第1221話 クロスステッチの魔女、蜜蝋が固まるのを待つ
蝋を煮込み、ほんのりと甘い匂いを嗅ぎながら形を作って、四角く固めた蝋。その熱が大雑把に取れた後で、雪の中に晒す。そういう塊は三角のものと、四角いものの二つを作っていた。
「あれはいつ、使えるようになるのー?」
「蝋が冷えるのを待たないといけないから、最低でも明日かなあ」
冷やし固めてしまえば、他に蝋の加工自体でやることはない。暇、とまではいかないものの、気楽に構えることができるのは事実だった。
「あるじさま、あの蝋で糸を染めるのですか?」
「染めるほどの色は、この蜜蝋にはないわ。濃い色がついている蝋とは違うから、少し薄くなる程度、かしらね。蝋を引くと、濡れにくくなって頑丈になるのよ。その頑丈さは、革縫いの糸としても重宝されるのよね」
人間が雨除けの外套を仕立てる時は、《水弾き》の魔法がないので蝋を引いた革を使う。そんな話をすると、キャロルは驚いた顔をした。今まで蝋燭以外で蝋を使う機会がほとんどなかったから、そんな使い方ができるとは思っていなかったのだろう。最初から蝋引きしてある糸を革縫いに使っているから、一人暮らしをするようになった後、蝋を自分で引くのは初めてだ。
「子供の頃は仕事のひとつだったんだけれどね。蝋引きの糸が買えるなら、その方が手っ取り早いから……うん、随分やってないわ」
見習いの頃は、お師匠様が最初から蝋引き済みの糸をたっぷり買っていたから、ほとんどやった覚えがない。濡れないように油紙で包んだ後、しっかり外套を着込んで外の雪の中に埋め、赤く染めた棒を挿す。これで明日の朝、棒が埋まりきるほどの雪が積もらない限りは、どこに埋めたかを見失うことはない、という寸法だ。夜に外に出るとやっぱりかなり寒かったので、しばらくは暖炉の火力を上げて体を温め直す必要があった。
蝋が自然に確実に中の奥まで冷え固まるまでは、やっぱり時間がかかる。なので、その前に紡いだ糸を氷柱鹿の骨粉で染めたり、牡鹿の革の処理をしながら袋に必要な大きさを切り取ったり、蝋の用意ができていなくてもできることをやっていた。それだけで、気づけば夜が明ける程の時間が過ぎている。
「キーラさまー、もう夜が明けてますよ」
「えっ」
「お日さまが雪を溶かしてしまう前に、蝋の回収をするべきかと」
「そうね……? ううん、まだ月が沈んでないと思ったのだけれど」
なんてことを思いながら、私はまた外套を着込んで外に出た。夜の間に雪が降ったようで、私が棒は埋めた時よりも高い小山に埋まり、短くなっていた。掘り出した蜜蝋は、しっかり固まっている。




