表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歪んだ世界の終幕  作者: 黒星 落
Chapter2『葛藤』
33/40

scene13『衝突』

活動報告にも書きましたが、今日は10分おきくらいに5話ほど一気に更新していきます。お楽しみいただけたら幸いです。


 桃源町の中央に位置する、桃源タワー。捻れて歪な形をした、この町で一番高い場所。


 その特別展示室は、多くの警官隊が配備され、物々しい雰囲気に包まれていた。


 【探偵】の衣装に身を包んだ紗麓は、【怪盗】のターゲットである“斜陽(トワイライト)”の前で、腕を組んで待機していた。


 今回は、以前のようにすり替えはしていない。時間が無かったこともあるが、前回どこぞの【怪盗】にまんまと懐からかすめ取られた苦い経験、そして今日は確実に【怪盗】を捉えてみせるという気負いがあった。


「よく動員出来たものだな」


 予告が出てからあまり時間がなかったにも関わらず、警官隊の数は多い。紗麓は会場を眺めて思わずぽつりと呟いた。特に返答を期待したものではなかったが、反応する者が居た。


「【メインディッシュ】が出てからこっち、いつでも動かせるように待機の人数は増やしてるんだ」


 声の主を見やると、無精鬚を生やした中年の男が、くたくたのコートのポケットに突っ込んでいた手を上げながら近づいてきた。


「よぉ、あんたが【探偵】かい。上から御達示があったから知ってたけどよ、まさかお嬢ちゃんみてーな若い子だとは思わなかったなぁ。見たとこ学生か?」

「何か問題か?」


 無精鬚を撫でながら、人を値踏みするかのような視線を受け、心がささくれ立っている紗麓は憮然とした口調で答えた。


「うんにゃ。問題があるとすりゃあ、アンタみてーな若い子を現場に駆り出さなきゃなんねぇ、この世界の方さな」

「戦える者が戦う。それだけだろう」

「頼もしいねぇ。おじさん中年だから、こうも毎度駆り出されるのは辛くってな」


 男は、紗麓の素っ気ない反応に苦笑しながら言った。


 ――ねぇ、このおじちゃん、嘘をついてるよ。


 舌っ足らずな幼い少女の声で、紗麓の内側で何かが囁く。


 パイプを吸いながら、目を細める。やさぐれた顔立ちだが、体つきはがっしりしていて、贅肉は余りない。体力の衰えが来ているようには見えなかった。


「おっと、遅れて申し訳ない。俺は巡査部長の金浅だ。ひとつ、(やっこ)さんを捕まえるために、よろしく頼むよ」

「……織目紗麓だ」


 握手をしながらも、紗麓は相手の観察を続ける。


「へぇ……嬢ちゃん、結構鍛えてるみてーだな」


 こちらを観察していたのは向こうも同じらしい。握った手の感触から何かを感じたのか、刑事はそんなことを言った。


「こんな仕事をやっているんだ。それはそうだろう」

「まぁ、そうなんだけどよ……全く、嫌な時代だぜ。苦労したろうに」


 金浅は娘と同じくらいの歳でしかない紗麓が、自分と同じ現場に立っていること、これまで辿ってきたであろう道筋を想像し、改めて苦い思いを抱く。だが今の紗麓には、そんな保護者面の言葉も、苛立つ要因の一つであった。


「……巡査部長。【怪盗】についての情報を教えてくれ」

「ん、あぁ、そうだったな。といっても、情報なんざ殆どないさね。分かっていることといったら、目立ちたがりの馬鹿ってことぐらいだな。それと無茶苦茶な強さを持っていやがる。正直、手の出しようがねぇ」


 うんざり、といった様子で彼は言った。


「目立ちたがり……?」


 訝しげに紗麓が問うも、


「すぐに分かる」


 と、苦り切った顔で彼は正面玄関を見つめた。


 それでは、対応策を練りようがない。もう少し何かあるだろうと、紗麓が掘り下げて情報を引き出そうとすると、()()はやって来た。


     ◇


 パリン、とガラス窓が割れる音。


 次いで、


「ハーッハッハッハァ!」


そのけたたましい高笑いに、会場内の警官たちの注目が集まる。


「何だ!?」


紗麓も突然のその声に、振り向かざるを得ない。


「来たか……」


傍で金浅が頭を抱える。


何、と思う間もなく、


「世間の話題を総浚い!【怪盗メインディッシュ】、今宵もお宝をおいしくいただきに上がりましたぁ!」


赤いアイマスクに、赤いマント。小柄な体躯にぴったり張り付く黄色いタイツスーツ。


 目が痛くなるような、とにかく目立つ格好をしたその少女は、これでもかと胸を張って、大きな声で高笑いをする。


 その何ともセンスのない口上を受けて、警官たちがどよめく。


「真正面からとは……」


冷や汗混じりに紗麓が呟く。流石の紗麓も、相手が正面から乗り込んでくるとは、ほとんど想定していなかった。


パイプから清涼感を得つつ、その無法な侵入者を観察する。


――ナリは小さいが、随分と威圧感がある。


それが、【怪盗】の第一印象だった。


「えぇい、【メインディッシュ】! 今日こそは貴様を逮捕してくれる! 警官隊、突撃ィ!」


中年の巡査部長が妙に芝居がかった口調で号令をかけると、警官たちは津波のように【怪盗】へと向かう。


 その光景に、紗麓は唖然とする。


「この人数で一斉突撃などと、馬鹿げてはいないか!?」

「いや、【探偵】のお嬢ちゃんよ。奴さんにはアレでも足りんくらいだ」

「なに、」


耳を疑って中年巡査部長に向き直った紗麓は、聞き直すまえに、おぞましい程の気配を感じた。


     ◇


【怪盗】は口元を歪ませると、窓から中へと飛び降りる。だがそこは津波の降り懸かる、まさにその焦点。雄叫びを上げながら飛び掛かっていく警官たちを前に、しかし【怪盗】は着地したまま動かない。


「へー、また沢山用意してきたねぇ」


でも、と不敵に笑い、


「かかってくるなら容赦はしないよ! みんなまとめて、踏み潰してやる!!」


一瞬の――出来事であった。


 ぞわ、と。


その瞬間、警官たちの波の向こうにいる紗麓までが、その異常なまでの威圧感によって、肌を粟立てていた。


「おりゃあ!」


 掛け声と共に【メインディッシュ】が足をどしん、と踏み出すと、彼女の真正面に居た警官隊が、まさに上から踏みつぶされたかのように床に這いつくばる。


「とりゃあああ!!」


さらに【メインディッシュ】が四方に放ったのは、型もなにもない無茶苦茶な乱撃。だがそれらは、取り押さえようと飛び掛かった最前列の警官たちの(ことごと)くを、後続もろとも吹き飛ばし、床に、壁にと叩き付けた。


 二、三十人は居た警官の山が、冗談のように吹き飛ばされていく。


 起き上がる者は、いなかった。


     ◇


紗麓は、戦慄していた。目の前には、警官たちの無残な姿。それぞれが呼吸はしているようなので、誰一人死んではいないようだが、【メインディッシュ】の攻撃で、一瞬で意識を奪われていた。


 圧倒的という言葉が、頭を過ぎった。


「こんな馬鹿な事実を認めろというのか……あれだけの人海を、あんな無茶苦茶な徒手空拳で薙ぎ払っただと……?」

「だから言ったろ、奴さんには小細工は通じねぇ、って」


 愕然と呟く紗麓に、傍らの金浅がぼやく様に言う。


「巡査部長」

「俺達だって、こんな世間の有様だからよ、生半可な鍛え方はしてねぇ。だがご覧の通り、いつも返り討ちよ。この間来た機動隊も、こてんぱんにやられちまった。装備なんかは全部おしゃかになっちまって、上は予算調整で今もおおわらわさ。隊員たちは、気は失ったが怪我はしなかったみたいでな、訓練し直しだとよ。図太いのも時と場合によりけりだな」


どこか投げやりにそう語る巡査部長の様子に、紗麓はこの男は始めから【メインディッシュ】を捕まえられるとは思っていなかったのだと悟る。考え無しな特攻も、戦ったという実績だけ得るためだったのかもしれない。


「こうなっちまうともう駄目だね。今日も俺達の負けだ。悪いが嬢ちゃん、奴との頭脳勝負はお預けだな。もっとも、奴とそんな機会があるとも思えんがね……。ま、命がおしけりゃ嬢ちゃんもさっさと避難するこった」

「貴方は……!」


 紗麓が睨むのもどこ吹く風と、肩を竦めた巡査部長は踵を返す。


 ――大人って、みぃんなこう。ね? 他人なんて信用できないよね。


 少女の幻影が、視界の端で楽しそうに囁くのを、紗麓は努めて無視して、パイプを深く吸った。


 清涼感が鼻を抜ける感触と共に、紗麓は先ほどの金浅の言葉に違和感を覚えた。


「装備がおしゃかになったのに、隊員は無事だった……?」


パイプをくわえて考え込む紗麓を横目に、巡査部長はこの場を離れようと歩いて行く。


「待て、巡査部長」

「あん?」


歩み去ろうとする彼を、紗麓は呼び止める。


「奴の【歪み】が何か、そちらでは見当はついているのか?」

「あぁ、【歪み】だぁ? んなもん、見た通りの【怪力】じゃねーのかい?それがどうし、って嬢ちゃん?!」


紗麓に振り返った中年の巡査部長は、驚いた。紗麓が前……つまり【怪盗】の方へと歩き出したからだ。


「なるほど……確かに今までの案件を見ても、怪力によるものと思っても不思議ではない。だがそれでは説明がつかないことがある……」


ぶつぶつと呟きながらどんどん【メインディッシュ】へと近づいていく紗麓は、巡査部長の「おい馬鹿、戻れ!」という呼び掛けも無視した。


 ―― 一人でやらなきゃね。全部、一人で。


 少女の幻影が紗麓の周りをくるくると踊りながら言う。


 ――最初から、他人に期待などしていない。


 パイプを吸いながら、紗麓は内心で呟いた。


【メインディッシュ】は接近する紗麓に気付いて面白そうに口の端を吊り上げた。


「へぇ、まだやる気があるやついたんだ……ってケーサツにしてはずいぶん変な格好をしてるね」

「お初にお目にかかる、【怪盗メインディッシュ】……私は織目紗麓。【探偵】だ」

「【探偵】……? 何それ、馬鹿にしてんの?」


紗麓の名乗りに、自分も似たようなものであることは無意識に棚に上げ、アイマスクの向こうで【メインディッシュ】は眉をつり上げた。


紗麓は答えず、倒れている警官たちを見渡す。


――やはり、怪我はしていないな。


擦り傷などはあれど、それらは床や壁で擦ったことによるものだと分かる。


【怪盗】は先ほど、正面から警官たちを迎え撃った。もしそれが怪力によるものならば、全員気絶させる威力を出すには無傷では済ませられないはずだ。


それに、最初の踏みつぶし。小柄な彼女では、当然大人を上から踏むことなど出来ない。まるで彼女の足に合わせて、不可視の力が上から加わったかのようだった。


「で、お前はボクと戦うつもりなの?」


無視されたことに苛立った【メインディッシュ】は、怒気を滲ませた声色で問う。


「あぁ。確かめたいことがあってな」

「確かめるって、何を?」


 紗麓は【怪盗】の正面に立ち止まった。


「貴様の目的はなんだ」

「目的……? お宝を盗むことだけど?」

「いや、貴様が【怪盗】である理由だ」

「そんなの聞いて、どうする訳?」

「答えろ。お前は何を思って、秩序を乱す」


 その問いに、【メインディッシュ】――サラは、答えを持たなかった。


 何故と言われれば、


 ――カケ兄が……ったから。


 自らの心の声は、今のサラには届かない。


 答えを持たないサラの代わりに、()()がサラの口で答える。


「秩序? 良く分かんないけど、目立ちたいからに決まってんじゃん」


 その答えに、紗麓は俯き、拳を震わせた。


 ――【怪盗】に、何を期待しているんだ。


 いつかの【怪盗】の言葉が、脳裏に響く。


「……やはり、そうなのか。奴の言っていたことが本当だったとは……」

「奴?」

「もう一人の、【怪盗】だ」


 重々しく呟いたその答えは、サラの中の何かを掻き立てた。


「……【X】と、会ったの? ボクより先に?」

「あぁ、この町に来たばかりの時にな」

「お前も……【メインディッシュ】より【X】が上だと思ったってこと……? 本物の【怪盗】は、【X】だって!」


【怪盗】は悔しそうに歯噛みして、拳を震わせる。胸の内にあった苛立ち、自分に対して抱いていた疑問、【怪盗】を自分一人でやらなければならない不安。それらが、肥大する何かに徐々に飲み込まれていく。


「上とか本物とか、そんなこと知るか!」


 紗麓は紗麓で、いつか【X】に言われたこと、学校のこと、継人に言われたこと、演劇のこと、旋律との喧嘩、棗の言葉、和との喧嘩、金浅への苛立ち。それらの出来事がごちゃ混ぜになって、もう一杯一杯だった。問題ないと思っていた、【探偵】としての自分、織目紗麓という個人としての自分への【疑い】が、言い様のない怒りとなっていく。


「お前は、捕まえなければならない。私の……【探偵】の名にかけて!」

「お前を踏み潰して、ボクの方が凄いって、みんなに認めさせてやる!」


 お互いがもはや相手の話を全く聞く気がなく、しかし敵意だけがぶつかり合う。


 ――こいつにだけは、負けたくない!!――


 葛藤と、自身への苛立ち、不安を抱えた、どこか似たもの同士の少女二人。


 それでなくとも、【探偵】と【怪盗】。


 衝突は、必然であった。


読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ