第六十一話
窓もない暗く広い空間にバリバリ、グチャグチャと咀嚼する音が響き、むせ返るような血の匂いが辺りに充満していた。
その音の発信源を見つめる人影が一つ。
「ようやく……ようやくここまできた……」
その人影は檻の中でむしゃむしゃと何かを貪っている異形の存在を見つめ、そう呟くと、床に座り込み何かを書き始めた。
薄暗い中、冷たい床に向かって一心不乱に作業を続ける人影。
そのすぐ側には、一冊の不気味な本が置かれていた。
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翌朝、蓮が朝食を取っていると、来客を知らせる呼び鈴が鳴った。
メデュアが確認に行くと、そこにはヘパルトス工房のガルドンの姿があり、蓮の装備と全員分の外套が完成したから、時間のある時に来てくれとだけメデュアな伝え、工房へと戻っていった。
それを聞いた蓮は、残った朝食を掻き込み、レイヴィアとクロを連れて家を出た。
「こんにちはー!」
工房についた蓮は、中に入り元気に挨拶をする。
すると、蓮に気付いたガルドンが驚いた顔をしてこちらにやってきた。
「おう、坊主!随分早かったな!俺も今戻ってきたところだぞ!」
その後、一言二言言葉を交わした後、蓮達を奥の部屋へと案内した。
「うわぁー……これが僕の……」
そこにあったのは木人形につけられた蓮専用の防具一式と、その隣に立て掛けられた一本の槍であった。
自分専用の装備に魅入っている蓮に、ガルドンは説明を始めた。
「防具は軽さと動きやすさを重視した革鎧だ。軽量化と硬質化、それに気配遮断の魔法を付与してる。それから、本来杖なんかに使われる魔力制御を補助する加工も施してる。補助が主体の坊主には重要だろうと思ってな。」
蓮は黒を主体としたその革鎧に触れ、魔力を流してみる。
スムーズな魔力の流れで、いつもより簡単に魔法が発動できそうだ。
「魔力の通りがいいだろ。本来革鎧に施すには難しい加工なんだが、姉御のやる気が凄まじかったおかげでなんとか施すことができた。まぁ提供してもらった素材が最高級の物だったのが主な要因だがな。」
その説明を聞いて、蓮はハッとしてガルドンに聞く。
「そう言えば、カレイアお姉ちゃんはどこにいるの?お礼を言いたいんだけど……」
「あー、今は疲れて寝てる。この装備を作るのに、ここ数日殆ど寝ずに作業していたからな。とりあえず、今は寝かしといてやってくれ。礼は俺の方から伝えとくからよ。」
蓮が分かったと頷くと、ガルドンは続いて槍の説明に入った。
「そんで、こっちが坊主の槍だな。」
ガルドンが指し示したのは一本の短槍。
真っ白な柄に少し長めの穂が付けられており、石突には白い鉱石が嵌め込まれている。
防具とは対照的な真っ白な直槍だった。
「柄はルーのにいちゃんが持ってきた中で一番硬い魔物の角を削って作ってる。なんの魔物かは分からなかったが強度は竜のそれよりも上で、柔軟性も充分だ。こいつを削り出すのに丸二日はかかっちまったぜ。……で、穂先はうちの工房で考案した特殊な合金を使ってる。折れず曲がらず、切れ味も抜群。大抵の魔物は抵抗なく斬れるはずだ。最後に、石突の白い鉱石は魔力鉱石って言っな、魔法の発動を補助してくれる。」
蓮は槍を手に取り、ぶんっと振るった。
ずしりと来る重さ、柄は手に吸い付くように握りやすい。
二、三度振るった蓮は、満足そうに頷いた。
「うん、すごく使いやすい。」
「そりゃ良かったぜ。まぁ装備に関してはそんな感じだ。後は、こいつだな。」
机の上には綺麗に畳まれた七枚の外套。
蓮はあれ?と思い、ガルドンに問いかける。
「ねぇ、七枚あるけど……」
「あぁ、坊主の従魔の二匹の分も作ってある。」
そう言って、ガルドンは並んでいる外套のうちの一枚を広げた。
「こいつはサイズの自動調整をしてくれるようになったんだ。だから、今はかなり大きいが……」
ガルドンは手に持つ外套を蓮に着させる。
すると、ぶかぶかだった外套は徐々に縮んでいき、蓮にぴったりのサイズになった。
「この通り、着た奴にあった大きさになってくれる。この外套はナクタのにいちゃんがくれたあの糸で作ってるから、そこらの防具よりよっぽど頑丈だ。蓮の防具と同じように、気配遮断の魔法を付与しといた。」
蓮はガルドンが目の前に持ってきてくれた鏡で着ている外套を見てみる。
黒い外套の背中には、蓮、クロ、アシュラに刻まれている天使と悪魔の翼の紋様が描かれていた。
「うわー。すごくかっこいい!」
「気に入ってもらえて良かったぜ!担当したやつも喜ぶだろうよ。」
その後、蓮は防具一式を身につけて最後の微調節を行ってもらい、お礼を言って工房を後にした。
鼻歌を歌いながら一旦家に帰って来た蓮。
今日もベルに会いに孤児院へ行く予定である。
が、その前に……
「みんなの外套もできたよ!」
蓮は談話室に集まっていた皆に、完成した自分の装備一式を見てもらい、お揃いの外套を手渡した。
嬉しそうにみんなで着てみようと言う蓮の言葉に従い、全員が外套を羽織った。
「おぉー。かっこいいー。」
蓮は目をキラキラとさせてお揃いの外套を羽織り並ぶ皆の周りをぐるりと一周しながら楽しそうに見ていた。
何周も何周もぐるぐると回る蓮に、ナクタが口を開いた。
「おーい、蓮。もうそろそろいいか?」
「あははっ!ごめんね、つい嬉しくってさ!」
ナクタは溜息をこぼしながらも、蓮が飽きるまで付き合ってあげるのだった。




