第六十二話
昼食を食べ終えた蓮は、今日も今日とて孤児院へとやってきていた。
「どう?かっこいいでしょ!」
「うん、かっこいい。とっても似合ってるよ。」
ベルの部屋に入った蓮は、挨拶もそこそこに新品の装備を自慢していた。
くるりとその場で回って胸を張る蓮に、ベルは素直に称賛の言葉を送った。
「レンくんは槍使いなんだね。」
「うーん、まぁそうかな?」
ベルの質問に曖昧な返事を返す蓮。
ベルはまぁいっかと連の持つ槍に興味を向ける。
「白くて綺麗な槍だね。」
「そうでしょ!この槍はね——」
ガルドンから受けた説明をそっくりそのまま話す蓮の話を、ベルは時折驚いたり感心したりしながら聞いていた。
身振り手振りを交えながら意気揚々と話し続ける蓮。
すると、部屋のドアがコンコンとノックされた。
「お話し中に申し訳ありません。レンくんとレイヴィアさんにお客様が……」
部屋に入ってきたトルネウスにそう告げられた蓮だが、勿論心当たりは無い。
取り敢えず会ってみることにした蓮は、トルネウスに客人の元へと案内してもらった。
孤児院へ初めて訪れた時にも通された応接室へと案内された蓮。
一応ノックして中に入った。
「えっと、こんにちは。月夜の旅人の人だよね?」
そこにいたのはかつてレイヴィアに消されかけたあの男。
何をしにきたのかと警戒する蓮とレイヴィアをよそに、男は早速とばかりに話を切り出した。
「あぁ、そうだ。すまないが自己紹介はまた今度にさせてくれ。……すぐに冒険者ギルドに来て欲しい。大氾濫が発生し、強制依頼がだされた。お仲間のところにも連絡がいっているはずだ。出来るだけ急いでくれ。」
男は早口でそれだけ言い残し、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
「父よ、どうする?」
「……とりあえず、ギルドに行ってみよう。」
蓮にとっては信用できない相手だが、もしものことを考えて、一度冒険者ギルドに向かうことにした。
「——でね、僕行かないといけないんだ。」
蓮はベルの部屋に戻り、事情を説明する。
説明を聞いたベルは表情を曇らせた。
「……なんで、レンくんが……」
「僕、これでもCランク冒険者なんだ。……心配しないで。僕の家族は最強だからね!」
蓮は胸を張って自信満々にそう告げる。
それでもベルの表情は曇ったまま。
「……絶対……絶対、無事に帰ってきてね。……私、ここで待ってるから。」
「うん!待っててね、ベルちゃん!」
蓮は孤児院を出て足早に冒険者ギルドへと向かった。
道中、蓮と同じように慌ててギルドの方へと走っていく冒険者の姿が有り、そこかしこから大氾濫と言う単語が聞こえてくる。
蓮は男の話が本当だと確信し、スピードをあげた。
冒険者ギルドに入ると、既に多くの武装した冒険者が集まっており、その中にはゴルギオスやリオルの姿もあった。
緊迫した空気に包まれる中、先に到着していたルーが蓮に近づいてきた。
「蓮、来ましたね。」
「ルー、大氾濫が起こったって……」
「ええ、どうやらそうらしいです。依頼を受け、森に行った冒険者が大量の魔物が集まっているのを発見してギルドに報告したのだそうです。その後、ギルドの方で斥候を放ったところ、至る所で集団が形成されており、それが更に集まって大集団になっているようです。」
大氾濫。それは何らかの理由で大量の魔物が集団を形成し、それが津波のように押し寄せる魔物災害である。
過去、大氾濫で壊滅した街は数多くあり、今まさにこのイーラスの街に壊滅の危機が迫っていた。
ナクタ、メデュア、クロ、アシュラも集合し、全員が揃ったところで、ギルドマスターのジョセフが階段を降ってきた。
「皆、よく集まってくれた!既に聞いているだろうが、ルゾの大森林で大氾濫が発生した!斥候を放ち確認したところ、その数は万を超えると報告を受けた。」
集まった冒険者達に動揺が走る。
ジョセフは少し間を置き、再び口を開いた。
「既に領主様には住民の避難を進めてもらってる。……が、街の外への避難はもう間に合わん。もし大氾濫に飲み込まれれば、この街もろとも全員が死ぬ事になるだろう。」
残酷な現実を突きつけられ、重たい空気が流れる。
すると、ギルドの扉がぎぃーっと音を立てて開かれた。
「何を絶望しておる。お前さんらは誇り高い冒険者じゃろうが。魔物如きに臆するで無いわ。」
そう言いながら入ってきたのは一人の老婆だった。
それを見た蓮は思わず声を上げた。
「アリスお婆ちゃん!」
「蓮や、久しぶりじゃのう。」
そう、現れたのはアリステラ。
ジョセフも驚きに目を見張っている。
「ば、婆さん!?」
「ジョセフや、お主はもう少し演説の練習をせい。皆のやる気を削いでどうするのじゃ。」
コツコツと足音を響かせながらジョセフの隣まで進むアリステラ。
集まった冒険者達の方に向き直り、口を開く。
「お主らは何じゃ?冒険者じゃろ。万の魔物がどうした。お主らがこれまで殺してきた数に比べれば、大した数でも無かろう。」
ここに集まった冒険者は、長年魔物相に戦ってきた熟練者達。
倒してきた魔物の数は一人で数千に登るものもいるだろう。
「もう一度言うぞ、お主らは誇り高き冒険者じゃ。魔物ごときに臆するで無い。」
アリステラの力強い言葉に冒険者達の目に力が戻ってきた。
「そうだ!俺達は冒険者だ!魔物なんて今までも散々殺してきたんだ!やってやる……やってやるよ!」
口々に自分達を鼓舞する冒険者達。
先程の重い空気は吹き飛んでいた。
「……よし、お前ら!装備を整えて門の外に集まれ!」
これからと言うところで演説を奪われたジョセフは、何とか気持ちを整えて指示を飛ばす。
「アリスお婆ちゃん!来てくれたんだね!」
人が少なくなったギルドの中で、蓮はアリステラのもとに駆け寄った。
「なに、ここ最近、森がちと騒がしかったんでな。調べてみるとこれが見つかった。嫌な予感が当たったようじゃ。」
そう言ってアリステラが取り出したのは液体の入った小瓶だった。
「これは?」
「興奮剤じゃ。魔物用のな。今回の大氾濫は人為的なものじゃろう。誰が、何の為に引き起こしたのかはわからんがの。」
蓮の質問に、険しい表情でそう告げるアリステラ。
ジョセフも初耳だったようで、怒りに震えている。
「興奮剤、だと?禁制品じゃねぇか。誰がこんなもん……」
「ジョセフ、それは後じゃ。今は大氾濫に集中せい。ここに来るまでにいくつか潰してきたが、さすがにわし一人では範囲が広すぎる。」
アリステラは蓮達の方に向き直ると、突然頭を下げた。
「嫌な予感がして、騙すように冒険者登録をさせたのはわしじゃ。文句を言われても仕方がないと思っておる。じゃが今はこの街を護る為に手を貸して欲しい。このとおりじゃ。」
「成程、アリステラさんは今回のような事を危惧 して、私達に拠点まで用意したのですね。」
ルーの問いかけに頷くアリステラ。
蓮達に出会う少し前から森の異変を察知していたアリステラは、今回のような事態を危惧して、頼りになる戦力として蓮達をこの街に留めて置く為の策を弄したのだ。
「別に気にしないで。どうせすぐに街を出るつもりもなかったしね。それより、アリスお婆ちゃんにはお礼を言いたかったんだ!あんないい家を譲ってくれてありがとうね!」
蓮に関して過保護なルー達に、下手をすれば殺されることも覚悟していたアリステラは、その言葉にホッと息を吐いた。
「すまぬな。頼りにしておるぞ。」
蓮は力強く頷き、冒険者ギルドを後にした。




