第二十八話
解呪を行う為に、蓮は男のフードを剥ぎ取る。
「うわぁ……。なにこれ……。」
現れたのは正気のない紫色の瞳をした青年の顔。
そして、首に付けられた革製の首輪からまるで植物の根の様に顔全体に広がった刺青の様な模様だった。
よく見ると首から下にも模様は広がっており、袖を捲り上げると手首近くまで同じような模様が確認できた。
「体全体を呪いで縛っているようですね。効果はわかりませんが、恐らく思考や身体の制御が目的でしょう。」
正気のない瞳や、戦闘中に感じた動きの違和感、ここまで一言も発さない男の様子から呪いの効果を予測したルーは、過去に読んだ呪いについて記された本の内容を思い出していた。
「ここまでの呪いに侵されていては、解呪が成功したとしても命を落とすか、良くても廃人でしょう……。」
呪いとは、正確には呪魔法と呼ばれる魔法の一種であり、その効果は多岐にわたるが、かけ続ける事により徐々にその強さを増していくという性質を持つ珍しい魔法である。
呪魔法の持つもう一つの性質として、媒体とした呪具から広がるように発生する刺青の様な模様が発生する。
その模様は徐々にその範囲を広げていき、それに伴って呪魔法の効果も増強していくのである。
恐らく体全体を模様が覆っているであろうこの男は相当長期間に渡り呪魔法に侵されていると考えられる。
初期段階であれば解呪とその後の治療により完治が可能であるが、その深度が深くなるにつれてそれも難しくなる。
「ルー、どうする?」
「そう、ですね……。少しでも話せる事を願って解呪してしまいましょう。蓮、お願いします。」
「うん、わかった。やってみるね。」
蓮が手を翳すと、男は白い光に包まれ、首輪からは無数の蛇を象ったの黒い靄が溢れ出した。
蓮が解呪を開始してすぐ、メデュアと会話していたナクタがルーに近寄り話しかけた。
「ルーの旦那、ちょっといいか?」
「何かありましたか?」
「その男なんだが、メデュア曰くケルキュースの執事の様な立場にあった奴らしい。」
「ケルキュース……。確か、メデュアの母親でしたね?」
「あぁ、そうだ。それから、今回の襲撃者にこいつ以外にケルキュースの側近達の姿が無かったって話だ。……なーんかきなくせぇと思わねぇか?」
「ふむ……。」
数年前に突然姿を消したケルキュース。そして、呪いに侵された執事に戦闘に姿を見せない側近達。
何やら面倒な事になりつつある現状に、ルーはため息をついた。
「こちらを巻き込まないでもらいたいものですね……。」
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「なんで!どうしてよ!こんな……こんなはずじゃ無かったのに!」
そんな言葉を吐き捨てながら、真っ暗な森の中をドレスを身につけた金髪の女性—ステナが足早に進んでいく。
当初の予定では、つまらない贈り物を寄越した無礼者を圧倒的な戦力で叩き潰す筈だった。
しかし、圧倒的な戦力で叩き潰されたのはこちらの方。
全くの真逆になってしまった現実を受け止められず、なんで、どうしてという言葉が口を衝く。
「あら、お姉様。もう終わったのですか?」
前方から聞こえた声にハッと意識を戻して顔を上げる。
「エウラ!」
そこに居たのは妹のエウラ。
配下の殆どを失ったステナにとって頼れるのはエウラだけ。
何故ついて来ていなかったのか、何故こんな場所に居るのかと言った疑問が一瞬頭を過ったが、そんな事は今はいいと頭から振り払う。
「他の者達はどうしました?……負けた、のですか?」
エウラの問いかけに、ステナの表情が歪む。
その表情からある程度の事情を察したエウラは、ステナのぐっと握り締められた手を取り言葉を続ける。
「とりあえず屋敷に戻りましょう。その後のことは私にお任せください。悪いようには致しませんから。」
優しい笑顔でそう告げるエウラの言葉に安心感を感じたステナは力を抜き、ゆっくりと握った拳を開いた。
エウラはステナと手を繋いだまま、促す様に拠点へと足を向ける。
手を引かれ、半歩後ろを歩くステナからは、怪しく口角を上げるエウラの顔が見えることはなかった。




