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歪んだ世界の終幕  作者: 黒星 落
Chapter2『葛藤』
21/40

scene1『部活風景』

二本目です。


『あめんぼあかいなあいうえお!』


 クラスルームとしては使われていない教室に、演劇部員の声が木霊する。部長の佐吉由香里一人と、演劇部員全員が向かい合う形だ。その周りを竜牌女良が歩き回り、自らも発声しながら、部員一人一人がきちんと声を出せているか監視する。何故か竹刀を持っているが、ジャージの前を開け赤いシャツを出し、袖をまくっている姿には良く似合っている……というよりも()()()()おり、怖くて誰も突っ込めない。


 ちゃんとお腹から声を出さないと、女良にお腹をド突かれる……というと語弊があるが、手の平で押されるので――竹刀使わないのかよ、という突っ込みは、やはり誰も出来ない、というより下手に指摘して竹刀を使われたら痛い――、部員は皆一生懸命に声を張り上げる。


『かきのきくりのきかきくけこ!』


 声を張り上げながら、旋律は左右を盗み見た。横に並ぶ部員の中には、ポニーテールに髪を結わえた紗麓や、和、それからカケルの姿もあり、真面目に声を張り上げている。


 そろそろ当たり前になってきた光景であるが、旋律はいつも嬉しくなって、ついニヤけてしまう。

 

「おせん! にやけてないで声出せ!」

「す、すみません!」


 勿論、それを見逃す女良ではないので、こうして怒られることもしばしばである。


 なお、カケルは声を張り上げているといっても平時より少し声が大きくなった程度なのであるが、カケルが至って真面目というか真顔なので、それが本当に限界の声量であることは、女良だけでなく皆なんとなく納得済みである。


     ◇


 声出しの後は、ランニングと筋トレ、ストレッチだ。


 ランニングは校舎の周りを3周するのだが、紗麓はコースを覚えてからはダントツで先頭を走り、部員たちを驚かせた。


 旋律は早くも遅くも無い真ん中を、カケルは少し早いくらいのところを走っているが、汗をかいているのを見たことがないので、サボっているとは思わないが、本当はもっと早く走れるのではないかと旋律は思っている。なお、和はかなり遅い部類であり、部員たち、特に男子部員が、天は二物を与えないのだな、と彼に親近感が湧いたのは、彼にとって良かったのか悪かったのか。


 筋トレは、二人一組になって、腹筋と背筋を中心に鍛える。


 旋律はいつも紗麓と組み、カケルは和に無理矢理組まされているのがいつもの光景だ。


 旋律は筋トレが終わる頃にはいつもひいひい言っているが、組んでいる紗麓は余裕そうである。一度、着替える時に無理を言って少し見せてもらったのだが、彼女の復部は美しいラインを描き、くびれもくっきりとしている上、うっすらと腹筋が割れており、肌はつるつるで贅肉が全くといって良いほど無かった。思わず横で見ていた同学年の演劇部員、六鳥(むとり)利津(りつ)と一緒に撫で回してしまい、紗麓が珍しく顔を真っ赤にさせていた。なんでそんなに鍛えているのか聞いたが、「習慣だ」とだけ答えられ、それ以上は追及しなかった。旋律は、機会があれば絶対に紗麓と一緒にお風呂に入ろうと、利津と誓った。


 筋トレについては、カケルもやはり全く苦悶の表情を浮かべず淡々とこなしていたので、彼も鍛えているのかもしれない、と旋律は思った。紗麓みたいに腹筋とか割れているのかな、胸板が思ったより厚かったりするのかな、と思わずそれを想像してしまいそうになり、一人で赤くなったのは胸の内に封印している。


 なお、和は旋律以上に苦しそうで、足を押さえるカケルの顔に若干の呆れが浮かんでいるような気がした。


     ◇


 基礎トレーニングが終わると、シーン毎の練習をする。出番が無く手すきの者はそれぞれ自己練だ。二年生以上は多くが自分の出ないシーンにおいては音響や照明なども兼ねており、今日のように体育館を借りられた時は、実際に機材を動かしてみて、より見栄えが良くなるように演出を相談したりする。


 今日も、音響を使ってみよう、ということになり、頼まれたカケルは、女良が体育館の入り口に集まってきた紗麓や和目当ての野次馬を「見せもんじゃねぇぞ!! まだな!!」と追い払っているのを横目に、体育館脇にある音響操作室への階段を昇っていった。


     ◇


「あ、いたいた。カケル!」

「なんですか、先輩」


 音響操作室内で、機材の確認をしていると、和が現れた。


 人懐っこいところのある和は、その人当たりの良さで他の男子とも仲良くなっているのだが、妙にカケルのことを気に入っているのか、こうして時間がある時は大抵、彼の元にやってくる。昼食なども一緒に取ったりする……というか、紗麓目当てに1年C組に来ると、大体既に旋律の元に行ってしまっているので、なし崩し的にカケルを道連れにするというのが実情だが。


 いつの間にやらカケル呼びにもなっているが、ぐいぐいと距離を詰めてくる和に対して、カケルはある種の諦めのような心境で、特に断ったりはしなかった。


 逆にカケルの方も遠慮が無くなってきており、今も返事はしたものの、機材をいじる手は止めないままだ。


 和も全く気にすることもなく、室内を見渡すと、入り口と反対側にあるアルミ棚にもたれ掛かった。精密機械だらけの機器周りに腰掛けないだけの分別はあるようだ。


「ちょっと聞きたいんだけどさ」

「……授業中の織目の様子以外なら」

「おっと、今日のはまだだったね。それは後でじっくり聞くとして……」


 聞くのかよ、とカケルはうんざりした心持ちになったが、ツッコむ気にもならなかった。


「最近、君の周りで何か変わったことはないかい?」


 いつもと同じ調子で言われたものの、カケルはそれが何か特別な意味を持つのでは無いかと推測した。


 何しろ和は、紗麓と同じ【消音装置】のメンバーだ。おそらくこれも捜査の一環なのだろうと想像がつく。


「変わったこと、ですか」

「うん。なんでも良いんだけど。クラスの中とか」

「それこそ織目に聞けば良いと思うんですが」

「それはそうなんだけど、違った目線も欲しいかなーって」


 にこにこと微笑む和からは、裏の思惑は探れない。


「はぁ。特にないと思いますけど」

「そうだよねぇ」


 嘆息する姿を見れば、情報収集は上手くいっていないようだ。


 心当たりは、実を言えばあった。その情報は、カケルたちには関係なく、しかし和たち【消音装置】には関係しそうなもの。


 目を逸らさせるという意味でも、教えても問題ないかどうか。カケルは少し考えてから、言った。


「強いて言えば……登校してきてない奴がいますけど」


 カケルの言葉に、和は目を細めた。


「へぇ……それって、いじめとか?」

「いや、そいつはどちらかというと苛める側だと思うので、違うと思います」


 その生徒――竹薮八桁を思い浮かべながら、カケルは言った。


「苛める側、ね。あんまり素行が良くない感じ?」

「そうですね。授業をサボることははたまにあった気もしますけど、丸一日、それも連続でってことはなかったと思います」

「なるほどねぇ……それっていつ頃からなの?」

「正確には分かりませんが。二週間くらい、ですかね」

「ふむふむ……」


 そこまで聞くと、和は何かを考え込むようにした。しかしすぐに我に返ると、カケルに向かって面白そうに口角を上げる。


「何でこんなことを聞くのかって、聞かないんだね」

「聞いたら教えてくれるんですか」


 カケルに動揺はない。あったとしても、紗麓ほどの目の持ち主でなければ、気づけないだろう。


「どうしようかな。気にならない?」

「別に。織目の話より優先するなんて、よっぽど聞きたいんだなとは思いましたが」


 カケルがそう言ってやると、和はきょとんとしてから、笑い出した。


「ははは! これは一本取られたな! 確かにそうだ、俺らしくもない。他の奴に聞くときは、気を付けるよ」

「はぁ」


 目尻に涙すら浮かべ、和が腹を抱えて笑うのを、カケルは無表情に眺めた。


「やっぱり面白いな、カケルは。そんな君だから、聞きたい」


 そう言うと、和は急に真剣味を帯びた顔になった。


「【怪盗】についてどう思う? あぁ、僕たちの劇に出てくる奴についてじゃない。この町にいる【怪盗】についてさ」


 その問いに、カケルの瞳が僅かに揺れる。


 どういう意図での質問か、判断は付かない。


「どう、とは」

「率直に言ってくれればそれでいい」


 一般市民から見た、【怪盗】。なかなかに答えにくい質問だなと思いながら、カケルは少し考えて、言った。


「時代錯誤だな、とは思いますが」


 その答えは意外だったのか、和は少し虚を突かれたような表情をしたが、すぐにいつもの、面白いと言いたげなにやけ面に戻した。


「なるほど、時代錯誤か。確かにそうかもね。でも、僕はそうは思わないな。逆に、こんな時代だからこそ、【怪盗】なんてやれるんじゃないかって思う」


 【消音装置】所属の、つまり【怪盗】を追う側の人間である和がそう言うのに、カケルも少し興味が湧いた。


「それをやれる【歪み】ってことですか」

「それもあるけど……そうじゃなくて、こんな【歪んだ】世界だからこそ、【怪盗】みたいな存在が必要なんじゃないかとすら思うよ。だってさ、世界が【歪ん】じゃってるんだぜ? 普通に考えたら、絶望だよ。世界が【歪む】だなんて、昔の人は思いもよらなかったと思うな。こんな世界で、【歪み】を抱えて生きていかなきゃいけないなんて、どんな拷問だよ。なんでこんな世界で、生き続けなきゃならないんだ」


 和はそこで言葉を切ると、瞳を閉じた。何かをこらえるように唇を噛みしめ、拳が震えているのは、何かを思い出しているのだろうか。


「でも僕はね、この町に来る時、【怪盗】なんて存在がいるって聞いたとき、正直言ってワクワクした。だって、【怪盗】だぜ? 神出鬼没で、夜を自由に飛び回り、厳重な警備なんてものともせず、予告通りに颯爽とお宝を奪っていく。物語の中にしかいなかった存在が、僕が生きているこの時代に実在するなんて、面白いじゃないか。この世界もまだまだ捨てたもんじゃないなって、そう思ったよ。憧れすら感じたね」


 そう言う和の表情は、嘘とは思えなかった。


「だからこそ……【メインディッシュ】は違うな、って思ってる。いたずらに破壊を振りまいて、人々を怯えさせるなんて、【怪盗】のすることじゃない」


 和の表情は真剣だ。真剣に、【メインディッシュ】と対決しようという決意が見えた。あるいはそれは、カケルが和が【消音装置】の人間であると知っているから、そう見えるだけなのか。


 カケルは何も言わなかった。


「この町には、もう一人、【怪盗】がいるんだろう? 名前は忘れちゃったけど、静かに、確実にターゲットを奪っていく、僕が思う【怪盗】そのものの奴がさ。彼は今どこで何をしているんだろう? ……出来ることなら、彼に会ってみたかったな」


 ふ、と力を抜いたような笑みで、和は呟くように言った。


 カケルは何も言わなかった。


 カケルは――何も、言えなかった。



 和もそれきり黙り込み、妙な沈黙が音響操作室の狭い室内に落ちたとき、


『おらぁ! 都村ぁ! どこで油を売ってやがる!』


 体育館中に響き渡る怒声が、消音マットが敷き詰められて外の音が聞こえにくいはずの音響操作室の中にまで届き、和はびくり、と飛び上がった。


「うわ、やっば! 女良さん怒ってる! 戻らないと……こりゃどやされるなぁ。はは、変な話をしちゃってごめんね……って、うわ!」


 慌てて部屋を出ようと身を起こそうとした和の手が、棚に積んである段ボールの一つを引っかけて落としてしまった。


 段ボールは上が止められていなかったため、埃と中身が散らばった。


「あっちゃ~」

「良いですよ、片付けとくんで。早く戻らないと」

「ごめん、お願い!」


 天を仰ぐ和に、カケルがそう声をかけると、和はばっと手を合わせて、慌てて部屋を出て行った。


 しばらくは女良のお説教が続くだろう。練習の再開まではまだ余裕がある。


 カケルは和に心の中で手を合わせてから、床に散らばったものを段ボールに戻していく。


 それらは、使っていない予備の備品のようだった。


 順番に箱に詰め直していく途中、一冊のノートが目に入った。


 ケーブルなどの備品の中で、異質なそれを手に取ったとき、カケルの手が止まった。


「……これは」


 カケルの目が僅かに大きくなる。


 そのノートには、『活動記録――演劇同好会 会長 心在ニスイ』と記載されていた。


演劇部の活動は雰囲気で書いています。もし演劇部経験のある人がいたら、うちはこんなだったよとか教えて貰えると。


ここが変態:紗麓のお腹について。撫でたいお腹。

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