第六十六話
「おいおいおい、これはどう言う事だ?レオル。それに領主様のとこの影も。」
蓮に右手を差し出した状態で動きを止めているゴルギオスにナイフを突き立てているのは、月夜の旅人のサブマスターであるレオルと、黒い靄ではっきりとした姿を捉えられない領主の部下だった。
「……どう言う事?」
蓮は困惑してそんな言葉を漏らす。
それに乗る形を取ったのはゴルギオスだった。
「おいおい、レンの言う通りだ。どう言う事だこりゃぁ。」
「てめぇが蓮を使って俺達から魔書を奪おうとしてんのがバレたんだよ。さっさと白状しちまえ。……じゃねぇとその首刎ね飛ばすぞ。」
そう言って現れたのはナクタだった。よく見るとその手からはキラリと光る細い糸が垂れており、それはゴルギオスの全身に巻きついている。
「ナクタ?なんでここに……みんなと一緒にいるんじゃ……」
「ルーの旦那が蓮を一人にするわけねぇだろ?蓮は自分を優先させるのを良しとしねぇだろうからバレねぇ様に見張ってたんだよ。」
一度はルー達と共に持ち場に向かったナクタだが、クロとアシュラが力を解放し、ジョセフがこちらの実力を把握した時点で蓮のところに戻ってきていた。
「あぁ?俺が魔書を狙ってるだと?何を根拠にそんな事ぬかしてやがる!」
苛立ちを露わにし、吼えるゴルギオス。
ナクタはそれにため息を吐き、冷静に答える。
「魔書を狙ってる根拠はねぇ。」
「だったら——」
「だが、大氾濫を起こしたって証拠は見つけた。」
ナクタは懐から一枚の紙を取り出した。
「てめぇの書斎で見つかった契約書だ。禁制品の興奮剤を作らせるための契約が書いてある。特殊な魔法で作られた契約書だからサインはねぇが、今はアリステラの婆さんが街に来てんだよ。あの婆さんなら契約者が誰なのかすぐに調べられるだろうよ。」
ゴルギオスは奥歯をギシリと鳴らす。
「……てめぇ、どうやってそれを……」
「マスター、俺が手を貸した。」
騒ぎに気付き、周りを囲むように見ていた冒険者達の中から一人の獣人が前に出てきた。
「ベスター!てめぇ裏切りやがったな!」
「裏切ったのはマスター……いや、お前の方だ、ゴルギオス。」
ベスターは冷たい視線をゴルギオスに向ける。
「俺は、あんたがスラムの奴らの為に調査すると言い出したから承諾した。それを偽装工作に使われるとは思ってもなかったけどな……。俺らが見張ってる時に依頼書をあの廃屋に置いたのはあんただろ。疑いの目を月夜の旅人に向ける為にな。」
「だったら、スラムに出入りしてた月夜の旅人のクランメンバーはどう説明すんだよ!全く関係のない冒険者が何人も見てんだぞ!」
「それは僕の方から説明したほうがいいかな?……ほら、行くよ。」
そう言って縄で縛った一人の男を突き出し、蓮達に近寄ってきたのは月夜の旅人のサブマスターであるリオルだった。
「この男は確かにうちのクランの人間だけどね、元々君に雇われていたのを白状したよ。スラムで共に育った仲間だそうだね?」
「あっ、この人……。」
「レン君はさすがに覚えたかな?そう、君を孤児院に呼びに行った男さ。レイヴィアさんに殺されかけたのもこの男。つくづく君とは縁があるようだ。」
笑顔を浮かべていたリオルは真剣な表情になり蓮に頭を下げた。
「うちのクランの者が迷惑をかけてすまない。しっかりと監督できていなかった僕の責任だ。本当にすまなかった。」
倒すべき敵だと思っていたクランの人間に頭を下げられている現状に、蓮はますます混乱する。
「う、ううん。別に気にしないで。」
「うちのマスターが帰ってきたら改めて謝罪に伺わせてもらうよ。」
リオルは再びゴルギオスに視線を向ける。
「確証が無かったから君が動くまで待っていたけど、まさかここまでするとはね。一体何が目的だい?」
ゴルギオスは口を噤んだまま動かない。
蓮が再びゴルギオスに質問をする。
「ねぇ、どうして魔書を?何に使おうとしたたの?」
ゴルギオスはレンを睨みつけ、口を開いた。
「てめぇみたいな恵まれた奴には分からねぇだろうよ。スラムで生きる事の辛さが、人に見下されるあの苦しみが!……だから俺は上に立つと決めたんだ。誰からも見下されない為に強くなると決めた!」
「……でも、それでSランクにまで上り詰めて、自分のクランも作れたんだよね?それ以上何が不満なの?」
ゴルギオスは怒りに目を真っ赤に染めて、ナクタの糸で身体から血が噴き出るのを厭わず蓮に迫ろうとする。
ナクタは蓮を自分の背後に隠し、糸の拘束を強めてゴルギオスの動きを止める。
「何がSランクだ!何が自分のクランだ!俺より強え奴が後何人いる!うちよりでけぇクランが後いくつある!トップに立たなきゃ意味ねぇんだよ!てめぇみたいなガキにわかってたまるか!」
荒い息を漏らすゴルギオス。
蓮はナクタを押しのけて一歩前に出た。
「あのさ、僕はね、君が何を思おうが、何をしようがどうでもいいんだ。」
「なにがいいてぇ!」
「だけどね、ベルちゃんを苦しめた事は、それだけは許せないんだ。だから——」
蓮は自分の槍を握りしめた。
「——死ねよ。」
ゴルギオスの首目掛けて槍を突き出した蓮。
その槍はゴルギオスの首から少し血を流した程度でリオルに止められてしまった。
「リオルお兄ちゃん?どうして止めるの?」
「……まだこいつの協力者を吐かせないといけないんだ。禁制品の興奮剤を作れる奴を野放しにはできないんだ。今は引いてくれないかい?全てが終わったら、その時はレンくんに任せるから。」
「クックックックッ……」
突然笑い出したゴルギオスに、蓮は光の無い目を向ける。
「なに、笑ってるの……?」
「てめぇは何もわかっちゃいねぇ。俺はむしろ、トルネウスの娘の為に動いていたんだからな。」
「……一体何を言ってるの?」
ゴルギオスはニヤリと笑い、口を開いた。
「魔書を欲しがっていたのはトルネウスだ。娘のベルを悪魔と合成して、魔力だけで生きられる魔力生命体にする為にな。」




