scene12『二つの再会』
本日4本目です。
カケルはいつになく焦っていた。
「ようやく見つけたぞ。お前が心在カケルだな――」
織目紗麓が、昼休みになると同時、自分の前に立ったのだ。転校生で【探偵】である彼女が自分に用があるとすれば、【怪盗】絡み以外に思いつかない。
目立たないようにと決めていたのに、やはり既に目星をつけられていたのか。
いや、まだ向こうに確証がない可能性もある。ならば、ここで動揺した様子を見せる訳にはいかない。
「……あぁ」
出来るだけ、自然に頷いたつもりだが、彼女の観察眼は自分の変装すら見破ったのだ。安心は出来ない。他人の真似はいくらでも出来るが……平静な自分を演じるなんて真似は、困難だ。だがやるしかない。
「聞きたいことがある」
そう切り出され、カケルは対応を迷う。とりあえず、動揺を悟られていないのであれば、ここは会話を続けるべきかと思い、無言で頷く。
「お前は演劇部に所属しているハズだな。違うか」
――本題はまだ切り出さない、か。
搦手で来ようという訳だ。
「入部届けは、出したけど」
とりあえず、素直に答えておく。問題は、このあとだ。
「そうだろう。だが、お前は部活には参加していない。そうだな?」
「あぁ」
どうやって調べたのかは知らないが、大した組織だ。もちろん潜入している以上は時間の問題だったろうが、その手腕にカケルは内心舌を巻いていた。
「それは何故だ? 例えば――アルバイトが忙しい、とかかな?」
――バイト、ね。
そう来たか、とカケルは思った。さて、どう答えるべきかと僅かに思案。
「いや――家事の手伝いでね」
――正確には家業だけど。
このくらいの答えが無難だろう。家族構成などの情報は姉が秘匿しているハズだが、漏洩していたとしても――そんなことはほとんど有り得ないが、万が一――三人家族であることが知れているなら、逆に説得力がある。姉は表の仕事もあるから、弟である自分が家事をしているというのは、理屈に叶っている。
「なるほど、家事……か。ふむ……しかしそれは、部活に出る暇もないほどに忙しいものか?」
――このぐらいで納得してはくれないか。
限りなく黒に近いと思われているなら、このまま彼女のペースで進められるのは危険だ。一度反撃する必要がある。
「やけに絡むな――演劇部と君になにか繋がりがあるのか?」
【怪盗X】は彼女が【探偵】であることを知っている。ならば逆に、心在カケルはそれを知らないと思わせれば良い。
だが、カケルはそれが失敗だと思うことになる。
「ん――意外だな、知らないと言うのか?」
すっと目を細めた紗麓のその言葉で、カケルははっとした。
彼女はカケルを焦らすことで、こちらがその一言を言うのを待っていたのだ。何かしらの【切り札】を、切るために。
「知っていると思っていたんだがな。私が――」
果たして紗麓が言葉を続け、カケルが覚悟をした、その時。
「織目さーん!」
ふいに、そんな声に紗麓の言葉が遮られた。
◇
午前の授業終わりのベルが鳴り、教員が教室を出たと同時、入学してから初めて廊下を走って、C組にやってきた旋律は、教室の隅に紗麓の姿を発見した。
「織目さーん!」
自分の呼び掛けに、紗麓が振り返ってきた。すると――その影になっていて見えなかった、カケルがそこにいて。
旋律は、顔から火が出るかと思った。
――大きい声出しちゃった……。
「あぁ、詩涌間。ちょうど良かった」
紗麓が寄ってきても、旋律は彼から視線を外せなかった。
彼に笑われていないか、顔色を伺うためでもあったが、それだけでもない。そうしていないと、なぜだか見失ってしまいそうな気がしたのだ。
「ん……詩涌間、どうした?」
教室の入り口から動かない旋律に、傍に立った紗麓が訝るように声をかけられ、ようやく旋律は我に返った。
「あ、ううん。なんでもないよ、織目さん、こんにちは」
「あぁ。心在はここだ」
「うん……」
紗麓が促し、旋律は緊張しながら歩みを進めた。
「し、心在君! その……こんにちは」
「……あぁ」
やけに気合いの入った、しかし努めて小声で旋律がそう挨拶をすると、カケルは静かに応じた。間の取り方から察するに、どうやら驚いているようだ。
「えと、昨日はありがとう」
緊張で少し上擦った声で、旋律はそう切り出す。
「あぁ……うん」
カケルは、どこか不思議そうにしている。なぜ旋律がいきなり自分の所に来たのかわからないのだろう。
なんと切り出せば良いかわからず、旋律はそのまま黙ってしまう。
◇
自分に用があるらしい旋律が黙ってしまったので、カケルは対応に困った。紗麓と既に面識があるらしいが、先程途切れた紗麓との会話の本題も見えていない状態では、自分からは先を促せない。
三者の間に、妙な沈黙が落ちる。見かねた様子で、紗麓が口を開いた。
「おい、詩涌間」
「はいっ、えと、あの、その、心在君……」
紗麓の呼びかけにびくりとしながらも、本題を切り出そうとする旋律は、しかししどろもどろだ。
「……どうした」
未だに状況の見えないカケルは低音でそう聞くしかなく、しかしそれが昼食を取れずにいらついているようにでも聞こえたのか、旋律はさらに上がってしまった。
「う、あの……」
もごもごと口を動かして、また黙ってしまう。
――マズったな……。
彼女が上がり症だというのは昨日のやり取りでわかっていたのだが、自分もこの状況に緊張しているらしい。もう少し優しい声のかけ方と言うものがあるのではないかと、カケルは自省した。そして、そんな風に彼女に気を使う自分に驚いた。しかし、フォローする言葉も思いつかず、結局、沈黙を保つことになる。
◇
――この二人の間にある妙な緊張感は、一体なんなのだ?
自分がその一端を担っているとは知らず、紗麓は思った。
そして、さすがにこのままでは埒が空かないので、紗麓は本題を切り出すことにする。
「心在、本題と行こう」
呼びかけると、すっ、とカケルの双眸が自分に向き、紗麓はその雰囲気に驚いた。
――人形のような奴だな。
そんな感想を抱く。自分もあまり表情豊かな方ではないが、こいつは別格だと思った。
「私が演劇部に入ったことは知らなかったか?」
先程言おうとしたことから、まずは続ける。すると、意外だったのか、彼の眉がぴくりと動く。しかし、注意していなければ気づけないほど微かな変化だ。元々そういう表情だったようにも見える。
「知らなかった」
淡々とそう言われて、先の会話が要領を得なかったのはそういうことだったのかと、紗麓は合点が行った。
「噂が既に校内で広まっていると聞いたから、知っていると思っていたので色々聞いたんだ。悪いことをした」
「……いや、良い。僕は噂には疎いから」
そういう彼の表情にはほとんど変化がなく、紗麓の目をもってしても、何を思っているのか読み取れない。
――何を考えてるかわからない、か。
クラスメイトの評価の一つが納得出来た。
――コイツが敵として目の前にいたら、手強そうだな。
考えが読めないというのは、観察眼を頼みにしている紗麓にとっては“やりにくい”であろうことは容易に想像がつくからだ。
―― 一昨日の“ヤツ”も得体が知れなかったが……こいつも大概だな。
その時初めて紗麓は【怪盗X】の正体とカケルの関係にリンクを感じたのだが、一瞬でその感覚は消えた。そもそも今それは重要なことではない。
「そうか。では改めて言うが、私は昨日演劇部に入ってな」
「あぁ」
「それで先ほどの話に繋がる訳だ。確認するが、お前は以前、演劇部に入部届を出しているな?」
どうしても犯人を追い詰めるような口調になってしまうのは、紗麓が同級生との会話に慣れていないからなのだが、そんなことを知らないカケルは、まるで誘導尋問されているようで、たまったものではない。
「あぁ」
「率直に言おう。と言いたいところだが、ここからは詩湧間が言った方が良いだろう」
ほら、と紗麓はそこで旋律の肩を押した。入部したてだと言うのもあるし、旋律がカケルと知り合いのようだったこともある。昨日からの旋律の様子から、そうした方が良さそうだとも思えた。気を回したのである。意識してやった訳ではないとはいえ、和がいれば、間違いなく目を丸くして驚いたであろう場面だ。紗麓は決して自己中心的な人間ではないが、ただ状況に合わせて動くだけで、他人のことを考えて行動することは、これまでなかった。
「えぇ、私?!」
旋律は、上手く喋れない自分よりもう紗麓にそのまま喋っていてもらいたいぐらいだったので驚いたが、紗麓にとっては何を驚いているんだコイツは、である。
「お前は何しに来たんだ。早くしろ」
半目を送ってやると、旋律はようやく覚悟を決めたようだった。
――手のかかる奴だな。
昨日は堂々と立ち回ってみせたのに、そのくせ妙に自信がない所があり、こちらが背を押してやらなければいけない場面がある。基本的に紗麓は余計なことはしたがらない性分なのだが、旋律のためにと思ってする行為は、悪い気分ではなかった。
「あの、心在君!」
気合いを入れすぎて少し声が裏返る旋律。
「……はい」
気迫に圧され、思わずカケルは居住まいを正している。
――ふむ、こいつも詩涌間には調子を狂わされているようだな。
と、紗麓は観察する。
「演劇部、手伝ってくれませんか!」
手伝ってというのはニュアンスが若干おかしいと思ったが、今の旋律にはそれが精一杯のようだった。
「僕が……」
カケルは驚いているようだった。先ほどの自分との会話では表情の変化がなく、何を考えているかわからなかったが、今ははっきりとわかった。
――どういうことだ?
「う、うん。駄目……かな」
「………………」
旋律が顔を伺うように上目を使うのに対し、カケルは無言である。まだ戸惑いの方が大きいようだ。
紗麓も助け舟を出すことにする。
「演劇部は今、人手が不足しているらしい。私が勧誘されたのもその為みたいでな。部員名簿に、お前の名前があったので、部に出てはくれないかというわけだ」
◇
「事情はわかったけど」
紗麓の場合、スカウトされたのは容姿もあるのではないかとカケルは思った。カケルは女子の容姿について評価をつけることはほとんどないが、紗麓が美人だということくらいは分かる。クラスメイトが、いや学年全体が彼女の転入に浮ついたのもそのせいだろう。
それはともかく、幽霊部員の存在を許しておけるほどの余裕がないということは事実らしい。
しかし、紗麓と同じ部活に所属などして大丈夫なのだろうかという懸念が、カケルに躊躇させる。
また、今まで一度も活動に参加していない自分がいきなり参加して良いのかという思いもある。
入学当初、校則を知ったときは舌打ちをしたい気分だった。【怪盗】稼業が忙しく、部活をやるつもりはなかったので、入部届を出すだけならどこでも良かった。運動部は幽霊部員にはうるさいと聞いていたので、文化部の中から廃れていそうなものを選んだのだ。しかし後になって、実は演劇部が活動に力を入れていることを知り、少し後悔したのを覚えている。迷惑をかけたくはなかった。
正直、驚いてもいた。この【世界】で未だに生徒たちが学校生活、特に部活に力を入れているとは思っていなかったのだ。あるいは、この【世界】だから、なのか。
カケルが思っているより、人は強いのかもしれない。
「ふむ、やはり家事の手伝いというのは忙しいか?」
「あ、部活来れなかったのって、そうなんだ。忙しいよね、やっぱり……」
カケルが何も言わない間に、紗麓が家事のことを言い、旋律が何だか落ち込んでしまった。その様子にカケルはつい、紗麓の手前言わずにおこうとしていたことを言うことにした。
「いや、家事は……最近はそうでもない。時間はない訳じゃない」
そう、言ってしまってから、カケルはこれではもう了承したも同然ではないかと頭を抱えたくなった。
果たして、ぱっ、と旋律の顔が輝く。隣で紗麓も意外そうな顔をする。
「む。なら、」
「そ、それなら! 心在君さえ良ければ、部に来てみない? 暇つぶしでも、良いからっ」
合いの手を入れた紗麓を遮る勢いで、旋律が声を張り上げた。教室に居る全員が、驚いて振り向くほどに。
「………………」
彼女が元気になってくれたのは良かったが……これは所謂墓穴を掘った状態になっているのではないか。
「心在。詩湧間もこんなにお前に来てもらいたがってるんだ。頼みを聞いてやってくれないか」
紗麓がそう追い打ちをかけてくる。
「えぇ!? お、織目さん?!」
紗麓の“解説”に、慌てる旋律を見て。
「そうなのか」
抑揚がなく分かりづらい疑問系で、カケルは問う。その答えで、決めようと思った。自分は意地が悪いのだろうか。でも、知りたかった。
びくっとした旋律は、赤くなりながらもカケルの顔を見、一度深く息を吸うと、
「……うん。心在君に、来て欲しい。心在君が来てくれたら、嬉しいよ」
そう、言った。
昨日出会ったばかりの、それもほんの十数分程度しか喋ってないような人が。自分を覚えているだけでも、十分なのに。
「そうか」
嬉しかった。人から存在を求められたことなどなかったから。
どうせ暇なのだ。余った時間を、求められた場所で使えるなら――そこに居て良い理由を、彼女がくれるなら。
【探偵】がどうだなどという自分の懸念など、知ったことではない。
彼女の期待を、裏切りたくない。
彼女の力に、なりたいと思った。
だから、カケルは頷いた。
「わかった。何が出来るかもわからないけど……出るよ」
その答えに、
「お」
紗麓が感心したように口を小さく開き、
「ほんと!?」
旋律が花咲くような笑顔を見せた。それはあまりにも真っ直ぐな表情で、カケルは少し……見惚れた。
「いつ、行けば良い」
「あ、うん! えっとね、今日は部会があるから、放課後視聴覚室に来て。織目さんもね」
「あぁ」
「わかった」
二人が返事し、それでその場は解散となった。
少しだけ、カケルは放課後が楽しみだった。
ここが厨二:カケルvs紗麓(気のせい)。
カケルは珍しくクラス内で目立ったと思われます。
今日はあと一本いきます。




