第三十四話
戦場へとたどり着いたメデュアは、二匹の分身体を相手にしているルーの援護に向かった。
「行きなさい。」
メデュアがさっと真横に手を振るうと、空中に現れた無数の青い氷の蛇が分身体へと飛び掛かり、身体の至る所に噛み付くとそこから徐々に凍らせていき、その動きを鈍らせる。
ルーはその隙をついて一旦その場から離脱すると、メデュアの隣に降り立った。
「メデュアですね。進化をお祝いしたいところですが、今はあちらの対処に手を貸してください。」
「はい、承知しております。分身体の足止めは私にお任せを。ルー様は本体をお願いします。」
「えぇ。では頼みますね。」
短い会話を終え、ルーはケルキュースに向けて飛び立った。
それを見送ったメデュアは自身の仕事を遂行すべく、先程の魔法で凍り付いた部分を溶かしつつある分身体へ歩みを進める。
魔力を練り上げるメデュア。
分身体はメデュアの存在に気づき、動きの抑制された身体を強引に動かしてメデュアに襲いかかる。
メデュアは表情を変えることなく分身体に掌を向ける。
どんどんと距離を詰め、迫る分身体。
だが、メデュアはまだ魔法を発動しない。
突撃してくる分身体の鼻先にメデュアの掌が触れた瞬間、練り上げられたメデュアの魔力が瞬時に魔法へと変換される。
メデュアの触れた部分から一気に全身を凍りつかせた分身体。
巨大な蛇の氷像が出来上がった。
進化と解呪の影響により、メデュアの魔法発動速度とその範囲は格段に上がっていた。
それをまざまざと見せつけたメデュアはふっと短い息を吐き、
次の分身体へと歩みを進める。
メデュアの表情は変わらない。
しかし、その表情はどこか晴れやかに見えた。
魔人へと進化したメデュアがエウラと対峙している頃、ナクタは全身を駆け巡る激しい痛みと戦っていた。
分身体との戦闘を続けながら、その体に触れ自身の体にわざと毒を取り込んでいた。
「……ゲホッ、ガハッ!……もうちょい。……もうちょいだ。」
ナクタから吐き出された赤い血には黒い液体が混ざっていた。
ナクタの能力『毒喰者』は取り込んだ毒を解析し、耐性獲得と類似の毒を生成する事のできるようになるという能力である。
だが、問題は自身がその毒に侵される必要があるという事。
それも、相当量を解析が終わるまでの間。
痛みに視界がぼやける中、ぐっと歯を食いしばり毒に侵された身体を無理矢理動かし続ける。
分身体は自身の毒でかなり弱った獲物を見据え、次で最後とばかりに大口を開けて突進する。
「やっとか……。」
そう呟いたナクタは何を思ったか徐に自分の腕に牙を突き立てた。
そこに迫る分身体。
ナクタはそのまま分身体に飲み込まれてしまった。
分身体は獲物の一人を無事に喰らい、次なる獲物に向けて動き出そうとする。
「おいおい、どこ行くんだ?」
しかし、不意に聞こえた声に動きを止め、そちらに視線を向ける。
そこには先程確かに丸呑みにし、体内で毒漬けになっているはずのナクタの姿があった。
「ペッ……。テメェの毒はもう効かねぇよ。体内に回ってたのも、俺の作った毒で全部消したしな。」
感情のない瞳でナクタを捉えた分身体は、もう一度大口を開けて突進する。
「あんまり激しく動くと危ねぇぞ。」
突進を開始した分身体は先程とは違いそのまま力が抜けたように地面に激しい音を立てて倒れ込んだ。
「ほーら、言わんこっちゃない。……まぁ、魔法で作られた擬似生命体だ。痛みもクソもねぇわな。」
ナクタの視線の先には分身体の胴体部。
一部抉り取られたように無くなっており、その周辺もグズグスと溶け始めていた。
「言ったろ?体内に取り込んだ毒は俺が作った毒で消したってな。テメェの身体はその毒でできてんだ。もう、テメェは俺の敵じゃねぇよ。」
楽しそうに嗤うナクタ。
そこからの戦闘は一方的だった。
分身体はなんとか身体を保とうとするが、毒液を補填した側からナクタの毒に侵食され溶かされて行く。
戦闘とも呼べないそれは、数分間続き、遂に終わりを迎えた。
分身体の魔力が底をつき、光の粒子となって消えていく。
「テメェのおかげでまた一段階強くなれた。……まぁ一応、感謝しといてやる。」
そう言って一息ついたナクタ。
体内の毒を消したとはいえ、受けたダメージは消えたわけではない。
「流石に蓮に回復魔法かけて貰うべきか……。ゲホッ、ゲホッ……。あぁー、体がだりぃ。」
ナクタは一度蓮の元へと戻る事にした。
アシュラの戦闘も佳境を迎えていた。
アシュラが拳を振るうたび、その拳圧で分身体の頭部は吹き飛び、そして再生する。
二匹の分身体を相手取り、かなり善戦しているように見える。
しかし、アシュラも決して無傷ではない。
浮かび上がった血管の所々から血が噴き出し、体を汚していた。
それは敵の攻撃を受けてのものではない。
アシュラの能力は『超身体強化』。
その効果は単純明快。
自身の身体能力を強化するというもの。
アシュラはこれと身体強化魔法を併用する事でとてつもないパワーを発揮している。
当然体への負担は相当なものであり、その結果、血管が切れそこから血が噴き出しているのだ。
先の襲撃を含めて本日二度目の力の行使、そして長時間に渡る戦闘でアシュラの身体は限界に近付きつつあった。
それでもアシュラは拳を振るい続けた。
そして遂に一匹の分身体が光の粒子となり消失する。
後一匹。
そう思って僅かに気を抜いてしまったアシュラ。
振り向くとすぐ側に残ったもう一匹の大口が迫っていた。
「やらせません。」
アシュラに接触する直前、分身体は口を開けた状態のまま凍りついた。
凍りついたそれに、アシュラは拳を振り抜き粉々に砕いた。
粉々に砕いたそれが光の粒子となり消え去るのを確認したアシュラは、先程の声の主——メデュアに感謝の意を伝えた。
「いえ、無事で何よりです。それよりも、蓮様の元へ向かってください。それ以上は命に関わります。」
アシュラの現状を理解したメデュアは回復のために蓮の元へと向かうように告げる。
戦闘中に倒れでもしたら足を引っ張ることになる。
アシュラもそのことを理解している為、メデュアの提案に同意した。
能力を解除し、蓮の元へと向かうアシュラを見送ったメデュアは、魔法戦に切り替えたルーと暴れ回るケルキュース、そして残った二匹の分身体が激しく戦闘を繰り広げている場所へと向かった。




