scene8『焦り』
放課後。成桜学園高等部の体育館に、厳しい声が響く。
「おせん! そこはもっと声張り上げるんだろ!」
「は、はい!」
「オリ! いい加減その棒読みなんとかしろ! 基本は教えただろ! その場面の人物の感情を考えろ!」
「わ、わかった」
「おせん! 駆け寄るシーンでもたつくな!」
「はい~っ!」
「オリ! 台詞被らすな! 相手の台詞も覚えろ!」
「う……了解した」
「お~せ~ん~。今のトコお前の台詞だろうが!」
「ご、ごめんなさい」
「和! にやにやしてんじゃねぇ!」
「こえぇ~……」
「あ゛ぁ゛!?」
「なんでもありません!」
女良は、先日の言葉の通りに、部員に対して厳しくダメ出しを行っていた。
シーンをやらせては、竹刀で床を叩きながら、部員たちに一切の容赦なく叱責を飛ばす。特に主役の三人に対しては、一層厳しく当たっていた。
「っか~!! ヤメヤメ、10分休憩! おせん、オリ! こっちこい!」
女良は頭をがりがりと掻くと、天を仰いで休憩を宣言する。旋律と紗麓に手招きして、据わった目で睨み付けた。
「一体どうした? 今日のお前らなんか変だぞ。全ッ然、気合いが入ってねぇ」
「ご、ごめんなさい……」
「……すまない」
女良の叱責に、心当たりがあったのか、旋律と紗麓は申し訳なさそうに俯いた。
女良は口をへの字に曲げると、また頭をがりがりと掻く。
「ったく……時間ねぇんだからな。お前らがちゃんとしてねぇと、劇になんねぇんだよ」
「はい……」
「………………」
「特にオリ。お前はただでさえ急拵えなんだからな。一秒だって無駄に出来ねぇって、分かってるか?」
「う……」
「まぁまぁカントク。紗麓だって頑張ってるんですから」
傍で様子を見ていた和が、紗麓が落ち込む様子を見かねて声をかけると、女良はぎん、と睨み付けた。
「和は口出すな。頑張ってるかどうかは見てりゃわかんだよ。お前だって、今日のコイツらが気ィ抜けてんのぐらいわかんだろ」
「いや、まぁ、どうですかね……はは」
余りの剣幕に、さすがの和も頬を引きつらせる。
「大体な、お前だって“妹”の心配してる場合じゃねぇぞ。確かに台詞覚えは良いし、初心者にしちゃあ演技にはなってるけど、イマイチ嘘っぽいんだよ。普段と同じっつーか素っつーか、“お前”が透けて見える。怪盗に成り切れてねーって感じ」
「うわ、薮蛇……。すいません監督。僕も色々考えてるんですけど」
「言い訳すんな、男だろ。いいからもちっと考えろ」
「う……はい」
ついでとばかりに注意され、和はすごすごと引き下がった。
その様子にふん、と鼻を鳴らすと、女良は二人に向き直り、言った。
「お前らは、顔でも洗ってこい。5分以内に帰ってこいよ」
「はい……」
「………………」
女良に解放され、とぼとぼと体育館の外に歩いていく二人を、カケルは無言で見つめていた。
◇
「くっそ……」
女良の言葉どおり、水飲み場で顔を洗うと、水を滴らせながら紗麓は毒づいた。
この町に来てから、【探偵】として二度も犯人を取り逃し、演劇も上手くいかない現状に苛立っていた。
「紗麓……」
傍らで心配そうに旋律が見つめる。
「中途半端だ、私は。やると決めたことも満足にこなせない」
「まだ始めたばっかりなんだから、仕方ないよ」
「そんなことは関係ない。役を受けるとなった時から分かっていたことで、私はそれを克服することまで含めて了解したんだから」
「紗麓……」
「もう少し、演劇ってものを理解出来ればいいのだが……」
そう呟くと、旋律がぱっと顔を輝かせた。
「演劇……あ! じゃあさ、今度この町でやる演劇、見に行かない?」
「何を言っているんだお前は……時間無いって言ってただろ。そんな暇があったら練習するべきだろうが。大体、そんなこと言ってられる状況か? お前だって怒られていただろう」
紗麓は自身の経験から、技術は自分で身につけるものだと思っている。それでなくとも【人間不信】であるから、人から何かを学ぶという発想がないのだ。
「う、うん……ごめん」
すげなく断られ、旋律はしゅんと項垂れた。
「くそ……やはり私では……っ!?」
上手く出来ないのかと、自分を疑いかけたとき、胸の奥から湧き上がる不快感に、紗麓は口許を抑えた。
「しゃ、紗麓!?」
旋律が慌てて寄り添う。
入部騒動の時にも見た、紗麓の【歪み】の暴走の兆候だ。
「そうだ、飴を!」
「やめろ! このぐらい耐えてみせる……」
背中をさする旋律の手を、紗麓は強く振り払った。
ぜいぜいと荒い息をする紗麓を、旋律は心配そうに見守っている。
「ちっ……欝陶しいな……くそ」
どうにか吐き気を抑えこみ、紗麓は口許を手の甲で拭った。
「無理することないんじゃ……」
「こんなことで一々大事をとっていたら、私はとっくに死んでいる」
「死ぬって……」
ぽつりと呟いた旋律が、自分の言葉を疑ったように思えて、紗麓は目を細めて言った。
「大袈裟だと思うか? ……まぁ、仕方ないか。私の【歪み】のことは、私にしか分からないことだからな」
「っ……。そんな、言い方……私はただ、紗麓が心配で!」
紗麓の素っ気ない言い方に、旋律も僅かに語気を強めた。
「必要ない。大体、お前は他人の心配などしてる場合なのか?」
「……私が誰かの心配をするのに、演劇は関係ないじゃない!」
「関係大有りだろう。現にお前はその心配ごととやらで、演技に支障をきたしているじゃないか。それを関係ないとは、そんなつもりでお前は演劇に取り組んでいたのか?」
「そういう訳じゃない! そういう訳じゃないけど、紗麓がずっと考え事してるから、悩みがあるなら話して欲しいって、私は!」
「だから、私の悩みなどお前には関係ないと言ってるんだ。お前は自分の演技に集中していればいいだろう」
「関係ないって、そんな……友達の悩みを気にするのが、いけないことなの……?」
旋律の悲痛な顔に、紗麓はたじろいだ。
「な……あ、いや……」
「私、紗麓とは何でも話したいし、紗麓もそうだろうって、勝手に思ってた……。でも……」
「旋律……」
「ごめんね。私、お節介だったみたい……」
旋律の、その切ない笑みと共に言われた言葉が、紗麓の胸に突き刺さった。
旋律は踵を返して、体育館の方に戻っていく。
「旋律! 待て!」
「もどろ。もう休憩、終わりだから……」
「旋律……」
旋律は振り返らずに、紗麓を置いて戻ってしまった。
紗麓は途方に暮れた迷子のように、しばらくその場に立ち竦んでいた。
◇
やってしまった、と旋律は後悔でいっぱいだった。
紗麓と、初めて喧嘩してしまった。
悩みがあるなら聞きたかった。【歪み】のことでも、演劇のことでも。しかし、一人で【歪み】に耐えようとする紗麓は、旋律にない強さを持っていて。
自分の、独りよがりだったのかもしれない、と旋律は思った。
紗麓は美人で、頭が良くて、しっかりしている。初めて見た時から、彼女に憧れのような感情を持っていた。そんなすごい人と、友達になることが出来て、舞い上がっていたのかもしれない。何の取り柄もない自分と対等だと、演劇では先輩だと、いや、どこか子どもっぽいところもある紗麓を、いつの間にか孤児院の弟妹たちと同じように見てはいなかっただろうか。
暗い表情で女良の元に戻れば、旋律の様子の変化に気付いたのか、怪訝な表情になる。
「おいおせん、大丈夫か? なんでさっきよりひでぇ顔してんだ」
「……大丈夫です」
「大丈夫って顔じゃねぇぞ。ってかオリもか。あー……大体分かった」
女良は旋律に大分遅れて戻ってきた紗麓の表情も見て、二人の間に何かあったらしいと悟り、頭をぽりぽりと掻いた。
「全く……しゃーねぇ、他のシーンからやるか。じゃあ……」
女良が気を遣って、二人が出ないシーンを思い返そうとすると、演劇部の元に慌てて駆け寄ってくる者が居た。
「あ、居た居た。詩涌間さん!」
「あ……?」
練習するシーンを言おうとしていた女良の口が止まる。
駆け寄ってきたのは、旋律の担任の女教師だった。よほど慌てて来たのか、肩で息をしている。
「先生、どうしたんですか?」
「はぁ、はぁ、落ち着いて、聞いて」
息を整えながら言われた、その前置きに不穏なものを感じ、旋律の背中に悪寒が走った。
「何かあったんですか……?」
「さっき連絡があって……貴方の家が……出火したの」
「え……?」
空気が、凍った。部員たちは息を呑み、誰もが最近噂になっていた【不審火】のことを思い浮かべた。
愕然としたのは、紗麓も同様だ。
「幸い、丁度皆さん外出していたらしくて、誰も怪我はしてないそうだし、家も……って詩涌間さん!?」
旋律は話も聞かずに青い顔で駆け出した。
「和!」
紗麓が鋭い声で和を呼べば、彼は首を振った。
「【連絡】はない。……いったん、本部に戻ろう」
「だがそれでは!」
旋律の後を追いたい紗麓だが、和はいつになく厳しい顔で再度首を振った。
「紗麓。僕たちは勝手に動く訳にはいかない」
「く……」
和の厳しい表情に、紗麓は歯がゆそうに頷いた。
それに頷き返すと、和は女良に向かって言った。
「すみません女良さん、僕たちも早退します!」
「は? あ、おい……」
紗麓と和も、呆気に取られる女良を置いて、駆け出していく。
後に残された部員たちと旋律の担任は、途方に暮れる。
「ええっと……」
「先生」
そんな中、カケルはいつも通り淡々と、旋律の担任教師に声をかけた。
「はい? えっと、君は……」
「一年C組の心在です。先ほど詩涌間に言いかけたことは」
カケルの抑揚のない、静かな問いかけに、旋律の担任教師も冷静さを取り戻した。それは周りにいる部員たちも同じであった。
「うん、彼女の家も、ご家族も無事なの。焼けたのはほんの一角だけらしくて。だから安心してって、伝えたかったんだけど……」
「なるほど。今からなら追いつける。彼女とは家の方向が近いので、僕が伝えておきます」
「そうね、家に戻れば分かるでしょうけど、早めに安心させて上げた方が良いものね。お願いできる?」
旋律の担任教師が言うと、カケルは頷き、女良に向き直った。
「竜牌先輩。そういうことなので、僕は詩涌間を追いかけます。主役が居ないので、それ以外の人員で出来るシーンを練習するか、自主練にするか、今日は終わりにするか、ご判断お願いします。録画は明日編集しておきますので、続けるならそのまま撮ってください」
「お、おう……」
カケルの淡々としたペースに、女良はすっかり呑まれていた。
女良が了承すると、カケルは一気に駆け出し、あっという間に体育館から姿を消した。あれなら確かに、先に駆けていった旋律にも追いつけるだろう。
「あいつ、あんなに足速かったのか……」
「冷静だったねぇ」
女良と由香里が呆気に取られてそう言うと、部員たちも頷いた。いつも物静かで、あまり存在感のないカケルが見せた意外な行動力に、部員たちは驚いたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
紗麓と旋律が喧嘩するシーン、いかがでしたでしょうか。そこで切っても良かったのですが、その後の下りだけでは短すぎるので怒濤の展開に。
ここが厨二:皆が動揺する中、一人だけ冷静な主人公。




