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歪んだ世界の終幕  作者: 黒星 落
Chapter1『怪盗、探偵、平凡』
18/40

scene17『孤児院(いえ)』

次話で一章終わりです。


「あ! 帰ってきた! 旋律! メシ!」

「旋律お姉ちゃん!」

「お帰りなさい!」

「お帰り……」


 玄関の扉についている鐘が、からころと鳴ったのを聞きつけると、子供達は遊んでいた手を止め、帰宅した旋律を出迎えるために、玄関に駆けつけた。


「みんな、ただいま。良い子にしてたかな?」


 旋律も笑顔で応え、しゃがみ込んで鞄を置くと、子供達の頭を撫でてやった。


「旋律、お帰りなさい」

「【先生】、ただいま。遅くなってごめんなさい、すぐ夕飯の準備するね」


 足元で「旋律お姉ちゃん、お腹すいた~」とじゃれつく“妹”を撫でながら、奥から出てきた女性――この孤児院の経営者であり、子どもたちの母である、【先生】――梨原(なしばら)(なつめ)にも応える。


「良いのよ、別に。私がこれからやりますから。部活で疲れてるんですから、先にお風呂に入ってきなさいな」


 棗がそう旋律を労えば、旋律も、


「もう、いつも言ってるでしょ? 部活をしてるのは私の我が儘なんだから、夕飯の準備はする、って」

「貴女はここの娘なんですから、好きなことをするのに遠慮なんか要らないの。ここの家事は私の仕事なんだから」

「じゃ、遠慮はしないでお料理してもいいんでしょ? 私、お料理好きだもの。ね?」


 笑顔で詰め寄る旋律は、有無を言わせぬ妙な迫力がある。いつもの優しい言い合いは、今日も旋律に軍配が上がった。


「やれやれこの子は……。いつからこんな屁理屈上手になったのかしら」

「旋律は頑固だからなー」

「まぁまぁ、親孝行ってことで。その代わり、練習がもっと本格的になったら、お願いするから」


 旋律は、生意気を言う“弟”のつむじを指でうりうりとしながら、苦笑する棗にウインクする。


「わたしも手伝うー!」


 お姉さんぶりたがる“妹”が元気に手を上げる。


「ありがと、ナミ。でも、キッチンは狭いから、それなら、取り込んだ洗濯物を分けて畳んでおいてくれる? ソータも一緒にね」

「分かった!」

「えー」

「ソータ、文句言わないの!」

「何だよ、旋律ねーちゃんの真似して、お姉さんぶってさ」

「何よ!」

「何だよ!」

「喧嘩しないの。みんなで仲良くやれば、早く終わるから。コウはミツオの鼻を拭いてあげて。あと鞄もお願い」

「はぁい」

「ちぇ、わかったよ」

「うん……ほら、ミツオ」

「う~」


 ソータとナミが駆けていき、苦労人のコウが鼻を垂らしたミツオの手を引いていく。その後を、棗がゆっくりと追う。


 自分に懐いてくれている弟妹たちと、それを見守ってくれる【先生】のことが、旋律は大好きだ。笑みを零しながら、夕飯の準備をするためにキッチンに入った。


     ◇


「いただきます」

「「「「いただきます!」」」」


 食堂でみんなで手を合わせると、子どもたちは我先にとご飯を掻き込んでいく。


「おいしい?」


 と、旋律がソータの頬についたご飯粒を取ってやりながら聞けば、


「ふつう!」

「そ、そう……」


 なんとも元気に返されて、地味にショックだ。


「ソータ、そういうとき、男の子はとりあえず“おいしい”って言うもんなのよ。それで、“マイアサキミノツクッタミソシルガノミタイ”って言えば完璧ね」

「………………」


 おませなナミが得意げに教えるのに、思わず絶句する。


 我が家の食卓は、今日も賑やかだ。


     ◇


 夜。子どもたちを寝かしつけてから、旋律は孤児院に隣接する礼拝堂に居た棗の元を尋ねた。


「みんな寝たよ」

「そう……旋律が居てくれて助かるわ。って言っても、ここの目的からすると、良くないことなんだけど。あなたと同じくらいの年の子は、みんなここを“卒業”しているのに……」


 苦笑する棗に、旋律は首を振る。


「良いんだよ。みんないい子だし、私、ここが大好きだから。それに……」

「“約束”があるから?」

「うん」

「懐かしいわね。昔、貴女が【怪盗】に会った、って言い出した時は驚いたけど……それから貴女は明るくなったわ。それまでは談話室に篭りきりだったのが、今じゃみんなの“お姉さん”だもの。こんな【世界】になってしまって、誰もが自分のことで精一杯なのに、立派だわ」

「一人じゃない、って教えてくれたから。それに、こんな【世界】に負けちゃだめだって。私、みんなにも教えてあげたくて」

「そう……。あの子達、ここに来た時はみんな世の中を、親を、自分の【歪み】を恨んでたのに、今じゃ貴女に好かれたい、褒めてもらいたいって言ってるもの。やれてると思うわ」

「そうかな……えへへ」


 はにかむ旋律を、棗は優しく撫でる。棗の前では、旋律も娘の一人だ。


 礼拝堂には、赤子のようなものを抱く、顔のない、聖母の像があった。【歪ん】でそうなったのか、初めからそうだったのかは分からないが、それは、旋律にとって当たり前のようにそこにあるもの。


 旋律はいつもそうするように、跪いて、目を閉じ、胸の前で両手を組む。


 誰に教わった訳でも、誰に言われた訳でもなく、一日の終わりにそうすることが、習慣になっていた。


 日々の安寧を、健康を、家族の無事を、世界の平和を。


 人によって、宗教によって、願いや形は違えど、祈るという行為は、世界が【歪ん】でも変わらない。


 静寂が、礼拝堂を包む。


「私もここに住んで長いけれど、未だにここが何の教会だったのか、分からないわ。教典らしい教典もないし」


 しばらくして、旋律が目を開くと、それを見守っていた棗が、今し方祈りを捧げていた像を見上げて言った。釣られて、旋律もそれを見上げる。


「不思議だよね……私、この像、好きだな。【先生】と同じ。なんだか、優しい感じがするの」

「私、信仰って、本質的には心に捧げるものだと思うのよ」

「心……?」


 棗の言葉に、旋律は首を傾げる。


「そう。あるいは、心の在り方というべきかしらね……。神、あるいは聖人、尊ばれる人間は、こういう心を持っていた。だからそれに沿った心であるようにしていれば、救われる。あるいは、自分も聖人に近づける。儀式や様式は、形に沿うことで心を作る。もっとも、それでは他の在り方を退ける人々までは説明出来ないけれど」


 何かを悼むように、棗はそう言った。


「そういう意味では、この聖母像も誰かを象ったものではなく、もっと漠然とした、母性とか、“母なるもの”をイメージしてるんだと思えば、顔がないのもしっくりくると思わない? 抱いている子も特定の誰かじゃなく、生まれたもの、生まれくるものを表しているんだと思えば、この教会を作った宗教の基にあるものが、博愛主義とか、そういうイデオロギーでカテゴライズされた行動、志向じゃなくて、もっと人間、いや動物の根底にある何か……本能みたいなものに感じられるのよ」

「なら、ここにはぴったりだね。何かの理由で捨てられた子供達を集めて、まとめて愛してあげる」


 旋律はにこりと笑って言った。


「ふふっ、そうね。必要だと思ったから。こんな世界じゃなくても、いえ、こんな世界だからこそ、ここが存在する意味っていうのもあるんじゃないかってね。――そうしたら、貴女が来た」


 棗はじっと旋律を見つめた。


「【先生】?」

「旋律。私はこんな時代に貴女という【例外】が生まれたことには、きっと意味があると思うのよ。けれどそれが何なのか、私には分からないし、教えられないけれど。貴女を見ていると、そう思えるの」

「私が……生まれた、意味……?」


 旋律の瞳に、不安の影が過ぎる。


 棗がどうして急にそんなことを言うのか、どうしてそう思ったのか、分からなかった。


 棗は愛しい娘に向けて、優しく微笑んだ。


「難しく考える必要はないわ。貴女が、貴女らしく、優しい貴女のままでいれば、きっと分かる日が来る。そういうものよ」

「……そう、なのかな」

「ふふ。ごめんなさいね、急に変なこと言って。もう寝ましょうか」


 まだ難しい顔をしている旋律を促して、棗は立ち上がった。


「演劇の練習も大事だけれど、夜更かししすぎないようにね」

「うん。分かった」


 素直な旋律に、棗のいたずら心が湧いた。にやりと半笑いになって、言う。


「夜更かししすぎると、お肌に悪いわよ。隈とかニキビが出来たら、好きな人に会うの恥ずかしいでしょう?」

「い、居ないよ、好きな人なんて!」


 顔を赤くして、おやすみ、と叫んで逃げ去る旋律に、これは本当に春が来たかしらね、と思いながら、棗は微笑んだ。


読んでいただきありがとうございます。温かい感じが出ていれば良いのですが。

宗教周りの話はいつも通り雰囲気です。大した設定や作者の主義主張がある訳でもないので流してやってください。

ちょっと富野作品の台詞回しを意識した台詞があるのだけれど、分かる人いるでしょうか。ブレンパワード大好き。


ここが厨二:すぐ孤児にしちゃう。

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