scene19『仲直り』
間が空いてしまい、申し訳ありません。エタってないよ。
旋律は、紗麓を探して校内をさ迷い歩いていた。
朝は少し勇気が出なくて、午前中を悶々と過ごしていたが、部活の前には何とかしたいとようやく決意し、昼休みと同時にC組の教室へ駆け込んだ。
しかし、そこには紗麓の姿はなかった。
一人でご飯を食べに行ってしまったのだろうか。最近はずっと紗麓と共にしていたから、寂寥感が胸を打つ。
ところが、C組の生徒に話を聞いてみると、二限目くらいから姿が見えないのだと言う。
何でも、直前まで皆で話しかけていたのだが、急に背後で大きな音が鳴り、そちらを向くと何も無い。不思議に思いながら向き直ると、紗麓が居なくなっていた――そう語った女子生徒は、少し気味が悪そうに腕を摩った。
「鞄はあるから帰ってはいないと思うんだけど……」
「織目さんがサボりなんて珍しいよねぇ」
「ホントにグレちゃったとか? なんか今日、様子が変だったし」
「ぐ、グレ……?」
顔を見合わせて語り合う女子生徒に旋律が聞くと、
「なんか、凄い怪我してたんだよね。階段から落ちた、とか言ってたけど、実は喧嘩だったりして」
「えぇ!?」
旋律は目を丸くした。
――紗麓がグレた!? それに、凄い怪我って……まさか、私と喧嘩したから……?
旋律は居てもたってもいられなくなって、女子生徒に礼を言うと教室を飛び出した。その際ちらりと見たところ、カケルも居ないようだった。
ただでさえ広く、その上【歪】んだ校内を上へ下へと駆け回り、へとへとになった頃。
中庭でベンチに座って空を仰ぎ見る彼女の姿を発見した。
「紗麓!」
◇
紗麓と二人、会話も無く何となく空を見上げていたカケルは、旋律の姿を捉えた瞬間、音もなく立ち上がると、静かにその場を離れた。
この場は二人にした方が良いだろうと思ったのだ。
もし彼に表情があったなら、その口許は僅かに笑っていたことだろう。
すう、と消えるように去っていくカケルに、空を仰ぎ見ていた紗麓も、彼女に向かって駆け出した旋律も、気付くことはなかった。
◇
今、誰か居たような。旋律は一瞬だけ人影を見た気がしたが、今は紗麓のことだと、彼女の近くで足を止めた。
紗麓は左手を吊っていて、その美しく整った顔が、今は額に巻かれた包帯や、大きな絆創膏が目立っていた。
されど空を仰ぎ見る表情は穏やかで、やはりグレたというのはあの女子生徒の思い過ごしのようだった。
旋律は拳を胸の前で握ると、意を決して声をかけた。
◇
「紗麓」
聞きたかったその声に、紗麓は旋律を見て、立ち上がった。
「旋律」
旋律は何かを決意したような眼差しで、真っ直ぐに紗麓を見つめていた。旋律の頭の上から一房だけ飛び出した髪が、優しくそよ風に揺らいでいる。
時間だけ見れば、昨日の今日。なのに、そこに旋律が居ることがどうしようもなく懐かしく感じられて、紗麓はなんだか泣きたくなった。
それは旋律も同じだったのかもしれないと、紗麓は思った。
ただ自分の願望がそう思わせるのかもしれないし、旋律の瞳が僅かに潤んでいたからかもしれない。
「紗麓……」
「旋律……」
二人はしばらく見つめ合い。
同時に口を開いた。
彼に背中を押してもらったから。
彼に背中を蹴られたから。
離れた一歩を、同時に踏み出した。
「「昨日は……ごめん」」
二人して頭を下げ―― 一瞬の無言の中で、互いに言われた言葉に気付く。
きょとんとして、同時に顔を上げて、また目が合う。
ぱちくりと目を瞬かせる、間が抜けた、相手の顔。
「ぷっ……」
「く……」
緊張が、一気に抜け。
「あはははははは!」
「ははははははは!」
お腹を抱えて、目から僅かに涙さえ溢しながら、二人は笑った。
突き抜けたように青い空に、どこまでも響くように。
紗麓が離した一歩を、二人で一歩ずつ詰め合って。
旋律と紗麓は、仲直りしたのだった。
◇
ひとしきり笑い合った後、二人はベンチに座っていた。
「怪我、大丈夫なの?」
「ああ。ただ、今日の部活は見学、だな。竜牌女史、怒るだろうなぁ」
「あはは、そうかも」
少しだけ、また笑って。
不意に沈黙が落ちる。
「旋律。聞いて欲しいことがある。私の――【歪み】についてだ」
「……うん」
紗麓は布で吊っている左手の拳を、右手で擦った。
「入部の時に、和が言ったことは、嘘だ。本当は……【人間不信】。私は……何かを……人を信じることが出来ない。誰かが何かを言っても、それを本当のことだと信じることが出来ない」
「……そう、なんだ」
「私の【歪み】は、自分のことも、疑ってしまう。疑いすぎると、頭がそれで一杯になって、ああいう発作が起きてしまう。呼吸もままならなくなって、幼い頃は、それで何度か死にかけた。飴を舐めているときは、多少疑わないでいられる。そうなるように、身体に刷り込んだんだ。けれど……本当の意味で、信じている訳ではない」
「うん……」
そこで言葉を切ると、紗麓は唇をぺろりと舐めて湿らせた。
躊躇いを断ち切るように。
深く、深く息を吐いて。
事情を知っている継人を除き、和にも、【チーム】の誰にも言ったことがない、自らの過去を口にした。
「物心ついて、【歪み】が顕在化してから、最初に疑ったのは、自分の親だった。両親は……警察のような仕事をしていてな。だが本当は、テロ組織のスパイだった。私は幼い頃にそれを暴いて……独りになった」
――お母さん、どうして嘘を吐いてるの?
紗麓は深く瞑目した。
紗麓の通報により、【世界政府】の公安が踏み込んで来たとき、両親が何を言ったのかは覚えていない。ただ、拘束され連行される際、愕然とした顔で紗麓を見る両親の顔だけは、今も鮮明に思い出せる。
――裏切り者。
紛れもなくそう罵っていた、あの眼を。
「叔父に引き取られてからは、あちこち転々とした。学校には通わずに、通信で勉強して、【歪み】を制御する訓練もした。今では随分マシになったが、当時はひどいものだったよ」
何度も嘔吐しながら、【探偵】としての戦闘力、飴による自制を身に付けた日々を思い出し、紗麓は苦笑した。
「この町に来て、ここに通うことになったとき、私は怖くて仕方がなかった。“人を見たら泥棒と思え”を地で行くような、誰も信じることが出来ない、親すら売った欠陥品。そんな私が、社会の中で生きていくことなど――出来る訳、ないのだから」
俯く紗麓が、小さな子どものように見えて。
肩が震えるのを、見ていられなくて。
旋律は、紗麓を抱き締めた。
「旋律……?」
「辛かったよね……寂しかったよね……」
旋律は、泣いていた。
抱きしめられている紗麓にはその顔は見えなかったが、震える声が、合わせられた二人の頬の間にあるひやりとした水の感触が、旋律が泣いているのだと、自分のために泣いてくれているのだと、確かに伝えていた。
「旋律……私のために、泣いて……」
視界が、滲む。
気付けば紗麓の頬にも、涙が流れていた。
自分の心の中にずっとあったその感情に、旋律が名前を付けてくれた。
ああ。
「そうか……私は……寂しかったのだな……」
「私は……私には、紗麓の痛みを、本当の意味で分かってあげられない。それが……悔しくて、悲しいよ……!」
「良いんだ、旋律。良いんだ……」
くっ付いた身体から。
擦り合わせた頬から。
伝わる温もりが、紗麓の心をじんわりと温めてくれるから。
二人は抱きしめ合ったまま、そうしてしばらく、泣いた。
◇
「紗麓、目が腫れてる」
「お前こそ」
僅かに目を腫らした二人は、お互いにそれを指摘し合って、笑った。
「旋律。私は欠陥品だ。それでも、信じている振りをしていれば、疑っている素振りを見せなければ、社会の中でもどうにかやっていける。それで良いと思っていた。でも」
紗麓は旋律を真っ直ぐに見つめた。
「この学校に来て、お前と出会って。それだけじゃ満足出来なくなった。【歪み】に抗いたいと……何かを――お前を、信じてみたいと、今は、そう思っている」
「紗麓……」
「私には、もう一つ秘密がある。アルバイトのことだ。本当は、アルバイトじゃない。とある、仕事で……これは、言うことが出来ないんだ。この怪我も、それ関係でな」
「危ないことなの?」
「そうだな」
「辞める訳には……いかないんだよね」
「ああ。決めたんだ。この仕事を、全うしようと」
――守りたいものが、出来たから。
その思いは、自分の中に初めて生まれた、揺るぎないもののように思えた。
「そして、その仕事が片付いたら、私はこの町を去ることになると……思う」
「そう、なんだ……」
旋律は寂しそうに眉を顰めた。
「文化祭は、一緒に出られる?」
「それは、何とかする。それも、私のやりたいことだから」
「そっか……良かった」
旋律が微笑むのを、紗麓も微笑みで返す。
「私が隠しているのは、それくらいだ。その……すまない」
「ううん。話してくれて、ありがとう」
「嫌いになるか? 嘘だらけの、私を」
「ならないよ」
旋律はきっぱりと言った。
「紗麓が、危ないことをしているのは心配だけど……それが紗麓の決めたことなら、悪いことじゃなければ、私は応援したい。友達だから」
真っ直ぐに自分を見つめて言われた言葉を、紗麓は疑うことはなかった。
「旋律……ありがとう」
見たもの、聞いたもの、感じたものを。
疑わずに、ありのまま、素直に受け入れる。
それが“信じる”ということなのだとは、まだ分からなかったが。
友達を疑わずにいられることが、紗麓は嬉しく、誇らしかった。
「紗麓、私の話も聞いて欲しい」
「あぁ」
旋律は、今度は自分の番だと、【歪み】がないこと、孤児院で育ったことなどを紗麓に語った。
「【歪み】がない、か」
「うん……それこそ、信じられないかもしれないけど……」
「いや……それは、どういう感覚なんだろうと思ってな。周りの全てが【歪】んでいる世界で、自分だけ【歪み】がない……それって、私以上に、寂しいことなのではないか?」
「ううん。私には、先生も、弟妹たちもいるもの。今は、紗麓も」
笑って見せる旋律に陰りはなく。紗麓はその笑顔を眩しく思った。
「そうか。お前は、強いな」
微笑んで言うと、旋律は目を丸くして、
「あははははは!」
と、声を出して笑った。
「なんだ、急に。変なこと、言ったか?」
「あはは……ごめん。だって、心在くんと同じこと言うんだもの」
「む。あいつにも話したのか」
自分より先に、と少し子どもっぽい嫉妬もあったが、いつかのようにそれで旋律を疑ったりはしない。それよりもあのふてぶてしい無表情が思い出されて、紗麓は憮然とした。
「あまり、言いふらして良いことではないと思うのだが」
「それも、同じこと言われた。紗麓と心在くんって、似てるかも」
「どこがだ! あんないけ好かない奴……」
紗麓はムキになって、顔を赤くする。
紗麓が珍しく誰かに対する感情を剥き出しにしたので、旋律は驚いた。
「心在くんと、何かあったの?」
「別に!」
口を尖らせてぷいとそっぽを向く紗麓に、旋律は首を傾げた。
その後予鈴が鳴り、二人とも昼食を取り損ねたことに気付いたが、そんなことが気にならないほど、二人の胸はいっぱいになっていたのであった。
どこまで話すのか、どんな風に話すのか。ちょっち難産でした。
最後の一文が若干雑なので後で直すかも……φ(..)メモメモ
ここが厨二:ス○ードワゴンはクールに去るぜ。




