scene16『カケルと和』
前回のシーンと同じロケーションなので、同じシーンとしても良かったのですが、カケルと旋律のシーンは一応分けたかったので。
「詩涌間さーん。紗ろ……織目さんが探してたよ……っと、ゴメン。お取り込み中だったかな」
旋律の背後から、和が駆け寄ってきた。カケルと旋律を見比べて、肩をすくめる。
カケルは【チーム】の関係者であると思しき人物に、気付かれない程度に気を引き締めた。
「いや……」
「と、取り込んでた訳じゃありませんから、大丈夫です!」
拳を上げていた所に来られて恥ずかしかったのか、旋律が慌てた反応を見せた。
「そう? ……でも、詩涌間さん的にはお邪魔だったかな?」
和が旋律に耳打ちする。小声のつもりだったようだが、カケルにもばっちり聞こえていた。
「え、えぇえええ~!?」
と素っ頓狂な声を上げて飛び上がる旋律。
「な、何言ってるんですか!? そんなことは、別に、その……」
ちらちらとカケルを見ながら、また赤くなった旋律が和に弁解する。
「そう? みんな噂してたよー。詩涌間さんがわざわざ誘ってきたということは、絶対なんかあるって」
「な、ななな、何言ってるんですか! 違いますっ、そんなんじゃなくって、えーと、そう人手不足だし、それだけ……って訳でもないこともないこともないっていうか、」
あわあわと取り乱す旋律を、カケルはやっぱり変な奴だと思いながら見ていたが、話の流れ的に、どうも自分はこの場を去った方が良さそうだと判断した。
「じゃあ、僕は帰るから」
即断即決、即時撤退の意志を告げる。
「えっ、あ……」
しゅるるる~、と音が聞こえそうな勢いで、旋律のハッスルぶりが収束する。
「あれ? もう良いの?」
和の確認はカケルではなく、旋律に向けたもの。
「は、はい。心在くん、じゃあ、えと、また……」
「あぁ。また、部活で」
旋律のぎこちない別れの挨拶に応え、スッと踵を返して、カケルはその場を立ち去るべく、廊下を歩き出した。何か言いたそうにしているのが気にはなったが、【チーム】の人間と思しき人物とあまり同じ場にいたくもない。
「おーい、ちょっと待ってー」
しかし、その背を、その和が追ってきた。
和はカケルの隣に来ると、ねぇねぇ、と人懐っこく声をかけてきた。
カケルとしてはあまり好ましくない状況だ。
「何ですか」
「ありゃ、機嫌悪い?」
カケルのつっけんどんな声に和が若干引いていた。カケルとしては、これでもなるべく自然に声を発したつもりだったのだが。
「いえ、これが僕の地なので。気にしないで下さい」
「そう……てっきり、俺が詩涌間さんとの逢瀬を邪魔しちゃったから怒ってるのかと思ったよ」
そういうことを本人の前で言ってしまうのは、一般的には空気が読めないというのだと思うのだが――それでいて、昨日の今日で演劇部に馴染んでいるというのは、社交性が高いというのかなんなのか。
皆の前では使っていなかった俺という一人称も、使い分けの一種なのかもしれない。意識してのことかそうでないのかは、分からないが。人は、その時に応じて仮面を使い分けるものだから。【消音装置】という特殊な部隊に居るほどの男、見た目通りの優男ではないはずだ。決して油断するべきではないと、カケルは思った。
それはさておき、この場合はそもそも前提となっているその“空気”がないのだから、読むも読まないもない。
「別に……彼女とは昨日会ったばかりで、そういう関係じゃありませんよ」
淡々と事実を告げると、和は拍子抜け、といった表情を浮かべた。
「本当にぃ? 昨日会ったばかりの子に誘われて、これまで全く来なかった演劇部に来たんでしょ?」
「暇だったんで、受けたまでです。それよりなんですか」
逃げられそうもないなら、とっとと本題を済ませてしまおうと、カケルは冷静な口振りで和を促した。
「紗麓のことは、聞いてる?」
声を潜めて、それまでとはうってかわった真剣な表情で、和はそう聞いてきた。
「……【飴】のことは」
その豹変ぶりに驚きつつ、カケルも答える。
「そっか……同じクラスみたいだし、君も気にしておいて欲しい。負担かもしれないけど、頼むよ」
和が頭を下げる。こちらに探りを入れている様子は一切無く、ただ真摯に紗麓の身を案じていることがわかった。保護者のようなと言えば良いのか。いや、それだけでもない、何か特別な感情が見えた。同じ【チーム】の人間だからというには、それは親身すぎる感情に思える。家族ではないとすれば――否、それを自分が考える意味はあまりない。【怪盗】を辞めた今、【探偵】と積極的に対立する理由はない。だから、
「分かりました」
と返した。
「本当かい? いやぁ、助かるよ」
ふっ、と安心したように笑う和の表情はその名にふさわしく、カケルは「彼なら確かに舞台映えするだろう」と心の片隅で思った。
「一応言っておくけど、俺は紗麓のこと好きだからさ。家族としてじゃなく、女の子として守っていきたいと思ってる。向こうに今のところその気がないのが辛いところなんだけど……今にデレ期が来ると俺は信じてる」
「はぁ」
別に言わなくても良いのにと思いながら、カケルはどうでも良さそうに相づちを打った。事実どうでも良いことではあるのだが、一方では紗麓のことを考えた。
あの時、自分は彼女に自分と似ていると言ってしまったが……彼女は孤独ではない。家族以外の誰かにこうも大切に思われている。それはカケルとは決定的な違いだった。
「だから、君は間違っても紗麓に惚れないように。クラスも一緒とか……くそぅ、羨ましい。俺も授業中に視線を交わしてドキドキしたりしたい!」
一瞬の内に話が訳の分からない方向に飛んでいってしまっていた。
「いや、ないですよ」
「なにぃ!? 紗麓に惚れないとか、あり得ないだろ!? あ!? っていうか紗麓の方が君を好きになる可能性もあるのか!? 同じクラス、同じ部活、他の男子より多くの時間を共有していく内に、二人は……ガッデム!!」
「面倒くさいな、この人……」
カケルにしては珍しく、思ったことをそのまま言ってしまった。
「いやぁ、ごめんごめん。紗麓のこととなると、ついね。でもそっか、君には詩涌間さんがいるもんね」
「いや、そういうことでもないんですが」
「でも、彼女の方は君にまんざらでもなさそうだと思ったけどね」
「……ありえませんよ」
なんだか調子が狂うなと思い、カケルは肩をすくめながら言った。
「そうかな? 端から見てると、彼女は……」
「それは、詩涌間が事故に遭いそうだったのを助けましたし、話もしました。でも、それだけです。彼女が僕に対して多少なりとも感情を持っているとすれば、それは恩が大部分でしょう。何か返したい、という。僕はそんなこと気にしなくて良いと思っているし、実際気にするなとも言いましたが、彼女は人の“親切”を大事にしそうですから。じきに興味も薄れるでしょう」
声の調子を微塵も変化させず――カケルは語った。
「ふぅん……えらく自虐的というか……割り切ってるね?」
「本当の意味で」
と、カケルは努めて冷静に言った。
「……本当の意味で、僕を好きだとか嫌いだとか思える人間なんて――僕に対して、何らかの感情を持ち続けることが出来る存在なんて――いませんよ」
その声は、どこまでも冷たく。
「でも君の方は、そうじゃない」
瞬きを途中で止めるように目を細める。カケルが持つ数少ないはっきりした感情表現――睨みを受けて、和はおっと、と嘯いた。
「あまり茶化して良い話ではなさそうだね」
そう言いながらも、和は面白そうにカケルを眺めた。カケルは答えない。
「でも、ますます君が紗麓のお眼鏡に適うような気がしてきたよ。いや、本当に。あの子は普通の奴には全く興味を示さないけど、君みたいな不思議な奴に対しては好奇心がくすぐられると思う」
「………………」
こうまで混ぜっ返されると、どう反論しても無駄だという気がしてきて、カケルは目を合わせないことでささやかな抵抗を試みた。
「というより、俺の方が君に興味が湧いてきたな。君は全く接したことないタイプの人間だ。実に面白いよ」
「…………」
「あらら、今度こそ機嫌損ねちゃったか。でも、本心だよ? それに、君を見ていれば【怪盗】役の参考になる気がしてきたよ」
「……こんな【怪盗】、居ませんよ」
吐き捨てるように、カケルは言った。
「そうかな……居ても良いと思うけどね。さっきも言ったけど、君にはなんていうか、良い意味で浮世離れしているというか、不思議な雰囲気がある。それは俺にはないものだ。まぁ真面目な話、部活の時にちょっと研究に付き合ってもらうくらい良いだろ? 先輩を助けると思ってさ。これでも大役を預かって緊張しているんだよ。演劇部の新参者同士ってことで、仲良くしてくれると嬉しいな」
「そう言われれば、断る理由もないですが……」
気分としては、断りたかった。渋々といった感じがよく伝わって欲しいと思いながら、カケルは頷いた。
「ありがとう、よろしく」
「ここまで僕に絡んできた男子は、あなたが初めてですよ」
にこやかに手を差し出す和に、カケルはそう言って応じた。
「それは君とちゃんと話したことがないからだと思うけど。そうじゃないなら、よっぽど見る目がない人間ばかりなんだな、君の周りは」
おどけてウインクなどしてみせる所も嫌みがない。憎めない男だと思いながら、カケルは肩をすくめた。
それにしても、と思う。
――最近は人と話す機会が多いな……。
原因を記憶の内に求めてみると、誰かの笑顔が頭をよぎった気がした。
読んでいただき感謝です。
今回のどうでも良い話:和の一人称は「僕」で統一するか悩みましたが、彼は使い分けが出来る男なので、同世代の男子であるカケルに対しては「俺」で話しているということにしました。後々破綻しそうですが、カケルと話しているとどっちがどっちだか分からなくなりそうというメタ的な話もあり……。逆に普段から「俺」でも良い気もしますが、初登校の時紗麓と話しているシーンの和は「僕」って感じ、しません?




