第十三話
薄暗い洞窟の中、魔人の青年は目の前で収縮していく糸の檻を見て安堵する。
遠距離で無数の糸を同時に操るこの技は見た目以上に集中力と魔力を必要としており、抜け出されれば隙を突かれる可能性が高い。
ゆっくりとだが確実に縮み隙間の埋まった檻に安堵したのもその為だ。猛毒の壁が迫る中、異様に静かな事に一抹の不安を感じたものの、ここまで密にできたならそうそう突破されることはないだろうと思い、一つ息を吐き出した。
だが、集中は切らさない。糸が絡めとり、猛毒が敵の身体を侵し、その命を終わらせるまで。
静寂が包む暗がりに突如一筋の光が漏れた。
ギョッと眼を見開く魔人。中が見えないほど密に編まれた糸の檻に走る一本の線から光が漏れ出している。
(うそ、だろ……。あいつの魔法も、あいつの牙も、あいつの鋏も、あいつの鎌だって防いだ糸を何重にも重ねてんだぞ!)
脳裏を過るのはこれまでに倒した強敵達との戦闘シーンだ。どれもが死を意識した戦いだったが、魔力を注ぎ強化した糸はいつも自分を守り、そして相手を殺してきた。
それが今、音もなく、大した抵抗もできずにスッと切られた。
二本、三本、四本と線が増えていき、遂には解ける様に檻は崩れ去る。
中から出てきたのは翼を広げたルー。
さながら蝶の羽化の様なそのシーンは、ルーから放たれるキラキラした魔力の粒子により、一層神聖さを醸し出している。
ルーの右手に握られた白銀に輝く両刃の長剣を見て、魔人は奥歯をギシリと鳴らした。
「て、めぇ……。どうやって……。魔法特化じゃねぇのかよ……。」
「奥の手と言うのは隠してこそ意味があるのです。それに……」
「それに……?」
「偉大なる創造主に創られた天使である私が、鳥籠如きで捕らえられる訳が無いでしょう?」
「……創造主?……創られた天使だと?……何言ってやがんだ?」
「理解しなくても結構です。もう、終わりですから。」
瞬時に困惑する魔人との距離詰めたルーは、右手に握る長剣を横薙ぎに振るう。
槍の生成が間に合わないと悟った魔人は、犠牲を覚悟して背中の脚を防御に回す。
スパッと切り落とされた四本の脚に苦悶の表情を浮かべたもののその隙に左手に槍を生成し二撃目を防ぐ。
槍はまたもやルーの剣に切り落とされたが、剣を振った直後の隙だらけの胴体に右手に生成した槍を突き出す。
「もらったぁぁぁぁ!!!!!」
ザシュッ!!!
「がっ……ぐぁ……な、んで……」
血を流したのはルーではなく魔人の青年。
《《背中》》から白銀の剣に貫かれ、槍を持つ右腕は斬り飛ばされている。
流れ出る赤い血が地面を濡らす。
「言ったでしょう?奥の手は、隠してこその奥の手だと。」
そう、ルーが生成した剣は一本ではなかった。自身の背後に隠した二本目の剣を魔力で操作し、わざと見せた隙に食い付いた魔人の背後から貫いたのだ。
「では、私はこれで。」
地面に倒れ込む魔人を横目にそれだけ言い残し、ルーは放出していた魔力も剣も消し去ると、蓮の方へと向かった。
「蓮、遅くなって申し訳ありません。立てますか?」
風の刃でさっさと蓮の拘束を解くと、そう問いかけた。
「ありがとう、ルー!それに、ごめんなさい、迷惑かけて……。」
頭を下げる蓮に、いつもの微笑みを携えたルーは膝をつきその頭を優しく撫でた。
「いえ、こちらこそお守りできず申し訳ありませんでした。……さぁ、帰りましょうか。皆、心配していますよ?」
「うん!……あっ、ちょっと待ってて!」
蓮はルーにそう告げると、血を流して倒れ伏す魔人に駆け寄り声をかける。
「お兄さん、ルーは強かったでしょ?」
「……あぁ、……お前の、言う通り、だったな……。ゲホッ、ゴホッ……。」
薄れゆく意識の中で蓮に言葉を返す魔人の青年に、蓮は笑顔で言葉を続ける。
「そう言えばお兄さん、良い事言ってたよね?」
「……いい……事、だと……?」
「うん、確か「弱者は強者の糧になれ。」だったよね?ルーに負けたお兄さんは、僕達に貢献してくれるって事で良いよね?」
それは、自分が信条にしている言葉。
そして、元々弱者であった自分を鼓舞する為に口にしてきた言葉であった。
倒した敵を喰らい糧にしてきた自分に、自分は強者なんだと、弱者では無いのだと半ば自己暗示の様に何度も口にした言葉。
それが目の前の少年の口から紡がれた。
楽しそうに笑うその顔は、負けて弱者へと成り下がった自分へと向けられている。
魔人の青年は「あぁ、ここまでか。」と思う。
最後の力を振り絞り、霞む視界の中蓮の方に顔を向ける。
薄らと見えるその笑顔は、にっこり微笑む天の使いか、不気味に嗤う地獄の使者か。
力を求め、多くの敵を殺し、ましてや自身の兄妹達をも喰らった自分に向けられるのはおそらく後者なのだろうと自嘲し、覚悟を決めて口を開いた。
「……あぁ。……お前の……好き、に……しろ……。」
限界を迎え意識が途切れるその直前に魔人の青年が視界に捉えたのは、自身を包み込む心地よい光と、胸を貫く漆黒の鎖だった。




