第五十三話
スラムを訪れたルー達は、獣人の男に連れられてかなり奥まで足を踏み入れていた。
ゴミや汚物が少なくなり、立ち並ぶ古い家の状態も次第に良くなっていく。
「ここだ、入ってくれ。」
そう言って男が招き入れたのは小汚い酒場のような場所だった。
ルー達はそれに従い中に入る。
内装は意外と綺麗で、バーのような空間だった。
数個の背の高い丸い机とカウンターがあり、棚には酒が入っていると思われる様々な瓶が並んでいる。
カウンターでは店主らしき男がグラスを磨いていた。
「ベスターか。今日は?」
「下だ。」
ベスターと呼ばれた獣人の男は店主から鍵を受け取ると、奥の扉に入っていく。
ルー達もそれに続き中に入ると、そこには地下へと続く階段があった。
コツコツと足音を響かせながら階段を降りる一行。
階段を降りきり、長い廊下を抜けると一際頑丈そうな扉が現れた。
ベスターはその扉に手を当て魔力を流す。
すると、ギィィィと音を立てて扉が開いた。
扉を潜るとそこは冒険者ギルドと同じような作りになっており、数人の武装した男女が談笑していた。
しかしその誰もが一癖も二癖もありそうで、アングラな雰囲気が漂っていた。
「おう、ベスター。帰ったか。で、そいつらが?」
椅子から腰を上げ、酒瓶を片手に近づいてきたのは巨漢の大男。
ボサボサの赤髪に真っ赤な瞳、頭には二本の角が生えている。
「あぁ、マスター。スラムをほっつき歩いてたのはこの人達だ。」
マスターと呼ばれたその大男は、顎を摩りながらルー達を上から下に舐めるように観察した。
「ほーん……。つえーな……。」
「それはどうも。で、あなたは?」
「俺はこのクラン【鬼王会】でマスターをやってるゴルギオスだ。まぁわかってるだろうが種族は鬼人族。よろしく頼むぜ。」
ゴルギオスの差し出した大きな手を、ルーは握り返した。
「私はルー。後ろにいるのはナクタとメデュアです。こちらこそよろしくお願いします。それで、クランとは一体何でしょうか?」
その質問にゴルギオスは訝しげにルーを見る。
「あぁ?なんだ、クランをしらねぇのか?冒険者ギルドもないとこから来たってのかよ。」
何も言わずに微笑み返すルーに、ゴルギオスは仕方ねぇなといい説明を始めた。
「クランってのは冒険者パーティーが集まってできた集団の事だ。ギルドの子会社みたいなもんだと思ってくれたらいい。クランへの依頼ってのもあるからな。」
「成程。では貴方達は冒険者という事ですか……」
ルーのその反応に、ゴルギオスは豪快に笑う。
「グッハッハッ!俺達が真っ当な冒険者に見えねぇってか!こんな場所だし当然だよな!グッハッハッ!」
「正直、その通りです。何故こんな場所に?」
ひとしきり笑ったゴルギオスは目に浮かんだ涙を拭いながら答えた。
「これはな、俺の趣味だ。こう言うアングラな雰囲気が好きなんだよ。まぁそれに、俺は元々スラムの中で育ったからな。外の華やかな空気はどうも苦手なんだ。」
「そうですか。」
説明を聞いたルーはお礼を言って、本題に入る。
「ベスターさんにここへ連れて来られたのですが、私達に何か用でも?」
「いや、俺は特にねぇよ。こんな汚ねぇスラムに綺麗な服を着た連中が来たって言うからな、どんなやつかと思ってベスターに見て来いって言ったんだ。……用事あんのはベスターじゃねぇのか?」
ゴルギオスはベスターの方を見る。
「マスター、この人達は例の廃屋を探しているそうだ。依頼を受けた奴らに家に侵入されたらしい。」
「チッ……、またあいつらかよ……。クソ野郎共が……」
ゴルギオスは眉間に皺を寄せ、奥歯をギシリと鳴らした。
「奥で話す。ついてきてくれ。ベスターも一緒に来い。」
ゴルギオスに連れられて奥の部屋へと入る。
そこには鬼の顔を模した仮面や、数本の刀が並んでいた。
ゴルギオスとベスターは奥にあるソファに座ると、机を挟んで向かい合うように置かれたソファにルー達を促した。
口を開いたのはゴルギオス。
「回りくどい話は無しだ。俺はその廃屋についても、依頼を出している奴も知ってる。だか、そいつが黒幕ってわけじゃねぇ。」
「どう言う事ですか?」
ゴルギオスは手に持った酒をグビリと一口飲み、ルーの質問に答えた。
「本当の依頼者から依頼を貰った連中がスラムのごろつき共に依頼を出してんだよ。敵情視察の為の捨て駒って奴だ。失敗しようが別にいい、成功すれば儲けもんってな。依頼の達成が困難だと判断すれば依頼は破棄。自分達には被害がねぇって寸法よ。」
「……成程。実に合理的ですね。」
「あぁ、そうだ。賢い連中だよ。スラムの連中を道具だとしか思ってねぇがな。」
持っている酒瓶をガンッと音を立てて机に置き、苛立ちを露わにするゴルギオス。
「それで?その連中というのは?」
ふーっと一つ息を吐き、苛立ちを抑え込んだゴルギオスはルーの質問に答える為に口を開いた。
「奴らは冒険者クラン【月夜の旅人】。人の命をなんとも思っちゃいねぇクソ野郎共だ。」
「クラン、ですか……。その者達も冒険者だと?」
「あぁ、そうだ。俺達と同じ冒険者で、クランを作ってる。」
「何故ギルドはそんな連中を野放しにしているのでしょうか?」
ゴルギオスは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「証拠がねぇんだよ……。使われてる廃屋もわかってる。張り込んだことも何度かあった。だが、証拠を掴む事はできなかったんだ。それがなけりゃ手出しはできねぇ。それに……」
そこで言葉を止めたゴルギオスにルーは続きを促した。
「それに?」
「それに、奴らはSランクを二人も抱えてやがる。当然クランマスターもSランクだ。」
「Sランクが三人ですか……。なかなか面倒な相手のようですね。」
「あぁ……。悔しいが、俺達のクランでは力が足りねぇ。他の連中はスラムの奴らになんか見向きもしねぇしな。」
Sランク冒険者。
それは冒険者としての最高位に位置する、いわば冒険者ギルドの精鋭中の精鋭であり、Aランク以下の者達とはその能力に隔絶した差が存在し、厄災級ともいわれるSランクの魔物を単騎で討伐できる程の能力を有している。
「ちなみにあなた方の戦力は?」
「俺はSランク、ベスターがAランクだ。他はBランク以下だな。」
「成程。確かに戦力差がありますね。」
「あぁ。だが、早いとこ奴らの尻尾をつかまねぇといけねぇんだ。」
「スラムの人達の為に、ですか?」
その質問に答えたのはベスターだった。
「最近奴らのとこの冒険者が孤児院に出入りしてるのを見た奴がいるんだ。」
「その孤児院の名は?」
「イーラス孤児院。俺をはじめ、あそこで育った連中がこのクランには多くいる。」




