scene13『衝突』
活動報告にも書きましたが、今日は10分おきくらいに5話ほど一気に更新していきます。お楽しみいただけたら幸いです。
桃源町の中央に位置する、桃源タワー。捻れて歪な形をした、この町で一番高い場所。
その特別展示室は、多くの警官隊が配備され、物々しい雰囲気に包まれていた。
【探偵】の衣装に身を包んだ紗麓は、【怪盗】のターゲットである“斜陽”の前で、腕を組んで待機していた。
今回は、以前のようにすり替えはしていない。時間が無かったこともあるが、前回どこぞの【怪盗】にまんまと懐からかすめ取られた苦い経験、そして今日は確実に【怪盗】を捉えてみせるという気負いがあった。
「よく動員出来たものだな」
予告が出てからあまり時間がなかったにも関わらず、警官隊の数は多い。紗麓は会場を眺めて思わずぽつりと呟いた。特に返答を期待したものではなかったが、反応する者が居た。
「【メインディッシュ】が出てからこっち、いつでも動かせるように待機の人数は増やしてるんだ」
声の主を見やると、無精鬚を生やした中年の男が、くたくたのコートのポケットに突っ込んでいた手を上げながら近づいてきた。
「よぉ、あんたが【探偵】かい。上から御達示があったから知ってたけどよ、まさかお嬢ちゃんみてーな若い子だとは思わなかったなぁ。見たとこ学生か?」
「何か問題か?」
無精鬚を撫でながら、人を値踏みするかのような視線を受け、心がささくれ立っている紗麓は憮然とした口調で答えた。
「うんにゃ。問題があるとすりゃあ、アンタみてーな若い子を現場に駆り出さなきゃなんねぇ、この世界の方さな」
「戦える者が戦う。それだけだろう」
「頼もしいねぇ。おじさん中年だから、こうも毎度駆り出されるのは辛くってな」
男は、紗麓の素っ気ない反応に苦笑しながら言った。
――ねぇ、このおじちゃん、嘘をついてるよ。
舌っ足らずな幼い少女の声で、紗麓の内側で何かが囁く。
パイプを吸いながら、目を細める。やさぐれた顔立ちだが、体つきはがっしりしていて、贅肉は余りない。体力の衰えが来ているようには見えなかった。
「おっと、遅れて申し訳ない。俺は巡査部長の金浅だ。ひとつ、奴さんを捕まえるために、よろしく頼むよ」
「……織目紗麓だ」
握手をしながらも、紗麓は相手の観察を続ける。
「へぇ……嬢ちゃん、結構鍛えてるみてーだな」
こちらを観察していたのは向こうも同じらしい。握った手の感触から何かを感じたのか、刑事はそんなことを言った。
「こんな仕事をやっているんだ。それはそうだろう」
「まぁ、そうなんだけどよ……全く、嫌な時代だぜ。苦労したろうに」
金浅は娘と同じくらいの歳でしかない紗麓が、自分と同じ現場に立っていること、これまで辿ってきたであろう道筋を想像し、改めて苦い思いを抱く。だが今の紗麓には、そんな保護者面の言葉も、苛立つ要因の一つであった。
「……巡査部長。【怪盗】についての情報を教えてくれ」
「ん、あぁ、そうだったな。といっても、情報なんざ殆どないさね。分かっていることといったら、目立ちたがりの馬鹿ってことぐらいだな。それと無茶苦茶な強さを持っていやがる。正直、手の出しようがねぇ」
うんざり、といった様子で彼は言った。
「目立ちたがり……?」
訝しげに紗麓が問うも、
「すぐに分かる」
と、苦り切った顔で彼は正面玄関を見つめた。
それでは、対応策を練りようがない。もう少し何かあるだろうと、紗麓が掘り下げて情報を引き出そうとすると、それはやって来た。
◇
パリン、とガラス窓が割れる音。
次いで、
「ハーッハッハッハァ!」
そのけたたましい高笑いに、会場内の警官たちの注目が集まる。
「何だ!?」
紗麓も突然のその声に、振り向かざるを得ない。
「来たか……」
傍で金浅が頭を抱える。
何、と思う間もなく、
「世間の話題を総浚い!【怪盗メインディッシュ】、今宵もお宝をおいしくいただきに上がりましたぁ!」
赤いアイマスクに、赤いマント。小柄な体躯にぴったり張り付く黄色いタイツスーツ。
目が痛くなるような、とにかく目立つ格好をしたその少女は、これでもかと胸を張って、大きな声で高笑いをする。
その何ともセンスのない口上を受けて、警官たちがどよめく。
「真正面からとは……」
冷や汗混じりに紗麓が呟く。流石の紗麓も、相手が正面から乗り込んでくるとは、ほとんど想定していなかった。
パイプから清涼感を得つつ、その無法な侵入者を観察する。
――ナリは小さいが、随分と威圧感がある。
それが、【怪盗】の第一印象だった。
「えぇい、【メインディッシュ】! 今日こそは貴様を逮捕してくれる! 警官隊、突撃ィ!」
中年の巡査部長が妙に芝居がかった口調で号令をかけると、警官たちは津波のように【怪盗】へと向かう。
その光景に、紗麓は唖然とする。
「この人数で一斉突撃などと、馬鹿げてはいないか!?」
「いや、【探偵】のお嬢ちゃんよ。奴さんにはアレでも足りんくらいだ」
「なに、」
耳を疑って中年巡査部長に向き直った紗麓は、聞き直すまえに、おぞましい程の気配を感じた。
◇
【怪盗】は口元を歪ませると、窓から中へと飛び降りる。だがそこは津波の降り懸かる、まさにその焦点。雄叫びを上げながら飛び掛かっていく警官たちを前に、しかし【怪盗】は着地したまま動かない。
「へー、また沢山用意してきたねぇ」
でも、と不敵に笑い、
「かかってくるなら容赦はしないよ! みんなまとめて、踏み潰してやる!!」
一瞬の――出来事であった。
ぞわ、と。
その瞬間、警官たちの波の向こうにいる紗麓までが、その異常なまでの威圧感によって、肌を粟立てていた。
「おりゃあ!」
掛け声と共に【メインディッシュ】が足をどしん、と踏み出すと、彼女の真正面に居た警官隊が、まさに上から踏みつぶされたかのように床に這いつくばる。
「とりゃあああ!!」
さらに【メインディッシュ】が四方に放ったのは、型もなにもない無茶苦茶な乱撃。だがそれらは、取り押さえようと飛び掛かった最前列の警官たちの悉くを、後続もろとも吹き飛ばし、床に、壁にと叩き付けた。
二、三十人は居た警官の山が、冗談のように吹き飛ばされていく。
起き上がる者は、いなかった。
◇
紗麓は、戦慄していた。目の前には、警官たちの無残な姿。それぞれが呼吸はしているようなので、誰一人死んではいないようだが、【メインディッシュ】の攻撃で、一瞬で意識を奪われていた。
圧倒的という言葉が、頭を過ぎった。
「こんな馬鹿な事実を認めろというのか……あれだけの人海を、あんな無茶苦茶な徒手空拳で薙ぎ払っただと……?」
「だから言ったろ、奴さんには小細工は通じねぇ、って」
愕然と呟く紗麓に、傍らの金浅がぼやく様に言う。
「巡査部長」
「俺達だって、こんな世間の有様だからよ、生半可な鍛え方はしてねぇ。だがご覧の通り、いつも返り討ちよ。この間来た機動隊も、こてんぱんにやられちまった。装備なんかは全部おしゃかになっちまって、上は予算調整で今もおおわらわさ。隊員たちは、気は失ったが怪我はしなかったみたいでな、訓練し直しだとよ。図太いのも時と場合によりけりだな」
どこか投げやりにそう語る巡査部長の様子に、紗麓はこの男は始めから【メインディッシュ】を捕まえられるとは思っていなかったのだと悟る。考え無しな特攻も、戦ったという実績だけ得るためだったのかもしれない。
「こうなっちまうともう駄目だね。今日も俺達の負けだ。悪いが嬢ちゃん、奴との頭脳勝負はお預けだな。もっとも、奴とそんな機会があるとも思えんがね……。ま、命がおしけりゃ嬢ちゃんもさっさと避難するこった」
「貴方は……!」
紗麓が睨むのもどこ吹く風と、肩を竦めた巡査部長は踵を返す。
――大人って、みぃんなこう。ね? 他人なんて信用できないよね。
少女の幻影が、視界の端で楽しそうに囁くのを、紗麓は努めて無視して、パイプを深く吸った。
清涼感が鼻を抜ける感触と共に、紗麓は先ほどの金浅の言葉に違和感を覚えた。
「装備がおしゃかになったのに、隊員は無事だった……?」
パイプをくわえて考え込む紗麓を横目に、巡査部長はこの場を離れようと歩いて行く。
「待て、巡査部長」
「あん?」
歩み去ろうとする彼を、紗麓は呼び止める。
「奴の【歪み】が何か、そちらでは見当はついているのか?」
「あぁ、【歪み】だぁ? んなもん、見た通りの【怪力】じゃねーのかい?それがどうし、って嬢ちゃん?!」
紗麓に振り返った中年の巡査部長は、驚いた。紗麓が前……つまり【怪盗】の方へと歩き出したからだ。
「なるほど……確かに今までの案件を見ても、怪力によるものと思っても不思議ではない。だがそれでは説明がつかないことがある……」
ぶつぶつと呟きながらどんどん【メインディッシュ】へと近づいていく紗麓は、巡査部長の「おい馬鹿、戻れ!」という呼び掛けも無視した。
―― 一人でやらなきゃね。全部、一人で。
少女の幻影が紗麓の周りをくるくると踊りながら言う。
――最初から、他人に期待などしていない。
パイプを吸いながら、紗麓は内心で呟いた。
【メインディッシュ】は接近する紗麓に気付いて面白そうに口の端を吊り上げた。
「へぇ、まだやる気があるやついたんだ……ってケーサツにしてはずいぶん変な格好をしてるね」
「お初にお目にかかる、【怪盗メインディッシュ】……私は織目紗麓。【探偵】だ」
「【探偵】……? 何それ、馬鹿にしてんの?」
紗麓の名乗りに、自分も似たようなものであることは無意識に棚に上げ、アイマスクの向こうで【メインディッシュ】は眉をつり上げた。
紗麓は答えず、倒れている警官たちを見渡す。
――やはり、怪我はしていないな。
擦り傷などはあれど、それらは床や壁で擦ったことによるものだと分かる。
【怪盗】は先ほど、正面から警官たちを迎え撃った。もしそれが怪力によるものならば、全員気絶させる威力を出すには無傷では済ませられないはずだ。
それに、最初の踏みつぶし。小柄な彼女では、当然大人を上から踏むことなど出来ない。まるで彼女の足に合わせて、不可視の力が上から加わったかのようだった。
「で、お前はボクと戦うつもりなの?」
無視されたことに苛立った【メインディッシュ】は、怒気を滲ませた声色で問う。
「あぁ。確かめたいことがあってな」
「確かめるって、何を?」
紗麓は【怪盗】の正面に立ち止まった。
「貴様の目的はなんだ」
「目的……? お宝を盗むことだけど?」
「いや、貴様が【怪盗】である理由だ」
「そんなの聞いて、どうする訳?」
「答えろ。お前は何を思って、秩序を乱す」
その問いに、【メインディッシュ】――サラは、答えを持たなかった。
何故と言われれば、
――カケ兄が……ったから。
自らの心の声は、今のサラには届かない。
答えを持たないサラの代わりに、何かがサラの口で答える。
「秩序? 良く分かんないけど、目立ちたいからに決まってんじゃん」
その答えに、紗麓は俯き、拳を震わせた。
――【怪盗】に、何を期待しているんだ。
いつかの【怪盗】の言葉が、脳裏に響く。
「……やはり、そうなのか。奴の言っていたことが本当だったとは……」
「奴?」
「もう一人の、【怪盗】だ」
重々しく呟いたその答えは、サラの中の何かを掻き立てた。
「……【X】と、会ったの? ボクより先に?」
「あぁ、この町に来たばかりの時にな」
「お前も……【メインディッシュ】より【X】が上だと思ったってこと……? 本物の【怪盗】は、【X】だって!」
【怪盗】は悔しそうに歯噛みして、拳を震わせる。胸の内にあった苛立ち、自分に対して抱いていた疑問、【怪盗】を自分一人でやらなければならない不安。それらが、肥大する何かに徐々に飲み込まれていく。
「上とか本物とか、そんなこと知るか!」
紗麓は紗麓で、いつか【X】に言われたこと、学校のこと、継人に言われたこと、演劇のこと、旋律との喧嘩、棗の言葉、和との喧嘩、金浅への苛立ち。それらの出来事がごちゃ混ぜになって、もう一杯一杯だった。問題ないと思っていた、【探偵】としての自分、織目紗麓という個人としての自分への【疑い】が、言い様のない怒りとなっていく。
「お前は、捕まえなければならない。私の……【探偵】の名にかけて!」
「お前を踏み潰して、ボクの方が凄いって、みんなに認めさせてやる!」
お互いがもはや相手の話を全く聞く気がなく、しかし敵意だけがぶつかり合う。
――こいつにだけは、負けたくない!!――
葛藤と、自身への苛立ち、不安を抱えた、どこか似たもの同士の少女二人。
それでなくとも、【探偵】と【怪盗】。
衝突は、必然であった。
読んでいただきありがとうございます。




