scene11『存在感に欠ける少年』
本日3本目です。
「え、心在? えと、このクラスだよね……あれ、どんな奴だっけ……? ねぇ、あんた心在……君? 知ってる?」
「え……誰それ」
「うちのクラスの男子だって」
「えぇー。ちょっと、わかんない」
「あ、アイツじゃない? ほら、角の席の……」
「あー、アイツか。確かに心在って苗字だったかも」
「えー、どんな人?」
「ほら、目茶苦茶暗い奴いるじゃん。誰とも喋らないで、いつもぼーっとして何考えてるかわかんない奴」
「えー、いたっけそんな人。どんな顔? イケメン?」
「知らなーい。まともに見たことないもん」
クラスメイトたちの会話を聞きながら、紗麓は心在という男子は一体どういう人間なのか、と思った。
年度が始まって既に二ヶ月ほどを共にしているはずのクラスメイトに、彼についてのはっきりとした認識がない。存在感が無さすぎるのだ。暗いだの、何を考えてるか分からないだのというマイナスイメージも多いようだが――もちろん紗麓はそんな情報を鵜呑みにはしないが――、心在という男子がよほど影の薄い人間なのか、学校とは所詮その程度の人間関係しか構築出来ないのか。
学校というものを、少年少女の社会性を育む場として見るなら、心在という人間は何を思って学校に来ているのだろうかと、紗麓は興味を持った。
「で、織目さんはその、し……えっと、彼に、どんな用なの?」
紗麓を囲む女子生徒の一人が、そう話を振ってきた。
「ん、あぁ。心在は演劇部に入部届を出していたみたいでな。人手不足だから、出てきてもらえないかと思ってな」
「えぇ!? 織目さん、演劇部に入ったんだ!」
「馬っ鹿、情報遅いよー。2年のイケメン転校生、都村和様もだよ」
「マジ!?」
「ちょっ、ちょっと待て!」
女子の一人のその発言に、紗麓は思わず身を乗り出した。冷や汗が滝のように出ている。
「どうしたの、織目さん」
「私と都村……先輩が演劇部に入ったというのを、どこで知った?」
「え? どこっていうか……今朝からもう噂になってるよ。今年の文化祭は演劇部が一番アツい!ってね」
その答えを聞いて、紗麓はなんということだ、と頭を抱えたくなった。
――私と和の動向が、すでに広まりつつある、だと……! つい昨日のことだというのに、あまりにも情報の漏洩が早すぎる。これは我々に敵対する組織のスパイが既に潜入していて、私たちは常に監視されていると見るべきか!? まさか、演劇部の中に……?
紗麓は年頃の少年少女のコミュニティにおける、噂という名の情報伝達の早さを知らない。
「相変わらずイケメンチェックだけは早いね、アンタ……」
「当たり前じゃーん。女子高生よ、イケメンには敏感であれ!って、昔の偉い人も言ってたよ?」
「誰だよ……」
クラスメイトたちの会話も、良い感じに【歪み】が走っている紗麓には聞こえていなかった。
紗麓には、自分が妙な時期に転校してきた美少女転校生という、学校という閉鎖的な空間では“おいしすぎる”ステータスを持っているということが、ちっとも理解出来ていないのである。
――く、どこだ?!
居もしないスパイを探してキョロキョロと辺りを見回していた紗麓に、クラスメイトの一人が再び話を振る。
「ねぇねぇ、織目さんも劇に出……どうしたの?」
「………………」
忙しなくあちこちに視線を巡らせている紗麓を、クラスメイトたちは不思議そうに見ているが、彼女は気づかない。
「……織目さん?」
「え?」
何度か呼び掛けられて、ようやく紗麓の意識が帰ってくる。
「どうしたの? なにか飛んでた? にしてはすごい危機迫る感じだったけど……」
そう言われて、初めて紗麓はしまった、と思った。
――あからさまに警戒しては、私が怪しい人物になってしまうのか……。
「い、いや、そう、虫だ。嫌いでな」
「ふーん……」
苦しい言い訳だったが、納得してくれたようだ。
――危ない危ない。私が気付いたということを、敵に気付かれてはならないからな……。今目の前にいるこいつらの中に居るかもしれないし……。
またしても的外れな理由ではあるが、少なくとも外見上は、目立つ動きを慎むことにした紗麓だった。
紗麓の社交性が1上がった!
「で、何の話だっただろうか」
「あぁうん、織目さんは劇に出るの?」
「え……いや、私はまだ入部したてだから、そういうことは良くわからない」
そういうと、途端に女子たちは沸き立つ。
「えー! 絶対出るべきだよ! 出さなきゃ部長に断固抗議する!」
「だよねだよね! 織目さん美人だし、絶対舞台映えするっしょ!」
「男役でも良いよねー。ベタだけど、王子様役とか!」
「キャー!」
自分を差し置いてはしゃぐ女子たちを、紗麓はまるで異世界の生物を見るかのように引いていた。
――なんなんだ、こいつらは……。
クラスメイトたちは、どうやら自分の容姿を褒めてくれているようだが、他人のことでそこまで大袈裟に盛り上がられると、どこか馬鹿にされている気がして、気分が悪かった。
結局、クラスメイトの話題はニューフェイスである和を始めとした学内の格好良い男子談議に移り、紗麓は苦い思いをしながら相槌を打つしかなかった。
――こんな面白くない時間を積み重ねていれば、それで友達になるのか?
もしかしたら、自分がまだ彼女たちと仲良くなっていないから、楽しく感じられないだけなのかもしれない。彼女たちが今確かに“楽しい”と感じながら話しているのなら、それは彼女たちが互いに友達だからなのだろうか。友達であれば、何を話しても楽しいと、感じられるのかもしれない。
旋律と話していた時は――と、紗麓は思う。出会って間もないのに、話したのはとりとめのないことばかりだったのに、確かに楽しかった。彼女の言葉の一つ一つを、余計な疑念を挟むことなく素直に受け入れることが出来た。それはそれで、不思議なことなのだが……自分が疑わずにいられる人間が、存在するわけもないのに。
――あるいは、アイツが私にとって、他の人間と違うということなのだろうか。
旋律に早く会いたかった。約束した昼休みが、待ち遠しかった。
紗麓の思いとは裏腹に、登校してきたクラスメイトは女子を中心になぜか次々と紗麓の周りに集まってくるのだった。
そして――囲まれた紗麓はもちろん、囲んだクラスメイトたちの誰も、静かに登校してきていたカケルには気付かなかった。
◇
窓際最後尾、自席についたカケルは、人だかりにちらっと目線を送りながら、その中心にいる人物について思う。
【消音装置】……【世界政府】直属の治安組織の一員である【探偵】が、身分を偽って――いや、年齢的には偽る必要はないはずだが、果たして彼女等には職務専念規定とかあるのだろうか――、転校してきたことを、姉に聞いてみたところ、彼女は悪びれもせずに「うん、知ってたよ~」と言ってのけた。予想通り、「黙ってた方が面白いかなと思って~」とニヤケ面を晒す彼女に、大いに脱力したものだ。
それだけ【怪盗】事件に本腰を入れようということなのかは分からないが、ともかく【消音装置】ごとこの町に根を張ったのは確かだと、姉は言った。しかし、【消音装置】の構成とか、他のメンバーは町のどこにいるといった情報はくれなかった。「まぁ、いちおー気を付けてねー」と、それだけだった。【情報怪盗】であるニスイのこと、弟妹の危険に繋がる情報を把握していないとは思えないが、姉はそれ以上のことを、言いたくなさそうだった。
なんとか、もう一人【消音装置】のメンバーが転入していることまでは聞き出せたが、それ以上のことは、自分で何とかしろ、いや、何ともするな、ということなのだろう。
――ニスイ姉と【消音装置】に何か関係が?
姉は自分の過去についてはあまり語りたがらない。自分やサラが聞いても、いつもはぐらかされている。必要があることならば言ってくれたのだろうから、必要ないことだとは思うのだが。
そうカケルが思った時、珍しく自分に話しかけて来る男子がいた。
赤い髪を逆立てた、竹薮八桁だ。
「ほーんと、アイツら何やってんだって感じだよなぁ」
竹薮は、そうだらけた調子で喋りながら、カケルの前の席に乱暴に座った。カケルに用があるというよりは、独り言のようであった。
――彼ぐらい開き直ったファッションをすれば、目立てるのだろうか……いや、今は目立たないようにするんだったか。
「あんな転入生の何が面白いんだか。美人かもしんねーけど、それがどうかしたか? この世で一番大事なことは、【歪み】がどーかだろーが。なぁ?」
「……そうだな」
どのような【歪み】を持っているかによって、生き易さは全然違う。そういう意味では、竹薮の意見は正しい。
【歪む】前の世界であってもあったであろう程度の身体的欠陥や性格の【歪み】であれば、問題はない。治る見込みさえないが、普通に生きていける。ただ、いるだけで周りに影響を与えたり、被害を与えたりしてしまうような【歪み】であれば、何らかの手段で――多くは、薬や訓練によって――それを抑えなければ、社会には居られなくなる。
そういう意味では、カケルは幸運な方なのかも知れない。
「どうせアイツの【チカラ】なんて、大したことねーよ。お前もそう思うだろ?」
そう同意を求められて、カケルは【探偵】の【歪み】はなんなのだろう、と少し考える。やたらと人を疑うようなことを言っていた気がするが、関係はあるのだろうか。
だがそれより、竹薮の言葉の方が気になった。
「【チカラ】……」
聞き間違いだろうか。
「あん?【歪み】のことだよ。【歪み】はソイツの【チカラ】だろ? 優れた【チカラ】なら他人を圧倒出来る。ま、運が悪い奴はショボくて何の役にもたたねー【歪み】しかもてずに、一生を終えるんだろーけどよ。もちろん俺様は運の良い方だぜ? だから俺様は負け組どもじゃあ想像もつかねーようなエキサイティングな人生を送るのさ。ま、まだまだ訓練段階だけどな。お前はどうよ? 良い【チカラ】、持ってんの?」
持論を展開する竹薮に、カケルは目を細める。
あぁ、コイツもそうなのか――、と。
【歪み】が内面だけに留まらず、外――他人や世界に干渉してしまうような人間の中で、特に【歪みを生む者】と呼ばれ、忌み嫌われる者がいる。自らの【歪み】を隠そうともせず、犯罪行為に走る者たちだ。竹薮がそうなのかは分からないが――少なくとも発想は彼らに近いようだった。
「……いや」
小さく否定するカケルを、竹薮が笑い飛ばす。
「なんでだよ。ありえねー」
ケタケタと笑う竹薮に、他人に無関心なカケルにしては珍しく、若干の苛立ちを覚えた。
「はん、お前もあの【歪み無し】と同じで人生つまんねーだろーな。どうせ目立てない【歪み】だから恥ずかしくって使えないんだろ? カワイソー」
一方的にカケルを笑うだけ笑って、竹薮は自席へ戻っていった。人だかりの方を見て、ちっ、と舌打ちを残して。
一限の教科の準備をしながら、カケルは静かに苦笑する。
――目立てない【歪み】、ね。
まさか正解を当てられるとは思わなかった。だが、とは思う。
――竹薮、気付いてないのか……? お前も所詮は、その“負け組”の一人なんだってことに……。
この【世界】に生まれた時点で、誰もが要らぬハンデを背負っているのだから。
【歪み】が【チカラ】などと、馬鹿馬鹿しい。勘違いにも程がある。
――それにしても……。
【歪み無し】とは、一体誰のことなのか。
ふと、思い出す。まだ【怪盗】になりたてだった頃、町の孤児院で出会った少女のことを。
こんな生きにくい世界は嫌いだと、泣いていた彼女。あの時まだ幼かった自分は、彼女を救えたのだろうか。大したことを、自分は言えなかったと思う。でも、最後には笑ってくれた。きっとカケルのことを忘れているであろう彼女は、今もどこかで歯を食いしばって生きているのだろうか。
元気だと良い。世界を呪わず、自分自身を恨まずに、生きていて欲しい。そう思いながら、カケルは始業のベルを待った。
◇
「あ……心在カケルに声をかけられなかった……」
旋律には朝話しておくと言っておいたのにと、紗麓は各々の席に散っていくクラスメイトの女子たちを、恨めしそうに見るのだった。
存在だけでも確認しておくか、と振り返れば、角の席に、確かにその男子生徒は居た。
カーテンの影になって、表情はよく見えない。
――確かに、何だか得体が知れないな。
と、紗麓はそんなことを思った。
――勝負は昼休みの最初だな。
何の勝負だ、と突っ込みを入れる和もおらず、紗麓はそう決意した。
JKの会話ってどんな感じなの?僕男子校だったんですけど。
ここがテンプレ:窓際最後方。
紗麓は真ん中って描写がなかったな…。いずれ修正します。




