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歪んだ世界の終幕  作者: 黒星 落
Chapter2『葛藤』
29/40

scene9『歪み無き家族』

プロットから新たに書き起こした部分なのですが、長くなったので次話と分けました。


 カケルは通学路の途中で、走り疲れて息を整えていた旋律に追いついた。


「詩涌間」


 何気に回収していた旋律の鞄を差し出しながら、声をかける。


「し、心在くん!? どうして……あ、鞄……」

「先生からの伝言だ。君の家は焼けたといっても一角だけで、建物自体は無事らしい。あと、家族も丁度外出していて、無事だそうだ」

「そうなの!? あ、お出かけとお買い物の時間……そっかぁ、良かったぁ~」


 鞄を受け取りながら聞いてきた旋律に、担任教師に聞いた内容を告げると、青い顔をしていた旋律は、へにゃりと力の抜けた笑みを浮かべ、地面に座り込んだ。


「それを伝えに来てくれたの?」

「あぁ。不安を奪うなら、早い方が良いと思って」


 不安を奪うとは変な言い回しだなと思いながらカケルを見れば、僅かに肩で息をしていた。日頃のランニングでもそんな素振りを見せなかったカケルが、余程急いで来てくれたのだと思い、旋律は安心も相まって嬉しさに胸が熱くなった。


「そっかぁ。ありがとう」

「別に良い」


 御礼を言えば、カケルは目を逸らして素っ気なく呟いた。


 それはいつかと同じ、彼の照れ隠しだと、旋律には分かった。


 カケルは居たたまれなくなったのか、きょろきょろと目を泳がせていると、旋律の膝が擦りむけて、少し血が出ていることに気がついた。


「怪我してる」

「あ、ほんとだ。あはは、途中で転んじゃって……いたた。さっきまでは気にならなかったのに……」


 カケルに言われて旋律も気付く。走っている時は、孤児院のことが心配でそれどころではなかったが、安心した今になっては、じんじんと痛み、旋律は僅かに顔をしかめた。


「立てるか」

「う、うん……あれ?」


 カケルが手を差し出しながら聞けば、旋律は頷いてその手を取り立ち上がろうとしたが、何故か足に力が入らない。孤児院の家族の無事を聞いて、すっかり腰が抜けてしまったようだ。


 その様子を見て悟ったカケルは、徐に旋律を抱きかかえた。


 お姫様だっこ――である。


 あまりに自然に行われたその行為に、旋律は一瞬反応が遅れた。へたり込んでいたはずが、視点が急に高くなり、背中と膝の下にあるカケルの腕の感触、いつかほどではないが間近にある顔を認識して、顔が一瞬で沸騰した。


「ふぇっ……あああああの、心在くん!?」

「無事だって言っても、早く帰りたいだろ。家まで送るよ」


 どうしてそう淡々としているのか。


 旋律は抗議したくなったが、有無を言わせず歩き出すカケルに、何も言えなくなってしまう。揺れも感じさせず、腕が疲れて持ち直すようなこともない。まさかこの男、こう見えて慣れているのかと思えるほどスマートに運ばれて、旋律は赤くなる一方だった。


     ◇


 時折カケルを案内しながら、孤児院が見えるところまで辿り着いたとき、しっかりと建っているその様子に、無事とは分かっていても旋律はほっとした。ブルーシートが張られているなどといったこともなく、一見すれば火災があったなどとは思えないほど、いつもの孤児院のままの姿であった。


「あ! お姉ちゃんが誘拐されてる!?」

「なにぃ!?」

「お姫様だっこだー!」

「おかえりー」


 弟妹たちに目聡く見つけられ、旋律は今の格好を思い出してまた赤くなった。


「し、心在くん、下ろして!」


 慌ててカケルに言うと、彼は何を思ったのか、うんと頷き、


「お姉ちゃんはいただいた」


 と子どもたちに宣言した。


「えええええ!?」

「「「「わ、悪者だー!」」」」


 驚愕して叫ぶ旋律をよそに、子どもたちは何故か顔を輝かせ、カケルたちに群がった。


 ねーちゃんを返せーと、子どもたちにぽこぽこと叩かれたカケルは、


「ぐわー。まいった、お姉ちゃんは返してやろう」


 と棒読みにすぎる台詞を言い、旋律を下ろした。


「「「「やったー!」」」」


 子どもたちはハイタッチを交わし、旋律に抱きついた。


「みんな……無事で良かった。本当に……」


 旋律は弟妹たちが誰一人怪我もしておらず、いつも通り元気いっぱいな様子を見て、改めて安心すると、目尻に涙を浮かべて、彼らを抱きしめた。途中で一人が旋律の膝の怪我に気付き、この中ではお姉さんのナミが、苦労人のコウに絆創膏を取りに行かせる。


 カケルはそんな様子を傍らで見つめていた。彼に表情があれば、きっと穏やかな笑みを浮かべていただろう。


 そんなカケルに近づいてくる人があった。孤児院の【先生】である棗だ。


 今の今まで玄関先で警察に事情を説明していたのだが、カケルが旋律を連れてきたのは見ていた。何故お姫様だっこなのかは分からなかったが、旋律がそれだけ心を許している相手だというのは一目で分かった。もしかしたら、例の“気になる人”かもしれない。


 警察はもう帰ったので――夜通し周囲を警邏するとのこと――、こうしてカケルに話しかけようと寄ってきたという訳だ。


「こんにちは」

「どうも」


 話しかけられ、カケルも会釈する。


 カケルは既に大体の事情を察しており、棗が旋律の保護者なのだろうと思った。


「貴方が旋律を連れ帰ってきてくれたのね。大方、慌てすぎて転んで、立てなくなったところを、助けてくれたのかしら」

「まぁ、そんなところです」


 細部は異なっているが、一回転んだことまで言い当てているあたり、さすがは保護者だとカケルは思った。


「あ、自己紹介してなかったわね。私はこの孤児院の経営をしている、梨原棗です。みんなには【先生】って呼ばれてるわ。貴方は、演劇部の?」

「はい。成桜学園一年の心在カケルです」

「心在……そう、貴方が……」


 心在という名字に反応した棗に、カケルはおや、と思う。この町で、心在の名に特別な意味を認めている者は、家族と、一部の例外を除き、ほとんどいない。彼女はその一部の例外に当たるのだろうか。


孤児院(ここ)が旋律の家だということは……聞いてた?」

「いえ」

「驚いたでしょう?」

「多少は。でもそれより、納得の方が大きいですね。詩涌間が、どうしてあんな風でいられるのか、分かった気がします」


 カケルの視線の先にあるのは、子どもたちに膝の手当をしてもらい、彼らの頭を撫でている旋律の姿。


 カケルの言葉に、棗はカケルが旋律に【歪み】が無いことまで聞いているのだと察した。


 そしてカケルはそれを受け入れている。無表情のため、旋律にどんな感情を抱いているのか正確には分からないが、こうして連れて来てくれたことを思えば、悪い感情ではあるまいと睨む。


 旋律がそこまで気を許したとなれば、これはいよいよそういうことか、と棗は思った。であれば、親として、ここはひと肌脱がねばなるまいと、彼女の【歪み】――【おせっかい】が僅かに暴走する。


「親ばかだけど、すごく良い子でしょう? 家事もよく手伝ってくれるし、弟妹の面倒見も良いの。この家は、あの子が中心になっているの」

「ええ」

「私、あの子の里親は見つけられなかったけれど、今から探すのなら嫁の貰い手だと思っているのよね」

「……はぁ」


 若干話の流れがおかしな方向に変わったことに気付き、カケルは僅かに距離を取った。だが、それ以上に、にこやかな笑みを浮かべる棗に距離を詰められる。


「どう? 気立ては良いし、家事も出来て、面倒な【歪み】もない。顔も結構可愛い方だと思うし、胸は……今後に期待して欲しいところだけど、滅多にいない、良いお嫁さんになると思うのよね」

「いや、何を言っているんですか」

「もう。だから、あの子のこと貰ってあげてくれな……」

「【先生】! 何の話をしているの!」


 カケルが棗に詰め寄られ、いつになく焦っていると、こちらの様子に気付いた旋律が助けに来てくれた。


「え~。だって、旋律の気になる人って言うから」

「い、い、言ってないよ!?」


 助けに来てくれた……はずだ。顔を真っ赤にしてちらちらとカケルを見てくる姿は全く頼りにならないが。


 旋律についてきた子どもたちが、わるものーとカケルのズボンの裾を引っ張ったりしてじゃれついて来るのを撫でたりしながら、カケルは軽く現実逃避した。


「と、とにかく、家が無事なら、もう中に入ってご飯の準備しないと! でしょ!」

「あら、それもそうね」


 赤くなっていた旋律がなんとかそう言うと、棗も少しは落ち着いたようで、頷いた。しかしすぐにぱっと顔を明るくすると、


「あ、そうだ! 心在君にも食べていって貰いましょうよ」

「えぇ!? あ、でも、そうだね。心在君、その……どうかな?」


 その提案に、旋律は始め驚愕したが、良い提案だとも思った。しかし実際に誘うとなると恥ずかしいらしく、もじもじと上目遣いでカケルに聞いた。


「胃袋掴まなきゃね」

「もう! 【先生】は黙ってて!」


 耳元で囁く――カケルにもばっちり聞こえている――棗を叱責し、旋律はカケルの答えを待った。


「いや……そんな急に、良いのか。無事とは言っても、事件のあった後で、大丈夫か」


 流石に、事件のあった家に、その日にじゃあお邪魔します、とは言えない。家族でゆっくりしたいと思うのが普通だろう。


「みんな無事だって分かったから、気にしなくて良いよ。それに、御礼もしたいから」

「御礼って言われるほどのことは……」


 尚も遠慮しようとするカケルだったが、


「こういう時は、遠慮しないの」


 と棗に諭される。さらに、


「わるもの、ご飯食べないのか?」


 と旋律の弟の一人であるソータが、むしろ食べていくのが当然という風に言うと、他の子どもたちも食べてけー、と袖を引っ張る。


「じゃあお邪魔しようかな」


 そこまでされては、カケルも断れなかった。


 それもいいか、と思った。


「うん!」


 迷惑でないということは、旋律の笑顔が証明していたから。


いつも読んでいただきありがとうございます。


カケルは悪い男ですねぇ。

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