scene14『【探偵】vs【怪盗メインディッシュ】』
連続更新第二弾!バトルシーンです。お楽しみいただけたら幸いです。
激昂する【メインディッシュ】からは、先ほど彼女が警官たち相手に見せた、謎の威圧感が放たれている。
先程は鳥肌が立つほど戦慄したが、今の紗麓はちっともざわつかなかった。
――陳腐すぎる。
と、そう思ったのだ。彼女の動機も、激昂した理由も、自分を倒そうとする理由も。幼稚すぎて、話にならないと思った。
少なくとも、と。
どちらがより敵として怖いかと聞かれれば、間違いなく【X】だと答えるだろう。
だから目の前の敵がいかに強力な【歪み】を持っていようと、
「負ける訳にはいかない!」
【鑑定】。パイプを深く吸いながら、紗麓は【歪み】を解放した。集中力が極限まで高まるとともに、視界が色褪せ、世界が遅くなっていく。
「黙って踏み潰されろ!」
咆哮を踏み込みの合図とし、【怪盗】が地を蹴る。それだけで、一歩では決して詰められないハズの間合いをとっていた紗麓の懐に入り込む。【鑑定】を発動した紗麓の視界の中でさえ、それは一瞬の出来事だった。
――縮地の類か!? 早い、が!
「吹き飛べぇ!」
極限まで高められた集中力によるスローな世界の中で、懐に入った時の【怪盗】の体勢から、繰り出されるのがアッパーだと見切った紗麓は、引き抜いたナイフの腹を合わせていた。
その瞬間、紗麓は巨大な拳を幻視した。【怪盗】の拳が当たる前から、その幻覚のはずの巨大な拳がナイフを押し返してくる。
「くっ、」
「無駄ぁ!」
その防御ごと、吹き飛ばされる。空中でくるりと受け身を取りながら、懐から引き抜いた銃を構える。
「なっ!」
【怪盗】が目を見開くのに構わず、引き金を引く。火薬の炸裂音が鳴り、火花が散る。ゴム弾ではあるが、躊躇はなかった。空中で、しかも吹き飛ばされながら撃ったにも限らず、弾丸は正確に【怪盗】の脚への軌道を描く。が、
「ったいなぁ……!!」
「!?」
弾丸は確かに当たったのに、勢いを無くし床に転がっただけだった。
――無傷か。
着地して、相手の様子を伺う。次いで、自分のナイフに罅が入っているのを確認した。予想していなかったわけではない。感情が煮えたぎっていても、幾度も戦闘をこなしてきた紗麓の頭は高速で回転を続けている。
――今のやり取りでもいくつか分かったことはある。
一つは、【メインディッシュ】の身体能力は高まってはいるようだが、五感までは高まってはいないこと。これは銃撃を避けられなかったことからわかる。
一つは、身体能力は上がっているが、単純に筋力が上がっているという訳ではなさそうだということ。これは外見が変わらないこと、紗麓にも反応できたことからわかる。
一つは、妙な縮地。【鑑定】を使用している紗麓の視界の中ですら、一瞬で懐に入られた。あの動きは、明らかに一歩でしかなかったはずなのに、【怪盗】の小柄な体躯のコンパスでは絶対に不可能な距離を移動してきた。
もう一つは、巨大な拳の幻影。プロボクサーのパンチを正面から間近で見ると大きく見えることがあるらしいが、それどころではない巨大さであり、しかも単なる錯覚ではなく、ナイフごと紗麓を吹き飛ばしてきた。
紗麓は更なる情報を得るため、拳銃を続けざまに発砲した。顔や腕、肩などを狙ったそれらを、しかし【怪盗】は全くの棒立ちで受け切り、平気な顔をしている。
「ふん。お前みたいなちっぽけな奴の攻撃なんて、ボクには効かないよーだ」
んべー、と自分より背の低い【怪盗】に馬鹿にされると、紗麓も更に苛立った。そのお陰で自分を疑う暇がないのは彼女にとっては幸いであったが、得体の知れない【歪み】に、考えがまとまらない。
「【探偵】のお嬢ちゃん!お前さん威嚇もなしに、」
後方から、巡査部長が声を出す。
「奴には効かないのはあなたにも見えたハズだ。黙って、」
思考を僅かにでも遮られたことに対する苛立ちが、いつもの紗麓ではあり得ないミスを犯す。即ち、戦闘中に相手から目を離してしまった。
「ボクを無視するなんて、馬鹿にしてんのかぁ!」
――まずい!
飛び込んできた【怪盗】の右ストレート。【鑑定】発動中でも、防御が間に合うかどうか分からないそれを、紗麓はとっさにそれを下から流し、掴んで、投げ飛ばした。
「「なっ――!」」
驚愕したのは、投げ飛ばされた【怪盗】はもちろん、投げ飛ばした【探偵】もだ。今の投げは、紗麓にとっては緊急用、いわば喧嘩殺法のようなものだ。それが通用するということは、【怪盗】は戦いにおいては素人だということ。【歪み】に頼り、互角に戦うことを想定していない。
「うわっ!」
そのまま、【怪盗】は悲鳴を上げて柱に突っ込んだ。そのあまりの勢いに、天井まで伸びるそれは粉々に吹き飛ぶ。
「ぐっ、痛っ……」
「!」
これまでこちらの攻撃を全く無視していた【怪盗】が、ダメージを負っている。それが紗麓を混乱させる。
普通の人間が、あの勢いで硬い柱にぶつかれば、それは怪我をする。だが【怪盗】は銃弾を防ぐ程硬い身体を持っているはずだ。
――身体が硬い訳では、ない?
思い返せば、最初の銃弾も、奴は痛がっていた。
最初の銃弾と、今の投げ。共通するのは、【メインディッシュ】が驚いたということだ。
驚くということは、意識したということ。
二回目以降の銃撃は、彼女はまるで銃撃などなかったように、平気そうにしていた。
それに、今投げた時の感触。投げる寸前、巨大な拳の幻影は見えていた。しかし紗麓が反射的に――つまり無意識に掴んだのは、彼女の生身の腕だった。
掴んだ腕の感触は、常人と変わらず柔らかかった。
意識。無意識。
もう少しで、何か掴めそうなのに。
――本当に勝てるの?
「五月蠅い!」
先ほどより大きくなった少女の声に、たまらず叫ぶ。
「隙あり!!」
「はっ!?」
柱から飛び出した【メインディッシュ】が、そのままの勢いで跳び蹴りを繰り出す。
巨大な足の幻影が迫り、紗麓は咄嗟に左腕で防御するも、たまらず吹き飛ばされた。【メインディッシュ】と同じく、別の柱に背中から叩き付けられ、肺が詰まる。
「がっは……」
内臓を傷つけたか、口の端から血が零れる。紗麓はどさり、と床に落ちた。
「何を考えているのか知らないけど、お前にボクの【歪み】が分かるもんか。ボクの【歪み】は最強だ!!」
【メインディッシュ】が叫ぶ。
――強いねぇ。勝てないんじゃない?
ぐらぐらする頭の中で、その幼い声はやけに響いた。
左腕も、おそらく折れた。集中力が途切れ、【鑑定】も解除される。ハッカパイプも、今の衝撃で落としてしまった。
――諦めちゃいなよ。私には無理だったんだよ。
少女の声が。諦めが、自分への疑いが、心を支配していく。
「ぐ……う……」
それでも紗麓は、まだ力の入る右腕で身体を起こしていく。
――【探偵】を捨てて、私に何が残る。
戦意を失わない目で、【メインディッシュ】を睨む。
先ほど柱から突っ込んだ時に怪我したか、【怪盗】は額から血を流していた。
その事実が、紗麓の思考を一気にクリアにした。
――奴は確かにこれまで戦った敵の中では最強かもしれない。でも、無敵じゃない。
物理的な力では無く。相手の攻撃を無視する。そして、あの、何度も感じた、気配。小柄な体躯に似合わぬ、まるで何メートルもの大男のような。
まさか、と思う。いくらなんでも馬鹿馬鹿しい。そんな【歪み】は聞いたことがない。だが、【メインディッシュ】を初めて見てから今までの情報、経験を説明するにはそれしかない。あらゆる可能性を疑う、全ての常識を信じない紗麓だからこそ、その答にたどり着く。
震える足で立ち上がり、【メインディッシュ】を睨み付けて、叫ぶ。
「他の者全てを圧倒するほどの、馬鹿でかい【存在感】。それが貴様の【歪み】か!」
「!?」
【怪盗】が、一瞬怯み、しかしすぐにアイマスクの向こうから紗麓を睨む。目の前にいるのに、その小さい体は、今やまるで巨人を相手にしているかのような、息が詰まり身が竦むほどの威圧感を放っている。
「それが、わかったから……どうだってんだぁっ!」
【メインディッシュ】が精一杯の威圧感を込めて、咆哮する。不可視の力の風を受けて、周りの床板がめくれ上がり吹き飛んでいく。展示ケースのガラスが、天井のライトが砕け散る。
だが紗麓は、努めてそれらを無視するように、【怪盗】を睨み付けその場に留まった。すると、紗麓に対してだけ、その風は何の破壊ももたらさず、ふわりと通り抜けていく。
「き、効かない!?」
【メインディッシュ】が焦った声を出した。
やはり、と紗麓は思った。【メインディッシュ】の【存在感】に惑わされずに、素のままの彼女だけを意識することで、不可視の攻撃は無視出来る。
――奴の攻撃はなんとかなる。後はこちらの攻撃を、どう通すか。
驚かせる、注視させる。何でも良い、意識させることが出来れば、恐らく――。
紗麓は手持ちの【七ツ得物】の内から、どれが最適かを考えた。
【メインディッシュ】が見たことが無さそうなもの。分かりやすく脅威を伝えられるもの。
結果。腰に下げていたそれを、【メインディッシュ】に見せつけるようにゆっくりと引き抜いた。
自らに向けられた切っ先を見て、【怪盗】がごくり、と喉を鳴らす。
「この刀、銘は【裏斬り】。逆刃刀だが、生け捕るには重宝している」
戦闘中に得物の説明をするなど、三流のすることだと思っていた。
だが今は、必要だ。
紗麓はあえて、大物に見えるように、尊大に、重々しく。
これまで演劇部で培ってきた、出来る限りの演技力で、【探偵】らしく、言った。
「【メインディッシュ】。お前の【歪み】は、もう見切った。大人しく――お縄を頂戴しろ」
◇
【メインディッシュ】は、焦っていた。
自分の【歪み】は、誰より強い。現にこれまで、どんな数の警備でも、容易く踏みつぶして来た。
なのに。
「くそ、どうして!」
拳が、蹴りが、目の前の【探偵】に当たらない。
【歪み】は限界まで高めている。本来であれば、当たっているはずの攻撃が、しかし【探偵】は最小限の動きでゆらゆらと躱す。
いや、完全には躱し切れていないのか、時折大きく後退るも、全く怯んだ様子もなく、倒れる気配もない。
【メインディッシュ】は大振りが故に、躱されてしまえば隙だらけだ。
その隙を【探偵】は逃さない。片手で振りにくそうではあるが、【メインディッシュ】が攻撃する度に、腕を、足を、背中を、まるで稽古のように容赦なく刀で打ってくる。
逆刃でなければ、とっくに身体がバラバラになっていた。その恐怖が、よりその刀を意識することに繋がり、結果、一撃一撃がどんどん痛手になっていく。
「ふざけんな! お前なんか、【怪盗】の引き立て役のはずだろ! 勝つのはいつだって、ボクなんだから!」
痛みと焦りが、只でさえ拙い攻撃を、より雑なものにしていく。
子どもっぽい癇癪が、誰かを見ているようで、紗麓は苛立った。
「お前のような悪がいるから!! 私は【探偵】でなければならない!! 普通の生活なんて、望んではいけないんだ!!」
折れた左腕をだらりと垂らし、口の端から血を流しながら、紗麓は叫ぶ。彼女の脳裏には、学校で知り合った一人の少女の姿があった。
「うるさいうるさいうるさい! 倒れろよ……! ボクは……ボクは! 最強で、格好良くて、みんなの憧れで……!」
『【メインディッシュ】って、怖いよな』
『【怪盗】って言うか……怪獣?』
『迷惑だよね』
『早く捕まらねーかな』
無視してきたはずの声が、頭に響く。
――嘘だ、嘘だ! そんなの聞こえてない!
「最高の、【怪盗】なんだ――!!」
【存在感】を最大限に籠めた渾身の右ストレートは、あっけなく躱され。
「お前は――只の犯罪者だ」
【探偵】の冷ややかな声と共に。
後頭部を打たれ、【メインディッシュ】の意識は闇に落ちた。
ここが厨二:存在感?
簡単に言えば、【メインディッシュ】は「自分はすごい!」と自他共に思わせるオーラのようなものを纏っていて、攻撃や防御が出来ます。しかしサラの制御は未熟なので、びっくりしたりするとオーラが薄くなります。拳銃は見慣れていて、自分には効かないと分かっているので、吹き飛ばされながら抜き撃った紗麓の身のこなしには驚きましたが、ダメージはそんなになかったという訳です。




