18 聖カトミアル王国の異端審問
* * *
「お待たせいたしました。陛下の侍医殿を連れてまいりました」
先ほど、天守へと走って行った小姓が、後ろに侍医を連れて戻って来た。
メイヴも、ハーブを入れた籠を手に、戻って来る。メイヴの横には、先ほどはいなかった侍女も数人並んでおり、それぞれ鍋のような器や、コップなどを手にしている。おそらく、すぐにハーブを煎じて飲ませることができるようにと、湧かした湯も持参して来たのたろう。
「失礼いたします」
ヴィネ様の侍医は、男の横に跪くと、怪我を診るなり、
「これはひどい……」
と呟いた。
「鞭で打たれた傷ですな。急ぎ止血をいたしましょう。傷のせいで熱も出ているのではないですかな」
男の額に手を当て、おおよその体温を計る。
「燃えるように熱い。これは、熱冷ましの薬も煎じた方がよいようですな」
「シェパーズパースとホーステールなら、持ってまいりました。こちらなら、止血に効果があるかと。すぐに煎じて飲んでいただきましょう」
「ああ、頼む」
メイヴが持参した鍋で薬草を煎じている間に、侍医は新しい布で止血を試みている。
「ベルク、手当てが済んだら、その者は、城のどこかで休ませてやってくれ」
「かしこまりました」
「聖カトミアル王国から逃げて来たばかりだということは、そなた、おそらく我が国に住まいはないな?」
「はい……恥ずかしながら……。この辺りでは、アヴァロニア王国の国王陛下が唯一、聖カトミアル王国に対抗しうるお方だと……、流民も積極的に受け入れてくれるお方だと……小耳に挟みまして。
その時は、このような採用試験が行われていることは知りませんでした。
ただ、この窮状を……聖カトミアル王国で起きていることを、なんとか陛下にお伝えしたいと、……そう思い、取るものも取りあえず、メーヌ海峡を渡る船に飛び乗った次第です」
「そのような怪我を押してまで我が国までやって来て、聖カトミアル王国で起きていることを報告してくれたこと、ありがたく思う。他の者たちも、このようなひどい拷問を受けているのか?」
「はい、おそらく……牢に戻って来ない者もおりましたので……戻って来なかった者たちは拷問の途中で命を落としたのではないかと……」
「なんて、ひどいことを……」
私は、思わず拳を強く握りしめる。
怪我をした医師は、歳の頃は30歳前後といったところだろうか。
まだ若く体力がある者であれば、拷問にも耐えられようし、脱獄することも可能であろう。
しかし、これが年老いた医師だったらどうなっていたか?
拷問に耐えきれず、命を落とす側に回ってもおかしくはない。
聖カトミアル王国は、ジャンたちは、どこに向かっているのだろうか?
確かに、これまでも聖堂騎士団長として、国外の異端者との戦は繰り返してはいた。
もちろん、それも正当化されるべき戦ではないと、前世の記憶が蘇った今の私は思っている。
創造主ファシシュを、何も疑うことなく信じ、戦に異議を唱えなかった自分に恥ずかしさと憤りを感じる。
しかし、少なくとも、以前の聖カトミアル王国では、攻撃の矛先が国民に向けられることはなかった。国内では異端審問など行われていなかったはずだ。
私が皮切りだったとのことだから、あの婚約破棄以後、多くの異端審問が行われるようになったのであろう。
彼らが、目指す結末はいったい何なのだ?
大団円ルートだとすれば、魔王を倒すことだ。
ゲームの中では、それによって世界に平和が訪れるとされていた。
ヴィネ様を倒すことによって訪れる平和とは何なのだろう。
その先に訪れる世界はいったいどんな世界なのだろうか。
異端審問の話を聞くと不安しか湧いて来ない。
「世界平和のため」という虚飾にまみれた世界征服でも企んでいるのだろうか。
このまま、世界中を植民地化することを望んでいるのではないか。
恐怖により、世界中を我が手に収めんとしているのではなかろうか。
彼らの企てを何としても止めねばならない。
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