食刃群をまとめて切断した。
さらに月白はヴェルゼアへ突撃する。
速い。
一瞬で懐へ入り込む。
斬撃連打。
白銀光が地下空間を埋め尽くした。
だが。
ヴェルゼアも応戦する。
黒刃と銀閃が激突。
轟音。
衝撃波で床が吹き飛ぶ。
しかも戦闘速度が速すぎて視認できない。
「見えないんだけど!?」
『超高速戦闘状態です』
「便利説明!」
その時だった。
ネメシスが苦しそうに頭を押さえる。
『やめて……』
涙。
黒花。
白光。
全てが混ざり合っていた。
『……いたい』
巨大黒花核が暴走を始める。
どくん――――!!
超巨大侵食波動。
地下空間全域へ黒波が広がった。
「っ!?」
全員の動きが止まる。
重い。
身体が動かない。
精神まで押し潰されそうだった。
『侵食波動レベル急上昇』
「まずい……!」
しかもカルネディア全域が崩壊し始めていた。
天井亀裂。
落石。
配管破裂。
巨大浄化装置まで歪み始める。
『施設崩壊率61%』
「六十一!?」
もう限界が近い。
その時。
ルナが新たな表示を出した。
【提案】
【ネメシス中枢核直接浄化】
【成功率】
・18%
「低っ!」
『ですが現状最善です』
「ですよね!」
その瞬間。
ネメシス第二形態がゆっくりこちらを見下ろした。
巨大だった。
黒花。
白光。
涙を流す少女の顔。
それが混ざり合った怪物。
さらにその背後では、巨大黒花核が脈打つたびに地下施設が変形していく。
壁面から無数の顔が浮かんだ。
研究員。
探索者。
侵食された人々。
『助けて』
『寒い』
『苦しい』
全部、ネメシスが取り込んだ記憶だった。
その時。
一人の灰狼隊員が突然叫ぶ。
「うわぁぁぁっ!!」
彼は自分の頭を抱えていた。
「声が……頭の中に……!」
黒筋が首筋へ浮かぶ。
侵食暴走。
『精神侵食危険域』
「ルナ!」
『浄化波動照射』
白光。
だが完全には止まらない。
ネメシスの精神干渉が強すぎる。
その瞬間。
ネメシスの歌声が響いた。
静かで。
優しくて。
どこまでも悲しい歌。
その歌声に合わせるように、地下全域の黒花が開花していく。
花弁。
胞子。
侵食。
空間そのものが黒く染まり始めた。
『領域侵食率87%』
「このままだと施設全部が飲まれる!」
その時だった。
ヴェルゼアが月白を吹き飛ばした。
轟音。
月白が壁へ叩きつけられる。
「がっ……!」
「月白さん!」
しかもヴェルゼアは止まらない。
空中へ浮かび上がる。
花輪超展開。
その背後へ巨大侵食魔法陣が形成された。
『超高出力反応』
「嫌な予感しかしない!」
次の瞬間。
無数の侵食槍が空を埋め尽くした。
数百。
いや数千。
「多すぎるだろ!!」
ヴェルゼアが静かに呟く。
《殲滅》
直後。
侵食槍の雨が降り注いだ。
轟音。
地下空間崩壊。
灰狼メンバーが次々吹き飛ばされる。
九条の結界も粉砕された。
「ぐぁぁっ!!」
さらに侵食槍は着弾地点から黒花を咲かせていく。
地下空間そのものが敵になっていた。
その時。
月白が血を流しながら立ち上がる。
「……主任」
「無理しないでください!」
「……時間がない」
セレスフィアが白銀光を放つ。
地下空間が静まり返る。
そして。
月白が構えた。
「……全部、切る」
次の瞬間。
銀世界が広がった。
歌声だった。
静かで。
優しくて。
どこか悲しい。
だがその声が響いた瞬間、地下空間全域の侵食濃度が急上昇した。
黒花が咲く。
壁が侵食される。
床から黒根が噴き出す。
カルネディアそのものが悲鳴を上げていた。
『超高濃度精神侵食発生』
「まずい!」
頭が痛い。
視界が揺れる。
その時。
俺の脳裏へ大量の感情が流れ込んできた。
孤独。
絶望。
痛み。
恐怖。
そして――――助けを求める声。
『ひとりにしないで』
ネメシスの本音だった。
その瞬間。
灰狼メンバー数人が膝をつく。
「……もう無理だ」
「帰りたい」
「眠い……」
精神侵食。
かなり深い。
しかも侵食波動が強すぎて浄化が追いつかない。
『隊員精神汚染進行』
「ルナ、対処は!?」
『広域浄化では不足します』
「つまり!?」
『主任が直接中枢へ接触してください』
「やっぱりそれしかないか!」
その時。
ヴェルゼアが再び突撃してきた。
黒刃乱舞。
轟音。
地下空間が切り裂かれる。
だが月白が迎撃へ出る。
「……通さない」
銀閃。
白銀光が空間を走る。
超高速斬撃。
ヴェルゼアの刃腕と激突した。
轟音。
衝撃波。
床崩壊。
しかも両者とも侵食と浄化を纏っている。
ぶつかるたびに空間が歪んだ。
「規模おかしくない!?」
『周囲空間崩壊進行中』
「でしょうね!」
その時。
九条が最後の結界札を展開する。
青白い光陣。
地下空間へ巨大固定結界が広がった。
「三十秒だけだ!!」
「十分です!」
俺は駆ける。
ネメシス中枢核へ。
だが黒根群が行く手を塞ぐ。
大量だった。
まるで巨大津波。
「邪魔ぁぁぁ!!」
ルミナブラシアを振るう。
白銀浄化波動。
黒根群が崩壊する。
だが数が減らない。
次々再生してくる。
『侵食再生速度上昇』
「キリがない!」
その時。
レイナが前へ出た。
「主任、走れ!!」
炎剣が爆発する。
紅蓮大火柱。
地下空間を埋め尽くす超高熱。
黒根群が焼き払われた。
道が開く。
「今だ!」
俺は全力で跳んだ。
ネメシス目前。
巨大黒花核が脈動している。
その中心で、少女みたいな姿のネメシスが泣いていた。
『……いたい』
苦しそうだった。
その瞬間。
俺の脳裏へさらに大量の記憶が流れ込む。
研究員たち。
実験。
失敗。
暴走。
孤独。
ずっと。
何百年も。
カルネディア地下で、ひとりぼっちだった。
「……終わらせる」
俺はルミナブラシアを握り締める。
白銀光が溢れた。
だがその瞬間。
巨大警告が表示される。
【超警告】
【主任浄化限界到達】
【生命負荷危険域】
「っ……!」
身体が重い。
血が熱い。
視界が白く染まる。
それでも止まれない。
その時。
ネメシスがこちらを見た。
『……こわい』
「大丈夫だ」
『……ほんとう?』
「ああ」
俺はルミナブラシアをゆっくり核へ突き立てた。
次の瞬間。
白銀光が爆発した。
轟音。
地下空間全域へ超巨大浄化波動が走る。
黒花が崩れる。
侵食が消える。
カルネディア全域の白銀術式が連動起動していく。
さらに浄化炉が共鳴し、巨大白光柱が天井を貫いた。
その瞬間。
樹海全域へ白銀波動が拡散する。
地上。
侵食樹木が崩れる。
黒霧が晴れる。
暴走していた魔物が静止する。
カルネディアの浄化機構が、再び世界へ作用し始めたのだ。
『浄化領域拡大確認』
「効いてる……!」
だが。
その直後だった。
巨大黒花核内部から、さらに深い闇が現れた。
『確認』
『外殻ネメシス崩壊』
『深層核反応出現』
「……え?」
その瞬間。
核の奥で、巨大な“眼”が開いた。
しかもその眼は、ネメシスのものではなかった。
もっと古い。
もっと異質。
もっと禍々しい。
空間が軋む。
地下全域が震える。
ルナの表示が完全に真っ赤になった。
【超危険警告】
【深層存在反応確認】
【識別不能】
【脅威判定――測定不能】
「測定不能ぉ!?」
その瞬間。
巨大な眼が、ゆっくりこちらを見た。
そして。
地下世界全域へ、低い笑い声が響いた。




