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歪んだ世界の終幕  作者: 黒星 落
Chapter2『葛藤』
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scene20『喪失』

間が空くと、いけませんね。登場人物が多くなってきたこともあり、誰だこいつとなってしまう(おい)


サラの後日談その1。


 桃源町を騒がせた、昨夜の【怪盗メインディッシュ】の事件。


 その当事者のもう一人であるサラもまた、打撲こそあれ大した外傷はなく、午後から登校していた。


 本当は家を出たくなかった。およそ気力が湧いて来ないのだ。大失敗をしたこともそうだが、何よりも。


 初めて経験した【歪み】の暴走。制御を離れて膨れ上がっていく存在感という名の何かに、自分自身が押し潰される感覚。自分自身がいかにちっぽけな存在か、サラは自らの【歪み】への恐怖と共に思い知った。


 ――もしあの時、ニスイ姉とカケ兄が来てくれなかったら。ボクはどうなってたんだろう……?


 そう思うとぞっとする。だが助けてくれた、自分に優しいと思っていた姉と兄は、学校に行きたくないというサラに対し、


『行っとけ』

『怪我もないんだったら、こんな大事件の直後に休んじゃダメだよー。どこで誰が勘づくとも限らないんだから。怪しい行動は慎まないとね?』


 と、片や冷たく、片や口調こそ柔らかいが、どちらも期待していた言葉とは違っていて。


 言外に、「甘えるな」と言われたのだ。


 自分がこんなに落ち込んでいるのに、どうして二人は気遣ってくれないのだろう。


 そんな不満を抱えながら、サラはおそるおそる、昼休みの終わりに教室に入った。


「なぁ、見たか、今朝の新聞」


 クラスメートの会話が耳に入る。


「あぁ、見た見た。【メインディッシュ】だろ?」

「暴走して、タワーをぶっ壊したってよ」

「ありえねー……。マジで同じ人間かよ」

「ってかさー、毎度毎度暴れすぎだろ。【怪盗】っつってんのに、盗むより壊すのが本業になってない?」

「俺、前から気に入らなかったんだよね」

「うちの親父があいつにやられた美術館の建て直しやってんだけどさ、被害に復興が追い付かなくて、大変だってよ」

「町を目茶苦茶にする気かよ」

「私、あの人怖いわ」

「自分が目立てれば、周りのことはどうでも良いんだろうな」

「迷惑だから出て行って欲しいよな」


 ――こ、これって……


 【メインディッシュ】への、悪評だった。それ自体は、以前からあったような気もするが、今日はやたらと耳につく。【メインディッシュ】を望む声は全くない。あったとしても、聞こえない。


 ざわざわとした喧騒が、サラを責め立てているようだった。


「うぅ……」


 耳を塞ぎ、机に突っ伏しても、喧騒は聞こえ続ける。いや、より大きくなっていくようだった。クラスメートの声は、こんなに大きかっただろうか?


 誰も、小さく震えるサラには気付かない。誰もちっぽけなサラのことなど見ていない。


「やめて……やめてよ……」


 怯えた声は誰にも届かない。


 サラはどうしようもなく、独りだった。


「心在さん、心在さん……!」


 強く肩を揺さ振られ、サラは顔を上げた。


「委員長……?」

「大丈夫? とても調子悪そうだよ……保健室、行こう?」


 自分を心配そうに見つめる心安に、いつもの怯えた様子はない。彼女はこんなに頼もしく、立派な委員長然とした生徒だっただろうか?


「い、いいよ……大丈夫だし」


 しかし、サラは拒んだ。今はこんな立派な(・・・・・・)人間に、構われるのが嫌だった。しかし、心安は食い下がる。


「大丈夫じゃないよ! こんなに震えて……風邪とかでも、今は大変なんだから!」

「良いったら……」


 振りほどこうとするも、力が全然入らない。いや、違う。いつも通りに力を入れているのに、心安の力の方が強いのだ。サラは知らなかった。サラ本来の力では、自分と同じぐらいの体格の女子にさえ、強い意志を込められれば勝てないのだ。


「ちょっとあんた、どうしたのよ。調子悪いなら素直に保健室行きなさいよ」


 なおも駄々をこねるサラに、横から訝るようにマリが口を出した。サラは彼女を見て、驚愕した。


「……?」


 背が高く、しなやかな体躯に美しい金髪。こんな女子が身近にいただろうか?


 まじまじと自分の顔を見つめるサラに、マリは何を勘違いしたのか、


「な、なによ。あたしがあんたを気遣っちゃ悪い!? ふ、ふん! 別に、ライバルが腑抜けてると張り合いがないってだけなんだから。とっとと保健室でも行って休んできなさいよね!」


 と、頬を紅くしてぷいと目を逸らした。


「ら、ライバル? キミみたいな綺麗な子と、ボクが……? あ、有り得ないよ」


 サラは本心からそう言った。彼女が相手では、全く勝負にならないと思ったのだ。


 だがそれは、マリの怒りを買った。


「あんた、馬鹿にしてんの? 散々無視してきたくせに……」

「無視!? ボクが、キミを!?」


 サラは驚愕した。こんな、姉に匹敵するような美人(・・・・・・・・・・・)を、無視なんて、出来る訳がない。


「そうじゃない! どんだけ邪険にされ、辛酸を舐めさせられたと思ってんのよ。悔しくて枕を濡らした夜も少なくないわ。って、言ってて惨めになるけど……」

「ご、ごめんなさい!!」


 口を尖らせるマリに、サラは勢いよく頭を下げた。


「は……?」

「ボ、ボク、そういう、【歪み】で、だから……」


 小さな声で、どもりながら言い訳をするサラに、マリは怪訝な顔をした。


「ちょっと、本当にどうしたのよ。大体ね、【歪み】なんてみんな抱えてるもんでしょ。苦労してるのはあんただけじゃないのよ。それを理由に謝るなんて、ふざけんじゃないわよ」


 マリは本気で怒っていた。【歪み】など折り込み済みで、自分はサラを目標にしていたのだ。それを今更、【歪み】のせいでなどと、冗談ではない。


「う……」


 小さく縮こまるサラに、以前のような尊大な存在感はない。それどころか、幼い子供のようだった。


「はぁ……なんか、あんたって、存外下らないのね。あんたみたいなのをライバルだと思ってたかと思うと、自分が馬鹿みたいだわ。さっさと保健室でもなんでも、行けば良いじゃない」


 心底失望した目で吐き捨てると、マリはぷいと踵を返し、自分の席に戻った。


「………………」


 クラス中の視線が、サラとマリのどちらかに集まっていた。マリには同情の、サラには責め立てるような、見下すような視線に感じられた。


「う……」


 じり、とサラは後ずさった。クラスメートたちが、得体のしれない怪物のように見えた。


「心在さん、保健室……行こ?」


 ただ一人心安だけは、委員長として中立を保っていた。だがサラには、心安も本心ではみんなと同じように、きっと自分のことを蔑んでいるのだと思えた。


「ひ、一人で良いから」

「え?」


 もごもごと、口の中で言っては届かない。サラは今出来る精一杯の声で叫んだ。


「良いから、ほっといて!!」


 サラは教室から、集団という怪物から、脱兎のごとく、等身大の速度で逃げ出した。


 他人のいない所へ行きたかった。


 サラは、本当の自分が、いかにちっぽけな存在か思い知った。


 同時に、自分がいかに【歪み】から目を背けていたのかを悟った。【歪み】に任せ他人を無視し、多くの人間を気付かぬうちに振り回し、傷つけていたのだ。自分が優れた人間だと、【怪盗】として優秀だと思っていたのは、とんでもない勘違いだった。


 兄の言う通り。


 【歪み】は、力などではない。


 ただの、途方もない、重大な欠陥だった。


 人より大きな【歪み】とは、それだけ人より劣っているということ。そしてそれは、ちっぽけな自分をいつでも飲み込もうとしているのだ。それがたまらなく、怖い。誰もがこんな恐怖と戦っていたのだと、気付かされた。そしてそんな人たちを、自分は小さなものと決めつけ、無視し続けていたのだ。己の罪深さに、己の【歪み】への恐怖に、サラは戦いた。


 出来れば家に帰りたかったが、姉も怖い。学校をフケたなどと言ったら、何を言われるか、どんなお仕置きを受けるか分からない。


 ならば――選択肢は一つ。今のサラに、よりどころはそれ以外になかった。普段はニスイの方が甘やかしだし、カケルの方が姉よりも冷たいかもしれない。でもそれは表情だけで、あれであの兄は、意外と優しいのだ。


 ――ボクがコーヒーを煎れるのに失敗しても、文句一つ言わないんだ、カケ兄は。


 聖桜学園の高等部に向けて、サラはとぼとぼと歩いていった。


     ◇


 学校とは、こんなに広いものだっただろうか?


 既に授業は始まっており、今まで歩いたことのない場所を、迷いながら、サラはようやく中庭まで辿り着いた。


「おやおや、中等部の子が、高等部に用かな。しかも授業中に」


 ふいに声をかけられた。


 顔を上げると、自分と同じぐらいの背丈の女生徒が自分を面白そうに眺めていた。


「あぁ、“カケ(・・・)”に会いに来たんだね(・・・・・・・・・)。ん……ということは、キミは心在サラか」


 奇妙なことに、サラが何も言わないうちに、女生徒はサラの名前と目的を知っているようだった。


 すると、それもまた伝わったかのように、女性とは口角を吊り上げた。


「いや、知ってた訳じゃない。キミの心を映し、キミに見せる。私はそういう風に出来ている(・・・・・・・・・・・・・)。彼を知ってたのはたまたまで、だからキミの名前がわかったのもたまたまだ……あぁいや、これは嘘かな。うん、キミがカケル君のことを考えていなくても、私はキミのことが分かっただろう。キミは中等部じゃ有名だから、高等部でも知っている人は多いよ」

「ボク……そんなんじゃない」

「そう、キミ自身は、今はそう思ってる。やっぱり昨日のことはショックだった。無理もない。【怪盗メインディッシュ】は【歪み】が肥大化して見せていた、ハリボテだったんだから」

「!?」


 いきなり正体に言及され、サラは思わず後退った。


「私に他意はないよ。キミがそう思っているんだろう(・・・・・・・・・・・・・・)?」


 戦慄が、サラの背筋を走る。その通りだったからだ。


「なんで……?」

「キミは答えを知っている。私がそういう【歪み】を持ってるからだ、と。それは間違いじゃ無い。代わりにキミの知らないことを教えよう。私の名前は桐生院桃華。高等部の生徒会長で、カケル君とは……そうだな、依頼人と請負人の関係。仕事上のドライな関係……よりは、多くのことを語り合ったかな。最も、要するに彼はほとんど自分自身と語り合っていた訳だけど。結局、私は本質的には物語に絡めないのさ。舞台上にいる彼とは、立ち位置からして違うから……」


 女生徒が饒舌に語るのを、サラはほとんど意味を理解できぬまま聞いていた。分かったのは、目の前の女生徒が、兄と知り合いらしいということ。それも、【怪盗】関連で。そして、少しだけ彼女が寂しそうに見えたこと。


「寄っていくかい? 私は立場上、ご意見番、相談役のようなことをやっていてね。君が君自身と語り合うのを、手伝うことくらいは出来る」


     ◇


「かけたまえ。大したおもてなしは出来ないが、ゆっくりしていくと良い。授業のことは、気にするな。人生には、あらゆるものに優先される瞬間があるものだ」


 得体の知れない女生徒に、どうして付いてきてしまったのか。


 通された生徒会室は、厳かな雰囲気が漂っており、見た目には大した【歪み】もなく、どこか世界から切り離されているかのように感じられた。


 促されるままに臙脂色のソファーに座れば、まるでどこまでも沈んでいきそうなくらい、ふかふかな感触が返ってきた。


 桃華はサラの向かいに座ると、間にあるガラス張りのテーブルに肘を突き、口の前で手を組んだ。


「さて。君の悩みは分かっている。このまま【怪盗】を続けても良いのか、ということだろう?」


 真っ直ぐ自分を見つめる瞳に、サラ自身が映っているのが見えた。


「ボク……ボクは本当の【怪盗】じゃなかった」


 第三者に正体を知られている。本来なら焦るべきことなのに、どうしてかサラは自然と言葉を紡いでいた。


 それどころではなかったからかもしれないし、兄のことも知っているらしいからかもしれないし、あるいは、桃華のどこか超然とした雰囲気が、そうさせるのかもしれない。


「それは、どういうことかな?」

「建物を壊しちゃうし、警察をいっぱい殴っちゃうし……昨日だって」

「そうだね。町のシンボルであるタワーが壊れたのは、私としても中々に胸が痛い出来事だった」

「カケ兄は……本物の【怪盗】は、そんなことしない。一見地味だけど、格好良く、獲物だけを奪っていく。でもボクには、それが出来ない……」

「尊敬しているんだね。カケル君……いや、【怪盗X】を。でも、それだけじゃないね。キミは……キミ自身の【歪み】を、とても恐れている」


 心の内を読まれたかのように的を射た言葉に、サラは息を呑んだ。


 桃華はそれを見て微笑むと、立ち上がって窓に歩み寄った。


「サラ君。私は、キミたち【怪盗】が、この町に……いや、この【世界】に必要な存在だと思っている。町を纏める立場でありながら、スポンサー紛いのことをしているのは、そのためさ」

「どうして……?」

「キミたち心在は、抗いの象徴なのさ。【歪み】に対する、【世界】に対する、私たち人間の、ね」

「抗いの、象徴……?」

「今は意味が分からなくても良い。ただ、キミの憧れは、キミの恐れは、決して間違いじゃない」

「………………」


 桃華は振り返り、僅かに弧を描いた口で、言った。


「これまでの心在がそうしてきたように。キミが抗うことを選択してくれることを、私は祈っている」


遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。


サラは今のところあまり人気無いと思うのですが、見守ってやってください。


次回、お兄ちゃん登場。

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