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歪んだ世界の終幕  作者: 黒星 落
Chapter2『葛藤』
31/40

scene11『予告』

暗いシーンは中々書くのが辛いですね。


「織目紗麓、帰還した」

「はぁ、はぁ……都村和、戻りました」


 チームが拠点としているマンション――各員の部屋の他、最上階の1フロアをぶち抜いて本部としている――に帰った紗麓と和は、妙に慌ただしいことに気付いた。


「あ、お帰りなさい。【チーフ】!」


 何か資料を持って玄関前のフロアを通り過ぎようとした栗栖が、二人に彼女にしてはおざなりな挨拶をすると、奥に向かって声をかけた。


「二人とも、すぐに【チーフ】の所に行ってください」

「【放火】ですね」

「知ってたんですね。でも、それだけじゃなくて……詳しいことは【チーフ】に聞いてください」

「紗麓」


 和の呼びかけに紗麓は無言で頷き、二人は急いで【チーフ】の居る作戦室兼会議室として使っている部屋へと向かった。


「あら、随分遅いお帰りね」


 部屋に入るとすぐに継人の傍らに立つ緋月が気付き、二人に鋭い目を向ける。


 だが紗麓はそれには取り合わず、真っ直ぐ継人の元へと向かった。


「【チーフ】。【放火】は……あいつの家はどうなった!?」

「あぁ、帰ったか」

「あいつの家? 今回焼かれたのは町外れの孤児院よ」

「孤児院? 何を言って……」


 興奮する紗麓を和が遮る。


「紗麓。詩涌間さんは……孤児院に身を寄せているんだ」

「何……?」


 和は僅かに逡巡してから、その事実を告げた。


「詩涌間さんには親はいない。小さい時……それこそ赤ん坊の頃から、今までずっと孤児院で育ったんだ」

「馬鹿な……そんなこと……あいつは一言も……。大体、なんでそんなことをお前が知っているんだ!?」


 紗麓は告げられた事実に愕然とした。


「【桐生院】さんに生徒名簿を見せてもらってね。学園の生徒の情報……家族構成、周辺環境は大体頭に入れている。勿論、演劇部員も含めて」

「何で言わなかった!?」

「貴女が部活なんかに浮かれている間に、彼は学園潜入の本来の目的である調査を進めていたのよ」

「束刈さん。【探偵】に黙って調査を進めていたのは僕の判断です。僕が紗麓の分も調査を進めているんですから、文句を言われる筋合いはないでしょう」


 紗麓に嫌みを言う緋月に、和が反目する。


「大ありよ。部活なんかせず、市内の巡回でもやっていれば、今回の件も未然に防げた可能性はあるわ」


 緋月の言うことは、些か暴論ではある。たった二人で町を回ったとして、それが何の抑止力になるというのか。しかし、現場に居合わせることが出来た可能性という意味では正しい。


 和は反論せず、継人に尋ねた。


「……被害状況は?」

「幸いにも怪我人はいない。丁度住人全員が出かけていたようだ。焼けたのも一部屋だけで、建物自体は無事という話だ。警察の方で周囲の警邏を増やすという話だから、再度狙われる可能性も低い」

「そう、ですか」


 紗麓が黙っているのが気に掛かったが、紗麓の友達であり、後輩でもある旋律の安全は問題なさそうで、和も僅かに胸をなで下ろした。


「でも、一歩間違えれば大惨事だった」


 だがそこに冷や水を浴びせる緋月。声色は冷たく、視線も鋭利であった。


「これが、あなたたちがのんびり部活なんかしていたツケよ。犯人はこれまでとは違い、ついに人の住んでいる家にまで手を出した。いえ、むしろ最初からそのつもりだったんでしょうね。これまでの件はただの実験。自分の【歪み】の制御の為のね。十分予想出来たことだわ」

「待ってください。まだ犯人が人を殺す気だったかどうかなんて分からないじゃないですか。むしろこれまでの傾向からは、犯人は人的被害を避けている傾向にある」

「相手はノイズメイカー、【歪み】を使う犯罪者なのよ? 秩序を乱す雑音が、行き着く所はそこしかない。私たち【チーム】が、あなたたちが相手にしてきた連中はいつもそうだったでしょう? それとも、今回は違うと言い張れるだけの根拠があるというの?」

「くっ……」

「あなたはどうなの織目。目星は付いているの?」

「……まだだ」


 それまで黙っていた紗麓は、静かに首を振った。その様子に、緋月は鼻を鳴らす。


「【探偵】が聞いて呆れるわ」

「言い過ぎだ、束刈。部活をやっていて良いと言ったのは、俺だ」


 継人がかばうも、緋月は継人にも怒りの矛先を向ける。


「ええ、そうです。その判断が、先日の市街での戦闘ではまんまと犯人を取り逃すことに繋がり、【放火】事件も進展せずに今回の犯行を招いた。そして今日の、【怪盗】とかいう馬鹿馬鹿しいお調子者の犯行予告!」


 ばん、と大きな音を立てて、束刈はその紙を机に叩き付けた。その紙には、警察から情報提供のあった、予告状の内容がプリントされていた。


 『今宵、桃源タワー特別展示室の“斜陽”をいただきに上がります 怪盗メインディッシュ』


()()()()()()()()()! 【雑音】共がここまで蔓延っているのに、学校だの部活だの、遊んでいる場合なんですか!?」


 激昂した束刈が継人に詰め寄る。


 継人はしばらく目を瞑ると、重々しい声で言った。


「……織目、都村。まずは目の前のことだ。【怪盗】にはお前たちが当たれ」

「………………」

「……了解です」

「織目。【()()()()】を持って行け。【メインディッシュ】は好戦的な性格だ」

「……わかった」


 継人の言葉に、二人は小さく頷いた。


     ◇


 本部のフロアの一角にある、装備を調えるためのロッカールームに、紗麓は黙々と向かう。が、徐に後ろから付いていく和に振り返ると、言った。


「私一人で行く。お前は来なくて良い」

「なんで?」


 思いがけない言葉に和は目を丸くする。


「お前が信用できない」


 据わった目で言われ、和はたじろいだ。


「な……なんでだよ」

「一人で調査を進めていると、何故言わなかった?」

「……紗麓には、学校生活に集中して欲しかった。僕には、多少の余裕があったから」

「自分の方が優秀だとでも言いたげだな」

「違う! 紗麓は、【歪み】があるから……」


 濁した言葉が、紗麓の気に障った。


「余計なお世話だ。お前に私の何が分かる」

「分かるさ! 紗麓が演劇の練習に、詩涌間さんという友達も出来て、毎日楽しそうだから……!」


 和が分かったように、保護者のように言った台詞に、紗麓はいよいよ激昂した。


「っ楽しい訳があるか! 周囲の奴らは中身のない会話ばかり、演劇もちっとも上手くいかない! 旋律には、孤児ということすら教えてもらっていなかった! お前は知っていたのに!」

「詩涌間さんのことは、紗麓が彼女の口から直接聞くべきだと思ったんだ! 僕だって、直接聞いた訳じゃない!」

「実際に言ってくれてないじゃないか! 私はあいつに信頼されていないということだ! 何が友達だ! それはそうだ、あいつには友達なんて幾らでもいて、私が友達である必要なんかないんだから!」

「そんなこと思ってたのかよ……単に機会がなかっただけかもしれないだろ。紗麓の方こそ、詩涌間さんを信頼していないじゃないか!」

「そういう【歪み】なんだ! 仕方ないだろ!」

「じゃあ詩涌間さんにそう言ったのかよ! 自分が心を開いていないのに、相手がそうしてくれるのを待ってるだけで、上手く行くわけないだろう!」

「五月蠅い! 言える訳がない……こんな【歪み】、人に受け入れて貰えるはずがない!」

「【歪み】を言い訳にするなよ! 誰かを信じてみなくちゃ、抗わなくちゃ、何も変わらないだろ!」

「それが、出来ないから……!! 私はあいつを傷つけたんだ!!」


 激しく言い合い、二人は肩で息をしていた。


 紗麓の目尻に涙が光っていることに気づき、和は愕然とした。長い付き合いなのに、彼女が泣くのを一度も見たことがなかったから。


 和が動揺していると、紗麓は制服の袖で乱暴に目尻を拭い、自棄になったような声色で、ぽそりと呟いた。


「もういい。変わる必要なんてない。私はこれまで通り、【探偵】をやっていれば良いんだ。全部疑って、【雑音】共を根こそぎ黙らせる。それだけで、良い。部活も、学校も、もう止めだ」

「本気で……本気で言っているのかよ。全部諦めたら、何もかも疑うだけになったら、君には何も残らない。本当に一人ぼっちになるんだぞ」


 和は震える声で言った。


「それがどうした。私はずっと一人だった。これまでも、これからも。最初から分かっていたことだ……誰も信じられない私に、友達なんて出来っこなかった。演劇だってそうだ。人の気持ちなんてこれっぽっちも分からないのに、何かを演じるなんて無理だったんだ。今日、それがはっきり分かった」


 淡々と言う紗麓の瞳には、もう何の感情も浮かんでいない。


 その瞳を見て、今引き留めなければ、紗麓が遠いところに行ってしまうと、和は焦った。


「何言ってんだよ……君は【探偵】である前に織目紗麓という一人の人間だろ? それをちょっとケンカしたり、上手くいかなかったりしたぐらいで、友達も、やりたいことも、全部諦めるっていうのかよ! 僕が好きになった織目紗麓は、そんなに弱い人間じゃない!」


 いつも、冗談交じりにアプローチをかけては、その度にすげなく躱されてきた。


 だがこの時ばかりは、和は本気だった。


 本気で、ありったけの想いを込めた、和の()()()の告白は。


()()()。私を好きになる人間なんて、居るものか」

「紗麓……」


紗麓には信じることは出来なかった。


 ――私が私自身を大嫌いなのに。


 紗麓は装備を調えると、項垂れる和を置いて、夜の町へと駆け出した。


読んでいただきありがとうございます。

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