第五十七話
トルネウスとベルからこれでもかというくらいに感謝の言葉を贈られた蓮は、明日も来ると約束して孤児院を出た。
家に帰ってきた蓮は、ルーに話しかける。
「ルー。僕ね、月夜の旅人とか言うギルドの事、許せそうにないや。」
ルーを見つめる蓮の瞳には暗い炎が揺らめいていた。
「……蓮の気持ちは分かりました。明日から私達で調べてみます。蓮は、ベルさんの事をお願いしますね。」
「うん、お願い。ベルちゃんの事は任せて。」
蓮が自室で寝静まった後、蓮を除く全員がいつもの談話室に集まっていた。
ルーは孤児院での出来事と、蓮の言葉を皆に伝える。
「蓮様……」
「蓮がそんな事を、なぁ……」
「おそらく、ベルさんに過去の自分を重ねているのでしょう。寝たきりで動けない辛さを蓮は良く知っていますからね……」
談話室は静寂に包まれる。
ルーが再び口を開いた。
「明日から本格的に調査を開始します。ナクタとアシュラは月夜の旅人を探ってください。メデュアとクロは孤児院周辺の調査を。レイヴィアは孤児院へ行く蓮の護衛をお願いします。私はもう一度、ゴルギオスさんの所に話を聞きに行ってみます。」
皆、真剣な顔で頷いた。
「うむ、ルーよ。一つ頼みがあるのだが。」
「何でしょう?」
「うむ、そのナイトなんちゃらを潰す時は真っ先に私に知らせてくれ。父の笑顔を曇らせる奴は、私が斬り刻んでやろう。」
レイヴィアは尖った八重歯を剥き出しにして獰猛に嗤う。
溢れ出した魔力でカタカタと家具が音を鳴らす。
「それは分かりましたが、魔力を鎮めてください。蓮が起きてしまいます。」
「うむ、すまない。少し昂ってしまった。」
すっと溢れ出した魔力が消え去り、家具も落ち着きを取り戻す。
「では、明日からよろしくお願いします。我が創造主の為に。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日課の鍛錬を終えた蓮は、約束通り孤児院に来ていた。
「ベルちゃん、こんにちは!」
トルネウスに案内されてベルの部屋へやってきた蓮は、ドアをノックして中に入る。
「あ、レンくん……。こんにちは。」
昨日よりも綺麗に掃除された部屋で、ゆっくりとだが自分の力で上体を起こしたベルは、朗らかな笑顔で蓮に挨拶を返した。
カーテンも開かれており、穏やかな日差しがベルを優しく照らしている。
「体調はどうかな?」
「うん、まだ一人で歩く事はできないけど、身体のだるさは感じないよ。レンくんのおかげだね。」
そう言ってふにゃりと笑うベル。
蓮もつられて笑顔が深まる。
「それは良かったよ。今日も手を貸してくれる?」
うん。と頷き、ベルは蓮に手を差し出した。
蓮はその手を優しく握り、回復魔法を発動する。
淡い緑の光に包まれるベル。
溶けた光から姿を見せたのは変わらず笑顔のベルだった。
「レンくん、私ね——」
ベルと蓮は楽しく会話を弾ませた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
蓮が孤児院に着いた頃、ルーは再びスラムの奥地へと足を踏み入れていた。
向かう先はゴルギオスがいるであろう鬼王会のクランハウス。
蠅が集る死体を横目にスラム街を奥へ奥へと進んでいく。
暫く進むと、クランハウスのある寂れたバーが見えてきた。
「いらっしゃい。」
中に入ったルーに店主の男はグラスを拭きながら静かにそう言った。
ルーはその男がいるカウンターに近づき話しかける。
「ゴルギオスさんに会いにきたのですが、取り次ぎ願えますか?」
男は何も言わず、カウンターに鍵を置いた。
「ありがとうございます。」
ルーは鍵を受け取り昨日と同じ扉を開け、階段を降る。
コツコツと足音を響かせながら長い廊下を進むと、昨日見た重厚な扉の前に人影が見えた。
「きたか。中でマスターがお待ちだ。」
そう言ってその扉を開いたのはベスターだった。
ルーはそれに従い中に入る。
ベスターは昨日と同じ最奥の部屋へとルーを案内した。
「入ってくれ。俺はここまでだ。」
そう言ってベスターは踵を返し戻っていく。
ルーはドアをノックし中へ入った。
「おう、来たか。」
「昨日ぶりです、ゴルギオスさん。」
ソファに座るゴルギオスにルーは挨拶し、向かいのソファに腰掛けた。
先に口を開いたのはゴルギオスだった。
「昨日の提案を受ける気になったか?」
「いえ、それは変わりません。今日は情報を買いに来ました。」
「あ?うちは情報屋じゃねぇぞ。」
ゴルギオスはルーを睨みつける。
ルーはそれを無視して話を続ける。
「今日買いたいのは月夜の旅人と、イーラス孤児院の情報です。」
ドンと机に置かれたのはジャラジャラと音が鳴る布の袋。
ゴルギオスは額に青筋を浮かべる。
「てんめぇ……。」
「貴方達と協力するつもりは有りません。……が、私が貴方達を情報屋として雇おうと思います。」
ゴルギオスは浮かせかけた腰をもう一度ソファに降ろした。
「どういうつもりだ……」
「正直に言いましょう、ゴルギオスさん。月夜の旅人と戦闘になった場合、貴方達はこちらの邪魔になるだけです。貴方達に頼られると迷惑なのですよ。」
ルーは冷たく言い放つ。
ゴルギオスは一瞬爆発的に魔力を高めたが、ルーに言われた事は自分でも理解している為悔しそうに顔を歪めるだけで、反論する事ができなかった。
ゴルギオスはぐっと怒りを抑え声を絞り出す。
「それで、俺達を雇うってか……」
「ええ、その通りです。貴方が独自に集めた情報を私が買い取る。ただ、それだけです。」
室内を沈黙が支配し、二人の視線がぶつかり合う。
長く続いた沈黙を破ったのはゴルギオスだった。
「……わかった。お前に情報を売ってやる。ただし!……ただしだ、月夜の旅人は確実に潰せ。」
「……情報を精査してみないとなんとも言えませんね。」
「んだと?」
「ただ、私の主は月夜の旅人が許せないのだそうです。」
ルーはゴルギオスに笑顔を見せる。
その笑顔を見たゴルギオスはぶるりと体を震わせ、そして嗤った。
「……そう、か。ならさっさと話してやる。良く聞いとけよ?」
ゴルギオスはこれまで集めた情報をルーに話し始めた。
「——これで全部だ。」
「……ふむ。ありがとうございます。」
「何か聞きたい事はあるか?」
ルーは顎に手を当て思考を巡らせる。
「……では、一つだけ。」
「なんだ?」
「孤児院の子供達を逃したのは貴方達ですか?」
ルーの質問に、ゴルギオスは訝しげに眉根を寄せた。
「逃した?そんな事知らねぇぞ。どう言う事だ?」
「昨日、孤児院に行った際に院長のトルネウスさんに話を聞きました。子供達を月夜の旅人の魔の手から守る為に逃した、と。」
ゴルギオスは背もたれにもたれ掛かり、腕を組んだ。
「……俺達は手を貸しちゃいねぇ。一体誰の手を借りたんだ、トルネウスの奴……」
「そうですか……。聞きたい事はそれくらいですね。」
「そうか、なら早く帰れ。俺も忙しいんだ。」
ルーはその言葉に従い、鬼王会のクランハウスを出た。




