scene16『帰ろう』
第四弾です。
『カケ兄、それなに?』
いつもと違う、漆黒の衣装に身を包み、白黒の仮面で顔を隠した兄の姿が、格好良くて。
『僕は、【怪盗】なんだ』
【怪盗】という言葉が、とても似合っていると思った。
『【怪盗】!? すごい、ボクもやる!!』
自分も、あんな風になりたくて。
『サラちゃんには、まだ早いかな~』
兄の衣装を整えていたいじわるな姉が、笑って言うのが悔しくて。
『えー。やるもん! カケ兄、良いでしょ?』
『大きくなったら、いいよ』
仮面越しでも、苦笑しているのが分かったけれど。
良いと言ってくれたのが嬉しかった。
『ほんと!? 約束だよ! 一緒にやろうね!』
でも、急に不安になって。
『ボクに上手く出来るかな?』
『出来るさ。僕の妹なんだから』
そう言って、黒い革手袋ごしに、頭を優しく撫でてくれた。
その姿に憧れて。
いつか、隣に立つのだと夢を抱いた。
二人とも今よりもっと小さかった頃。
大切な、想い。
◇
自分が何をしたかったのか、もはやサラには分からなくなっていた。そんな些細な悩みなど、とうに見えなくなっていた。彼女の【歪み】は、彼女の小さな身体には大きすぎた。もしかしたら、世界そのものを踏み潰せるほどに。
『ツブス、ツブス、ツブス……』
真っ黒な靄が、サラを押し潰そうと視界を埋め尽くしていく。
『コンナチッポケナ世界ニハ、ボクダケデ充分ダ……』
本当にそうなのだろうか。そんな自問も、一瞬で【歪み】に押し潰される。
『ボクガ一番ナンダ。ボクヨリスゴイ奴ナンテ、ボクヨリデカイ奴ナンテイナイ……』
――違う! ボクより凄い人を、少なくともボクは二人知っている!
叫ぶ声は、闇に吸い込まれていく。
『ミンナ、居ナクナッチャエ』
そんなこと、思っていないのに。大好きな人と、一緒に居たいのに。
サラの小さな意識が、完全に消えそうになったとき。
――ちゃん。サラちゃん。
深い闇の中で、懐かしい声が響く。
――助けて! ボクはここにいるよ!
自分を押し潰そうとしていた黒い靄を押しのけて、必死に叫ぶ。
すると、暖かいものが胸に広がって、急速に【歪み】が小さくなっていく。
「……?」
気がつけば、抱きしめられていた。
「ほーら、お姉ちゃんだよ~」
「ニスイ、姉……?」
「うんうん、そうだよ~」
意識がはっきりすると、周りが良く見えるようになった。初めて見る、【怪盗】衣装の姉の姿。仮面越しでも分かる、いつものにやけ面があった。少し離れたところに、同じく【怪盗】姿の兄が居た。
「あれ、ボク、どうして……」
「全く~。お姉ちゃんに内緒で予告状を出すなんて、後でお説教だからね~」
ぺし、とデコピンされたが、
「ほんとに、馬鹿な子なんだから」
そう言って、強く、強く抱きしめられた。その身体が震えているのが、どれだけ心配してくれたのかが、伝わってきて。
「ごめんなさい……」
サラは泣きながら、そう言って姉の胸に顔を埋めた。
「ここは危ない。早く帰ろう」
上を見上げていた兄が、そう言った。それがいつもより優しく聞こえたので、素直に頷く。
「【X】、いけそう?」
「ここまで落ち着けば、なんとか」
兄が寄ってきて、いつかと同じようにサラを撫でた。
「帰るぞ。お前は寝てていい」
言われて初めて、眠いことに気づいた。姉の胸が心地好くて、サラの意識は再び闇に落ちていく。先ほどまでより、よっぽど暖かい場所に。
「さて、こっちはなんとかなったけど~」
「【メインディッシュ】を、人殺しにはさせない」
「だね~」
薄れゆく意識の中で、そんな声が聞こえた。
あと一本!




