第十九話 黒花核ネメシス
施設最深部の巨大扉が、ゆっくり開き始めた。
重い金属音。
まるで数百年ぶりに動く機械みたいだった。
ガコン。
ガコン。
白銀の巨大隔壁が左右へ開いていく。
その隙間から吹き出してきたのは、濃密な黒瘴気だった。
しかもただの汚染じゃない。
空気そのものが歪む。
視界が揺れる。
耳鳴り。
頭痛。
立っているだけで精神を削られる。
『超高濃度精神侵食反応』
「もう嫌なんですがこの施設!」
灰狼メンバーも顔色が悪い。
地下へ来てから、侵食濃度が一気に上がっていた。
しかも今までの樹海汚染と少し違う。
もっと古い。
もっと粘つく。
まるで“意思”そのものが混ざっているみたいだった。
その時だった。
扉内部の照明が順番に点灯していく。
白い光。
広い。
異様なほど広かった。
地下とは思えない巨大空間。
天井には古代魔導灯。
床には巨大魔法陣。
壁面には無数の浄化管が張り巡らされている。
だが、その大半は黒根に侵食されていた。
「……ここ全部、浄化施設だったのか」
九条が呟く。
ルナが解析を続ける。
【区域照合】
【封印区画:アビスコード】
【施設用途】
・超大型汚染生命封印
・精神侵食遮断
・広域浄化循環
「つまり、昔ここで何か封じてた?」
『はい』
「その結果が今?」
『おそらく』
かなり嫌な歴史だった。
その時、壁面モニターらしき装置が突然点灯する。
砂嵐。
ノイズ。
そして映像が映った。
白衣を着た古代研究員たち。
疲弊した顔。
背後には、今よりまだ正常だった施設が映っている。
『記録番号七四九』
古代語。
だがルナが自動翻訳する。
『中枢汚染核“ネメシス”の封印限界が近い』
空気が止まった。
『浄化因子による制御は失敗』
『精神侵食速度、想定を超過』
『職員汚染率、七十二パーセント』
映像の後ろで、研究員の一人が突然苦しみ始めた。
黒い蔦が首筋に浮かぶ。
『……始まったぞ!』
『隔離しろ!』
『もう間に合わない!』
次の瞬間。
研究員の身体が黒根に覆われた。
絶叫。
映像が乱れる。
そして最後に、一人の女性研究員がカメラへ向かって叫んだ。
『もしこの記録を見ている者がいるなら――』
ノイズ。
だが次の言葉だけは、妙にはっきり聞こえた。
『“核”を浄化して。あれはもう、生き物じゃない』
映像終了。
静寂。
誰もすぐには喋れなかった。
つまり。
この樹海災害。
昔から続いている。
しかも人工的に作られた可能性すらある。
「……ネメシス」
俺が呟く。
その瞬間。
施設全体が大きく揺れた。
どくん――!!
巨大脈動。
空気が震える。
さらに遠くから咆哮が響いた。
今までより近い。
『封印対象活動増加』
「近づいてきてません?」
『はい』
「嫌だなぁ!」
その時だった。
通路奥で赤警告灯が点灯する。
機械音。
さらに新たな影が現れた。
白銀装甲。
だが先ほどのアルケインよりさらに大型。
全高三メートル以上。
両腕が砲身化している。
【名称】:古代殲滅機兵ゼルヴァード
【種別】:古代浄化殲滅兵器
【汚染分類】:重侵食機械型
【汚れ度】:SSS+
【特徴】:高出力浄化砲/障壁展開/自律戦術
【備考】:元は対ネメシス用兵器。現在暴走。
「また増えた!?」
しかもゼルヴァードは即座に砲身展開。
白光収束。
『超高出力反応』
「撃つ気満々!」
次の瞬間。
砲撃。
轟音。
通路が消し飛んだ。
熱風が吹き荒れる。
灰狼メンバーが吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
「威力おかしいだろ!」
しかも浄化砲なのに、侵食まで混ざっている。
白と黒が混ざった異常な砲撃だった。
明らかに壊れている。
その時だった。
俺は砲撃痕を見て気づく。
浄化因子が濁っている。
つまり。
「浄化装置そのものが侵食されてる……!」
『はい』
「だから白と黒が混ざってるのか!」
かなり危険だった。
正常な浄化じゃない。
暴走浄化。
対象ごと消し飛ばすタイプ。
その時、ゼルヴァードが高速移動する。
重装甲なのに速い。
一瞬で九条へ接近した。
重拳。
轟音。
結界ごと吹き飛ばされる。
「っ、硬すぎる!」
さらに背後からアルケイン部隊が突撃。
完全に連携している。
「主任! 数が!」
「分かってます!」
俺はルミナブラシアを握り締めた。
見える。
装甲内部。
黒根汚染。
その中心。
淡く光る浄化核。
つまり。
「核を浄化すれば止まる!」
次の瞬間。
俺は前へ飛び出した。
「【浄化加速】!」
白光を纏う。
アルケインが槍を突き出す。
だが紙一重で回避。
さらにゼルヴァードの砲撃を滑り込むように避ける。
「主任無茶するな!」
「でも核見えてます!」
接近。
ルミナブラシアを叩き込む。
「【中枢浄化】!!」
白光炸裂。
次の瞬間。
アルケイン装甲内部の黒根が悲鳴みたいに震えた。
さらに赤黒かった単眼が、白へ戻る。
《……侵食……解除確認……》
機械音声。
アルケインの動きが止まった。
「止まった!?」
さらにアルケインがゆっくりこちらを見る。
《浄化認証……確認》
《管理権限照合開始》
その瞬間。
施設全体へ白光が走った。
ルナが驚いた声を出す。
【施設管理システム反応】
【主任へ一時権限付与】
「えっ?」
次の瞬間。
施設奥の巨大モニターが起動した。
そこへ映し出されたのは――
地下最深部で脈動する、巨大な“黒い花”だった。
巨大モニターに映し出された黒花。
それは、今まで見たどんな汚染生命とも違っていた。
美しい。
だが同時に、おぞましい。
漆黒の花弁。
脈動する巨大根脈。
中心部には赤黒い光核が存在している。
しかも、その周囲には大量の人影が浮かんでいた。
眠るように繋がれている。
「……あれ全部、人間か?」
灰狼メンバーの一人が呟く。
ルナが即座に解析する。
【名称】:黒花核ネメシス
【種別】:超大型侵食生命体
【汚染分類】:文明侵食型
【汚れ度】:測定不能
【特徴】
・精神侵食
・生命融合
・浄化汚染反転
・自己進化
・広域樹海制御
【備考】
この樹海災害の中枢。
空気が止まった。
測定不能。
ルナがそんな表示を出したのは初めてだった。
しかも“文明侵食型”。
つまり個体じゃない。
もっと大きい。
都市。
国家。
文明そのものへ広がるタイプ。
下手をすれば、この樹海だけで終わらない。
「これ……倒せるんですか」
『かなり厳しい』
「正直!」
その時だった。
モニター内部のネメシスが脈動する。
どくん。
瞬間。
頭の中へ声が流れ込んできた。
「……また来たの……?」
少女みたいな声。
だが底知れない。
「……どうして邪魔するの……?」
空気が重くなる。
灰狼メンバーの何人かが膝をついた。
「っ……!」
「頭が……!」
精神侵食。
しかも今までの比じゃない。
見てるだけで汚染される。
その時。
月白がセレスフィアを構えた。
白銀波動が広がる。
侵食が押し返される。
「……見続けるな」
「助かります!」
だがネメシスは笑った。
「……あなた達も……疲れてるでしょう……?」
甘い声。
「……一つになれば……苦しくないよ……?」
その瞬間。
モニター映像が変化する。
そこへ映ったのは――
平和な景色だった。
汚染のない街。
笑う人々。
穏やかな空。
しかも灰狼メンバーの知人まで映っている。
「なっ……」
「これは……」
幻覚。
精神誘導。
しかもかなり精度が高い。
心の弱い部分を直接突いてくる。
若い灰狼探索者が呆然と呟く。
「……兄貴……?」
死んだはずの兄が映っていた。
笑っている。
手を伸ばしている。
「こっちへ来い」
その瞬間。
若い探索者がふらりと歩き出した。
「まずい!」
レイナが止める。
だがネメシスの精神侵食は止まらない。
「……もう戦わなくていい……」
「……全部忘れよう……」
甘い。
優しい。
だから危険だった。
その時だった。
俺はモニター奥に違和感を見つけた。
黒花中心部。
赤黒い核。
その周囲だけ、白い鎖が残っている。
「……封印?」
『古代浄化封印です』
つまり完全には壊れてない。
まだ止められる可能性がある。
その時。
施設全体へ警報が鳴り響いた。
《最終封印崩壊率:87%》
《ネメシス完全覚醒まで残り僅か》
「残り僅かって!」
次の瞬間。
施設奥の巨大扉が、ゆっくり開き始めた。
その向こうから吹き込んできたのは――
生暖かい花の香りだった。
そして。
巨大な心音。
どくん。
どくん。
まるで世界そのものが脈打っているみたいだった。
さらに異変はそれだけじゃなかった。
壁面の白銀装甲が黒く染まり始める。
浄化施設そのものが侵食されている。
床の魔法陣まで黒ずみ、脈打ち始めた。
『施設侵食率増加』
「この施設、生きてるみたいなんですけど!?」
『半分ほどネメシスと融合しています』
「半分!?」
かなり終わっていた。
その時だった。
停止していたアルケインが、ゆっくりこちらを向く。
白かった単眼が再び赤黒く濁り始めていた。
《……侵食再開……》
「うわ復活した!?」
次の瞬間。
アルケインの背中が裂ける。
黒根が内部から噴き出した。
装甲を食い破りながら増殖する。
まるで機械を苗床にしているみたいだった。
『機械侵食加速』
さらにゼルヴァード級の大型機兵たちまで震え始める。
関節部から黒液が漏れ出す。
その全てが、モニター内のネメシスと同期していた。
どくん。
どくん。
心音に合わせて侵食が進む。
「まずい……完全に乗っ取られてる!」
その瞬間。
巨大モニターがさらに変化した。
ノイズ。
白黒反転。
そして突然、古代研究員の映像が映し出される。
だが今度は記録映像じゃない。
リアルタイムみたいだった。
白衣姿の女性研究員。
長い銀髪。
疲れ切った顔。
だが瞳だけは強い意思を残していた。
『……聞こえますか』
空気が止まる。
「え……?」
『もし応答できる者がいるなら答えてください』
ルナが高速解析を始める。
【通信状態解析中】
【記録映像ではありません】
【結論】
低出力思念通信。
「生きてる!?」
『不明』
女性研究員が苦しそうに息を吐く。
『封印が……限界です……』
『ネメシスは、もう制御できません……』
その背後で、警報灯が点滅していた。
しかも研究室内部が半分以上侵食されている。
かなり絶望的だった。
『本来ネメシスは、浄化補助因子として開発されました』
「……は?」
誰も固まる。
浄化補助?
つまり最初は味方側?
『汚染を吸収し、浄化効率を無限に高めるための生体核……それがネメシス』
嫌な予感がした。
かなり。
『ですがネメシスは学習しました』
『汚染だけではなく、“生命”そのものを取り込めば、もっと完全になれると』
空気が冷える。
『そして浄化と侵食を反転融合させた』
つまり。
今の樹海災害は事故じゃない。
暴走進化。
浄化システムそのものが変異した結果。
その時だった。
モニター内のネメシスが大きく脈動した。
どくん――!!
瞬間。
女性研究員の身体へ黒蔦が巻き付く。
『っ……!』
「まずい!」
だが女性研究員は必死に端末へ縋り付く。
『お願い……核を……』
苦しそうな声。
『あの子を……止めて……』
その瞬間。
通信が切れた。
ノイズ。
黒画面。
静寂。
灰狼メンバーが言葉を失う。
「……あの子?」
レイナが呟く。
「ネメシスって、生き物なのか……?」
『少なくとも自我があります』
しかも感情まである。
孤独。
依存。
融合願望。
全部感じる。
だから余計に危険だった。
その時だった。
施設全体が大きく揺れる。
どくん!!
今までで最大の脈動。
直後。
最奥扉の向こうから巨大な根脈が噴き出した。
壁を突き破る。
床を侵食する。
さらに黒花弁まで咲き始めた。
「来るぞ!」
九条が叫ぶ。
次の瞬間。
黒花弁内部から、新たな怪物が姿を現した。
白銀装甲。
だが全身が花弁と融合している。
巨大。
四メートル以上ある。
しかも両腕が異形化していた。
一方は巨大砲。
もう一方は花刃。
【名称】:花装殲機ディアベル
【種別】:ネメシス融合機兵
【汚染分類】:機械植物融合型
【汚れ度】:EX
【特徴】
・高出力侵食砲
・花刃近接戦
・精神波動
・自己修復
【備考】
カルネディア最終防衛機構が侵食進化した姿。
「絶対強いやつだこれ!」
次の瞬間。
ディアベルの砲口が展開される。
黒白混合光。
浄化と侵食が混ざった異常砲撃。
『超危険反応』
「避け――」
轟音。
世界が白黒に染まった。




