scene3『先輩』
四本目です。
その日の練習が終わると、女良は部員を部室となっている空き教室に集めていた。
「あー、まぁ、その、なんだ。オリの【歪み】を聞いといて、アタシの【歪み】を教えてないっつーのは、フェアじゃないと思ってよ。この際言っとこうと思って。あぁ、他の奴らは別に良いぞ。アタシがそうしたいってだけだから」
女良はぽりぽりと、頬を掻きながらそう言った。
「アタシの【歪み】は、【反抗期】――頭ごなしに言われると、どうもダメなんだよな。頭に血が昇っちまって、ほっとくと、意識と血管がぷっつんしちまうんだ。実際、死にかけたこともある」
軽い調子で切り出されたそれは、決して軽いものではなかった。
いや、この世界に軽い【歪み】などないのだと、紗麓は改めて思った。
「思春期なんて来る前から、親にも意味なく噛みついちまって、ずっと距離があってな。親はそういう【歪み】だって知ってるから、理解はしてくれてると思うんだけど、アタシの方が、どうも、な。悪いとは思ってるんだけど、上手くいかねーんだよな。オリの飴みたいなもんも、試してみたんだけどな。瞬間的にかっとなっちまうから、条件付けが上手くいかなくてさ。ちょっと知ってたのは、そういう訳だ」
目線を寄越され、紗麓と和は頷く。それに頷き返してから、女良は少し目線を伏せた。
「どうしたら良いのか、分かんなくなっちまってさ。結構、荒れてたんだけど。そんな時、ユカに誘われてな」
女良がそう言えば、隣に居た由香里が、わざとらしく肩を竦めた。
「あの頃のニョラは本当に狼みたいだったからねぇ。羊のようにか弱い私じゃ、手に負えなかったよ」
「そのアタシにいきなり壁ドンして『演劇、やろうぜ』とか誘って来た奴が、よく言うぜ。イケボのつもりで関取みてーな声出すから、思わず笑っちまったよ」
「えー。『ちゃんとイケボだっただろ。照れんなよ?』」
由香里が本当に関取のような、無理して出した低いかすれ声で言うものだから、部員たちは笑った。三年生二人の気心知れたやり取りに、場の雰囲気は真剣味を保ったまま、しかし明るくなる。
ひとしきり笑いが収まると、女良は話を続けた。
「演劇部をやろうと思ったのは、廃部になっていた部活を復活させるなんて、いかにも面白そうだと思ったんだよな。それに、自分で何かを作り上げるって、それ自体はアタシの勝手な訳じゃん。プロじゃねーんだ。人から何を言われようが、アタシが面白いと思ったものをやれば良い。反抗的だろ? そういうのが、すげー性に合ってさ」
そこで言葉を区切ると、女良は何かを思い出すように目を細めた。
「初公演なんて、勢いだけで、今から見りゃ出来はほんとひどかったんだよな。ユカなんか上がっちまって、台詞は噛み噛みだし、ど忘れしちまうし。アンケートも、すげー批判の嵐でさ」
「自慢じゃ無いけど私は【本番に弱い】からね!」
どや顔を見せる由香里に、女良は呆れたような半目を向ける。
「本当に自慢じゃねーな。でも、すげーむかついたんだけど、それ以上に、アタシたちはやったんだ、って達成感が、それを上回ってたから、全然平気だったんだ。むしろ、今度はもっと良いものを作ってやる! って感じでさ」
そう話す女良を、紗麓は羨ましく思った。
【歪み】に抗うための何かを、彼女は見つけたということなのだから。
「……なんかいつの間にか、アタシの【歪み】の話から随分脱線しちまったな。こういうのって、普通文化祭の後とかにやるもんだよなぁ」
「まぁ、そうかもね。ニョラのちょっといい話! みたいなね」
「あ? それが普通だって考えると、なんかまた反抗してきたくなってきた。やっぱ今で良いわ、うん」
一人で納得する女良に、部員たちは苦笑を零す。
そんな周囲の反応に、女良は若干顔を赤くしながら、早口でまくしたてた。
「あー、つまり、なんだ。【歪み】とか、そんなのは関係ねぇ! ってことだ。オリや和も基本のキぐらいは出来てきたことだし、今後はどんどん要求高くしていくから、そのつもりでな」
女良がそうまとめると、部員たちは強く頷いた。
◇
女良の話を聞いて、紗麓は考え込んでいた。
――誰もが【歪み】を抱えていて、皆自分の【歪み】に抗おうとしている。
当たり前だと、理解していたはずのことを、改めて思う。
――私にも、見つかるのだろうか。【歪み】に抗う、何かが。
無意識に旋律の方を向くと、彼女は他の部員たちと話を弾ませているところだった。
紗麓の方を見ること無く。
楽しそうに。
旋律には、紗麓以外にも、友達はいるのだ。
――私が、居なくても。お前は、平気なのだな。
そう考えたとき、どくんと、心の奥で、何かが蠢いた。
思わず、ポケットから飴を取り出し、口の中に慌てて放り込んだ。
「紗麓、どうかした?」
その仕草を見ていたのか、旋律が紗麓に声をかける。
「いや……なんでもない」
なんとなく目を合わせられなくて、紗麓は顔をうつむけたまま言った。
「そう? 何かあったら、言ってね」
旋律は少し不思議そうであったが、そう言うと、部員たちとの会話に戻っていく。
がり、と飴のかけらを噛む。
ハッカの味が感じられなくて。
このままでは、良くないことを考えてしまうと、紗麓が焦燥を感じたとき。
――【探偵】、【図書館】、【連絡手】より緊急連絡だよん。
後ろから視線を感じるように。心を覗かれる感覚と共に、脳裏に【声】が響いた。
反射的に、和と目を合わせる。彼にも聞こえたのだろう、小さく頷いた。
――こちら【探偵】。どうした。
頭の中で声を出す感覚で、声の主――【チーム】の【連絡手】たる粒手に応答する。
――桃源町内で【ノイズ・クライム】発生。ホシは2。現在【チーフ】が応戦中だよん。至急、現場に急行、応援されたし。場所は……ずびび。
粒手が、謎の効果音をわざわざ【声】で伝えてくると、次いで、現場の場所が脳裏に浮かんだ。
――了解。
そう応答した紗麓は素早く立ち上がると、部室の隅に置いてあった鞄を掴む。和も同様だ。
その様子を見た旋律が、小走りで駆け寄る。
「あ、紗麓、帰るの?」
「……あぁ。急用だ」
心の中で、また何かが蠢きそうになるのをどうにか飲み込み、紗麓は答えた。
「そっか。お疲れ様。じゃあ、また明日ね。都村先輩も、お疲れ様です」
「あぁ」
「お疲れ~」
無邪気に笑う彼女を、まともに見られない。
紗麓はにこやかに手を振る和の横をすり抜け、さっさと歩き出してしまう。
「紗麓……?」
慌てて追いかけてきた和が、紗麓の様子を訝しむ。
「なんでもない。急ぐぞ」
――今は、仕事に集中しろ。
そう自分に言い聞かせながら、紗麓は歩調を早めた。
この話は、プロットを見直した時に無理矢理入れたものなので、若干脈絡がないかもしれません。
今後の前フリとして必要かなと思ったのですが、上手く活きるかどうか。
次がバトルシーンなので、今日はそこまで投稿します。




