第六十話
蓮は今日もベルのもとを訪れていた。
お喋りを楽しむ二人。
すると、ベルのお腹がぐぅーっと鳴った。
「あっ……。」
お腹を押さえ、顔を赤くするベル。
「今日はいっぱい食べるベルちゃんの為に料理を作ってきたんだ!」
蓮はアリステラから貰った空間収納が付与された袋から、メデュアに手伝って貰いながら作った料理を取り出し、机の上に並べていく。
「こんなにいっぱい……。ありがとう、レンくん。」
ベルがふにゃりと笑いながらお礼を言うと、蓮は気にしないでと優しく微笑んだ。
蓮の手を借り、ベッドから出て椅子に腰を下ろしたベルは、並べられた料理を食べ始めた。
美味しいと言いながら食べ進めるベル。
病人とは思えないほどの食欲をみせていた。
ベルの患っている病気、生魔変換症は生命力を魔力に変換してしまう病気である。
その欠乏した生命力を生み出すには必要となるのが食事である。
病人であるベルが異常とも言える食欲を見せるのはこれが原因であり、それは蓮も聞いていた。
だから、ベルに少しでも元気になってもらう為、蓮は早起きして料理を作ってきたのだ。
「ごちそうさまでした。」
ベルは大量の料理を全て平らげ手を合わせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ジョセフはギルドマスターに与えられた執務室で積み上げられた書類を捌いていた。
すると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
ジョセフはペンを持つ手を止め、やってきた人物に誰何する。
「誰だ?」
「ルーです。入ってもいいですか?」
ルーの突然の来訪に不安を覚えたものの部屋へ迎え入れた。
向かい合うようにソファに座ると、ルーが口を開いた。
「突然来てしまってすみません。少し聞きたい事がありまして。」
「来るのは別に構わねえんだが、面倒事じゃ無いだろうな……」
微笑みを浮かべるルーに、ジョセフはどこか嫌な予感を感じていた。
「実は、領主のアルバートさんについてなのですが、ジョーさんはお知り合いですか?」
「……帰れって言ったら帰ってくれるか?」
ルーは微笑みを深くしてジョセフを見やる。
「だめか……。領主様の事はそれなりに知ってる。ギルドマスターとして会うこともあるしな。で?何が聞きたい。」
「アルバートさんが私の持っている魔書を渡せと言っているのですが、その理由をご存知ですか?」
「揉めたりしてねえだろうな?」
ルーはあいかわらず微笑みを浮かべるだけ。
ジョセフは嫌な予感が当たったと深くため息をついた。
「……理由は、まぁ推測はできる。説明するから、揉めるのはやめてくれ。」
そう言ってジョセフは話し始めた。
「——てな訳だ。だから、知らねえやつの手に渡るのが怖いんだろうな。決してお前さんらを害したいわけじゃねえと思うぜ。」
「両親が悪魔にですか……」
アルバートは幼い頃、目の前で両親を殺されている。
それを行ったのは召喚された悪魔であった。
その為、アルバートの悪魔に対する忌避感はかなり強く、悪魔召喚を行える魔書が自分が信用ができない者の手にある事に恐怖を感じるのだろう。
そうジョセフは説明した。
それを聞いたルーは、アルバートのこれまでの行動を思い返してみた。
ジョセフの話が本当なら、魔書を受け取った初日の夜に即座に動いたのにも納得がいく。
それに侵入者してきたアルバートの部下も、ルーに対して反撃すら行わなかった。
害意が無いのも本当かもしれない。
そこまで考えてある疑問が生まれた。
「昨日、アルバートさんが月夜の旅人のクランハウスを訪れたようなのですが、何故か分かりますか?」
「……それは本当か?」
「ええ、ナクタがその目で確認したので間違いは無いと思います。」
ジョセフはシワの寄った眉間を指でほぐしながら口を開いた。
「ここ一年程で何度か魔書を狙った奴がここに侵入してきたんだ。全員とっ捕まえて話を聞いたが、スラムの廃屋で依頼を受けたって言うただのゴロツキだった。それで、ギルドの方で調査を進めてたんだが、その容疑者として上がったのが月夜の旅人だ。その情報を何処かで掴んだんだろうな。」
「それで、問い質しに行ったと?」
「まぁ領主様も素直に白状すると思う程馬鹿じゃない。たぶん、牽制が目的だろうな。」
「成程、こちらは気付いているぞと忠告した訳ですね。」
「……余計な事をしてくれたもんだ。」
ジョセフは腕を組んで渋い顔をする。
ルーは考えを巡らせ、浮かんできた疑問をジョセフにぶつける。
「ところで、何故月夜の旅人に疑いの目が向いたのですか?」
「……あそこのサブマスの能力が一番の要因だ。」
「サブマスと言えば、リオルさんですか?」
「そっちじゃねえ。おとうとのレオルの方だ。……本来ギルドとして冒険者の能力を勝手に教えちゃいけねえんだが……有名だからな。俺から聞いたって言うんじゃねえぞ?」
ジョセフはそう言って一呼吸置き、口を開いた。
「レオルの能力は『消える者。姿を消せるっつう単純かつ強力な能力だ。」
再び思考の海に潜っていくルーをよそに、ジョセフは話を続ける。
「調査はゴルギオスのクラン鬼王会に極秘で頼んだ。スラムの奴らが被害に遭ってるからと名乗り出たからな。それで、例の廃屋を見張ったが、誰にも見つからずに依頼書が中に置かれていたらしい。ゴルギオスもSランクだ。警戒しているあいつにばれる事無く侵入できるのは、この街ではレオルくらいしかいないからな。」
「……それだけで犯人だと?」
確かに、レオルの能力は今回の一件でこれ以上にない程有用であろう。
しかし、ならば何故レオル自身が魔書の強奪に動かないのかと言う疑問が生まれる。
ただ、能力だけを持ってして決めつけるのは早計だろうとルーは思ったのだ。
そんなルーの考えを察してか、ジョセフは他の理由もあげた。
「他にも、スラムに出入りする月夜の旅人のクランメンバーの姿を見た奴がいる。これは鬼王会とは別のやつからの情報だ。月夜の旅人のクランハウスはスラムとは反対側にある。わざわざ行く理由がねえんだよ。」
「そのスラムに出入りしていたと言う人物は?」
「あー、前にギルド内でレイヴィアに殺されかけた奴だよ。……ったく。殺しは勘弁してくれ。」
その後、更にいくつか質問したルーは、ジョセフにお礼を言い冒険者ギルドを後にした。
そして、その足で向かったのは街の最奥にある貴族街。
そこに建つ領主邸だった。
門番の男が近づいてくるルーの存在に気付き、誰何する。
それに対し、ルーは返答した。
「私は冒険者のルーと申します。領主様に面会したいのですが、お取り次ぎ願えますか?」




