scene0『不協和音』
第二章、スタートです。ちょっとずつ、非日常が混ざっていきます。
割烹で予告しておりましたとおり、何本か投稿したいと思うのですが、今まさに編集中のためどこまでやれるか……。頑張ります。
思い出すのは、肉が焦げる臭い。紅蓮に染まる視界。悲鳴と泣き声の合唱。
めらめらと燃える廃屋を、竹薮は眺めていた。無感情に、歪な笑みを讃えて。原初の記憶に、脳を焼かれながら。熱心に、ひたすらに見つめ続ける。目の前の光景を、目に焼き付けるように。
「く、く……」
喉の奥から、息が漏れる。誇りと、憎しみが混じったような、笑い声だった。自らの【力】に対する、彼の対処法は、ひたすら嘲うことだけだった。
いつまでも見ていたい気分だったが、長居するわけにもいかない。踵を返そうとしたその時、じゃり、と石の粒を踏む音が聴こえた。
「調子はどう、放火魔さん?」
いつの間に、そこにいたのか。背後からかけられた声に、八桁は極力平静を装いながら、応えた。
「上々だよ……和音サン」
振り返れば、くたびれたスタジャンに両手をつっこみ、制服らしき折り目のついたミニスカートに、ハイソックスという出で立ちの少女――不協和音がそこに居た。目は長めの前髪に隠されよく見えず、口許は、常に微笑を湛えているが、どんな感情を抱いているのかは分からない。唯一分かることは、目元にほくろがあることと、香水らしい何かの花の仄かな香り。特徴らしい特徴を掴めないのは、いつものことだった。
「そ。それなら良かった……のかしらね。まぁ、世間一般には、良くないことなんだけど」
そんなことを言いつつも、八桁の起こした炎を微笑んだまま見つめる様からは、“世間一般”を気にしているようには見えない。
――相変わらず、何を考えているのか分からねぇ女だ。
彼女はいつの頃からか、八桁が放火した現場に現れては、その痕跡を抹消していくようになった。どういう訳があってのことか、どうやってかも、八桁には分からない。契約も、約束も、取り決めも無い、曖昧な関係であった。
「あんたには感謝してる。俺様の【力】を思いっきり使えるのも、あんたのお陰だしな。だが、仲間にはなったつもりはねぇ」
「はっきりしているのは、好ましいわ。羨ましいとも言えるかしらね。えぇ、それで構わないわ。私たちにも、仲間なんて繋がりがあるかどうか、分かったものでもないのだし」
相も変わらず炎を見つめたまま、和音は言う。
「私たちみたいなティーンエイジャーは、どこかで発散しないと、すぐ自分の【歪み】に飲まれてしまうもの。私は、その手助けがしたいだけ。仕方ないことなのよ。例え世間から雑音と蔑まれようとも、ね」
「ハッ……【力】の無い奴等がいくら騒ごうと、それこそ雑音ってもんだぜ」
「ふふ、そうかもしれないわね」
同意して含むように笑いながら、しかしこちらを見ない和音に、八桁の心は泡立つ。
淡い微笑みを湛えたまま、ただただ炎を見つめるその姿が、心底どうでも良さそうで。まるで、八桁のことなど全く興味がないと言わんばかりの態度に感じた。
「ねえ、どうして避けてるの?」
だから、不意打ちのように、目を合わせてそう訊かれ。息が、詰まった。
「はっ、急に、なに訳わかんねーこと言ってんだ?」
「あら、自覚がないのかしら。それとも、あるけど隠してる? 曖昧ね。うふふ……」
少女は自らの言葉にツボに入るところがあったのか、抑揚の無い声で上品に、しかしどこまでも不気味に笑う。
「貴方は気まぐれにあっちこっち放火しているようで、一角だけ避けているようね? それはもう、私にもはっきりわかるくらい」
いつも曖昧なことばかり言う和音に、見透かされたようなことを言われ。
「……避けてる訳じゃねぇ。あそこは、まだってだけだ」
内心の動揺を悟られないように、八桁は言う。
「ふぅん。まぁ、どっちでもいいわ。貴方の好きにやると良いわ」
「最初から、そのつもりだ」
「そ。じゃあね。いつも通り、この辺りの人払いは済ませてあるわ」
辺りに、霧のようなものが立ちこめる。ぼんやりと、唯でさえはっきりとしなかった少女の輪郭が曖昧になっていき、霞とともに、ついには消える。
現れるのも唐突なら、消えるのも唐突で。彼女が付けている香水の匂いが、微かに漂っているのみだった。
◇
「あ、伝えることがあったような気もするわね。なかったかしら。まぁ、どうでもいいか」
八桁の前から消えた和音の姿は、そこから数キロも離れた町外れの廃ビルの中にあった。
この街に【消音装置】という、政府直属の捜査機関が来ていることを八桁に伝えようかと、気まぐれを起こしたこと……当初会いに行った目的すら、曖昧になっていた。八桁と話したことも、その時思い浮かんだことを言っただけ。
「あ、おかえりなさいであります、リーダー!」
和音の姿を目聡く見つけ、駆け寄ってくる少年は、何故か滂沱の涙を流していた。
「……ただいま。あとリーダーじゃないといつも言っているでしょう……言っていなかったかしら」
――ただいま、ね。
その言葉は“家”に対して使うものだとすれば、それを使う自分を滑稽に感じる。
和音はここに、帰属意識などないのだから。
そんな感情を微笑みの内に隠しながら、和音は少年を撫でた。
「みんな言っているであります。僕たちのリーダーは和音さんだ、って。僕もそう思うであります」
涙を滝のように流しながら、少年はニコニコと笑う。
「私がここにいるのはなんとなく、よ。みんなのことだって、集めた訳じゃない。勝手に押しつけないで欲しいんだけど、ね」
「僕は和音さんが好きだからここに居るであります」
「そ、ありがと。私は貴方のこと、別に好きでも嫌いでもないわ」
「ショックであります!」
微笑みながら和音がそう言えば、少年はこの世の終わりというような顔をした。
「和音さんはいけず、であります。最近は八桁君にばかり構っているであります」
涙を零しながら、少年は口を尖らせる。
「そうだったかしら?」
「そうであります!」
泣きながら憤慨する。
「そこの泣き虫じゃねーけどよ、同意だぜ、和音。俺らの中にだって、暴れたい奴はいるんだぜ?」
肩で風を切るように歩みよってきたボンタンの少年が、犬歯をむき出しにしてそう言えば。
「ちょっと馬鹿、気を付けてよ! あんたの風、肌が乾くのよ!」
保湿クリームを腕に塗りながら、少女が憤慨し。
「お前ら、やめろ。和音に迷惑だろ」
と、いかにも硬そうな大男が窘め。
「俺の右手が疼いていやがる……くっ、鎮まれ……!!」
片眼に眼帯、包帯を巻いた右腕を震わせ、それを片手で抑えながら少年が戦慄き。
「外、寒いから、やだ」
いつの間にか傍にいた、夏前だというのにもこもこしたダウンジャケットを着込んだ少年が否定する。
「お外怖いお外怖いお外怖い……」
俯いた少年はぶつぶつと何かを呟いている。
全くまとまりのない、グループとも言えない少年少女の中心に、和音は居た。
「和音、八桁は仲間になりそうか?」
「さぁ」
その中でも硬そうな少年が問えば、和音は肩を竦めた。
「さぁって……勧誘しているのではないのか?」
「してないわよ、別に。あの子が来たいなら来れば良いし、来ないなら、それで良いじゃない?」
硬そうな少年が眉を顰めるも、和音はそっけない。
「だったらよぉ。アイツばかりじゃなくて、俺らも遊ばせてくれよぉ」
下げ気味に穿いたボンタンのポケットに両手を突っ込んだ少年が、媚びるようにそう言えば、和音は微笑んだ。
「別に。遊びに行きたいのなら、付き合ってあげなくもないけれど?」
「さすが和音、話がわかるぅ♪」
その答えに、ボンタンの少年は喜色を浮かべた。
「右手の封印が限界だ。力が、暴れたがっている……俺も行く……!!」
「構わないわ。他に行きたい子はいる?」
眼帯の少年が便乗するのにも和音は頷き、ぐるりと周りを見回す。
「僕はお留守番してるであります」
「あたしはパース。お肌乾いちゃうもの」
「俺もパスしておこう」
「寒いの嫌……」
「お外怖いお外怖い」
「そ。なら三人で行きましょうか」
否定が返ってきても、和音は気にする様子もなく、踵を返す。その背に、
「なぁ、和音。俺たちは……このままで、良いのか?」
硬そうな少年の声がかけられた。和音の足が止まる。その場の皆の視線が集中するのを感じた。
その言葉には、このまま目的もなく、衝動的に行動するだけで良いのかという不安、気まぐれに行動する和音を非難する色も僅かに含まれていた。
和音は否定するが、この場に居る少年少女らは、紛れもなく和音を頼ってきたものばかり。自らの【歪み】と上手く折り合えず、社会から切り離された彼らは、目的もなく無為に日々を浪費していくことに、漠然とした不安を抱いている。
集団には、統率者が必要だ。しかしその立場を求められている和音は、
「さぁ? どうかしら」
と、どうでもよさそうに肩を竦めると、歩みを再開した。ボンタンの少年と眼帯の少年が、慌てて追従する。
気まぐれに助けたら、いつの間にか居座るようになった彼らに、和音は何らの責任感も抱いていない。自分たちを一個の集団だとすら、和音は思っていなかった。自分をリーダーと仰ぐのは勝手だが、それを押しつけるのは止めて欲しいと、和音は思っていた。
――私に目的や予定なんて……合ってないようなものだもの、ね。
自嘲的な呟きは、曖昧に微笑む口から零れることなく。彼女の姿とともに、宙に溶けていった。
この和音というキャラは結構お気に入りです。不気味な感じが出ていれば良いのですが。
前話から悪者側2連続ってどうなのかしらと思わなくもない。
こんな雰囲気でやっていきますので、よろしければ引き続きお付き合いください。




