第六十九話
「それで?ゴルギオスさんはなんと?」
「魔書の強奪をする見返りに、自身にも悪魔との合成を施して貰う契約だったようだね。大氾濫を起こしたのは、魔書の強奪をする計画と、我々月夜の旅人の戦力を削る為だったと。あれほどの規模になったのはゴルギオスにも想定外の事態だったと言っていたよ。」
あれから既に5日が経過していた。
ルーは自宅の応接室で月夜の旅人のリオルと話をしていた。
「そうですか……。今はどこに?」
「領主様が地下牢に幽閉してる。街を危険に晒した重罪人だからね。死罪は確実だと思うよ。」
「そうでしょうね。……あの興奮剤はトルネウスさんが?」
「みたいだね。あの地下室から興奮剤を作るのに使う素材と、調合器具が見つかったからね。間違い無いと思うよ。」
リオルは目の前のテーブルに置かれたカップをもちあげ、紅茶に口をつける。
「それにしても、トルネウスさんのあれは異常と言わざるを得ないよ。」
ルー達が孤児院の地下室を出た後、冒険者ギルドと領主騎士団により、あの地下室が調べられた。
蓮がベルとトルネウスの命を奪ったあの部屋の奥にはもう一つ部屋があり、そこにはベルと同じように魔物と合成された子供が入れられた檻がいくつも並んでいた。
合成された魔物は多種多様。
その素体として選ばれたのは孤児院にいた子供達だった。
そこにあった机の上には研究資料が積み上げられており、そこに詳細な研究過程が書かれていたのだが、その中に孤児院の子供達を素体に合成実験を行なった旨の記述があったのだ。
他にも悪魔に関する研究資料やベルの患っていた病気に関する資料も多く発見された。
「娘の為にって言ったって、あれじゃあ……」
リオルは地下室で見た凄惨な状況を思い出し、そこで言葉を切った。
「それで……レンくんは?」
ルーはゆっくりと首を横に振る。
「……まだ、目覚めないか……」
あの地下室で泣き疲れ眠りについた蓮は、5日たった今もなお眠り続けていた。
事件の翌日一向に起きる気配のない蓮を心配して、治癒師やアリステラにも見てもらったが、原因は不明。
命に別状はなく、おそらく精神的な疲労で眠っているのだろうと結論づけられたが、5日経った現在はそれも怪しくなってきた。
今はメデュアが世話をしており、レイヴィアはベッドで眠る蓮の側から一切離れようとしない。
そんな状況続いていた。
「……体に異変はありませんし、魔力に乱れも感じません。本当にただ眠っているだけのようです。」
「そうですか……。それにしても、ルーさんはいつからゴルギオスに目をつけていたんですか?ナクタさんを通じてこちらに連絡をくれたのも驚きましたが、領主様に注意を促したのもルーさんだったんでしょ?」
実は大氾濫が発生する前、ルーはは既に魔書を狙う黒幕が月夜の旅人ではなくゴルギオスだと疑い、領主アルバートに警告していたのだ。
そして大氾濫が発生した段階でリオルのもとにナクタを向かわせ、注意を促した。
「初めに疑ったのは孤児院の子供達の件です。」
「子供達の件?」
「ええ。ゴルギオスさんに子供達が姿を消した件を質問したところ、初耳だと言いました。……孤児院と貴方のクランの情報を集めていたはずなのに、一週間も前の異変に気付かない訳がないと思いまして。」
ルーがゴルギオスに目を付けたのはそこに違和感を感じたからである。
更に、ジョセフにアルバートの事情を聞いた後、アルバートを訪ねた時に月夜の旅人が魔書強奪を企てているという情報をゴルギオスから教えられたと聞き、その疑いは強まった。
ギルドマスターのジョセフは、アルバートの暴走を恐れ魔書に関する情報は最低限しか報告していなかったのだ。
当然容疑者の話も一切していなかった。
わざわざギルドを飛び越え、領主のもとに情報を伝えるのはおかしな話であった。
「それに、ベクターさんに聞くと孤児院の出身者はみな、主に月夜の旅人の情報収集を命じられていたそうでしたので。」
「なるほどね……。本当は僕達が動かないといけなかったんだけどね。すまない事をしたよ。」
「仕方ありませんよ。領主にもギルドにも目を付けられた状態で動く事は難しいでしょうし。それに、私達に接触してきたのも調査を依頼する為だったんでしょ?あそこで孤児院への寄付を促したのは失敗でした。」
「……そうだね。あの話で、既にルーさん達はゴルギオス側だと判断してしまったからね。」
ルーは紅茶に口をつけ、一息ついた。
「……それで、そちらの方は?」
ルーが視線を向けたのは、リオルの隣で黙って動かない黒い全身鎧を着た人物。
リオルは横目でその人物をチラリと見てため息をこぼした。
「はぁ……。マスター、そろそろ自己紹介してくださいよ。ルーさんも困ってるでしょう?」
「……エリオラ。」
「……すまないね、ルーさん。これはうちのクランマスターのエリオラ。彼女は少し……無口なんだ。」
一言、自身の名前だけを告げた月夜の旅人のクランマスターであるエリオラ。
少しの間街を離れていたエリオラだが、それにも理由があった。
「長期で街を離れていたと言ってましたが……成程。魔族である貴方がいると、余計に疑いが強く——」
「貴様、私が魔族であると何故知っている。」
「ちょっ!マスター!落ち着いて!」
ルーがエリオラを魔族であると断言した途端、エリオラはルーの首元に大剣の切先を突きつけ問いただす。
慌てて止めにはいるリオルをよそに、ルー表情を変える事なく手に持っていたカップを机に置いた。
「うちにも魔族が2人いますからね。魔の気配は分かりますよ。いくら隠しても漏れ出ている気配は完全に隠せない。アリステラさんの言った通りですね。」
ルーの言葉に反応して、エリオラの鎧がカチャリと音を立てた。
大剣を持つエリオラの腕を掴んでいるリオルは驚きに目を見開いていた。
「……本当、ですか?」
「ええ、本当ですよ。後で会いますか?」
リオルの質問になんてことないように答えるルー。
エリオラはルーの言葉に嘘はないと判断し、大剣を引き、鞘に収めた。
「魔の気配を完全に消す方法があるのか?」
「アリステラさんの作る魔道具を使ってます。今はこちらに滞在していますし、エリオラさんの分も作ってもらえるか聞いてみましょうか?」
「頼む。」
エリオラはゆっくりと頭を下げて一言そう言った。




