scene10『消音装置』
本日二本目です。作中の長い一日がやっと終わる……。
「あの男が、不審な動きをしている?」
世界政府平和維持同盟直属、対極度歪能力犯罪部極東方面担当班、通称【消音装置】班長、【チーフ】の明智継人は渋い声でそう問い返した。
彼の机を囲うように立つ【チーム】のメンバーの一人である、白衣の女性――【医者】、衣栗栖は、自信なさげに頷いた。
「はい……彼の元で働いている、友人の情報です。なんでも、何らかの研究チームを影で持っていて、何か実験を繰り返しているようだ、とか……私、気になっちゃって」
「そんな曖昧な情報では、何も分からんじゃないか」
そう目を細めたのは、【探偵】、織目紗麓である。
年下だが自分より長身の紗麓に咎められ、栗栖は小柄な身体を更に縮こませた。
「うぅ、ごめんなさい……」
「織目、そう言うな。まぁ確かに詳しい情報は欲しいが……奴が腹に一物抱えているのは今に始まったことではない。何しろ世界を救おう、などと本気で妄想している男だ」
「とは言っても、今や彼には大きな力がありますからね。用心するに越したことはないかと」
継人が紗麓を宥めてそう言えば、【図書館】の和が進言する。
「ふむ。喪狗狸、少し探りを入れておけ。バレるなよ」
「あいよー。つっても、本部はともかくあの狸ジジィのプライベートデータとなると、ちょっと自信ねーや。あーあ、姐さんがいりゃあなぁ」
指示をされた、だるだるのパーカーに首元にヘッドフォンをかけた男、【情報屋】の喪狗狸大介は、だるそうに両手を頭の後ろで組み、ぼやく。
「喪句里」
「おっと、いけね」
咎めたのは大介のその態度か、発言か。スーツに身を包んだ、いかにも気難しそうな眼鏡の女性――【参謀】たる束刈緋月がキッ、と睨むと、大介は顔を逸らして誤魔化した。
紗麓はそのやり取りを不思議そうに見ていた。
――姐さん、とは誰のことだ?
緋月がため息をついてから、視線を【チーフ】に戻す。
「”暴走”の危険がある、と?」
「わからん。本当に世界を救ってくれるというなら、それでいいがな」
「無理無理。あんなジェ○ガみてーなビルから救世主が降臨あそばすかよ。それに白髪混じりの救世主サマなんてお引き取り願いたいね。そうだな、可愛い女の子だったら、是非お近づきになりたいけど」
「軽口が過ぎますよ」
「へいへい」
【チーフ】の発言を喪狗狸が混ぜっ返せば、すぐに緋月の叱責が飛ぶ。そんないつものやり取りに皆が肩をすくめる。
「では、報告の続きだ。織目、首尾はどうだ」
「あ、あぁ。そうだな、部活に入ろうと思ってる」
紗麓が思考の海から慌てて意識を戻して答えると、【チーム】のメンバーはぽかんとした表情を浮かべた。和は天を仰ぎ、目元を手で覆った。
「部活?」
代表して継人が聞けば、紗麓は自分が何を口走ったかに気付き、いっそう慌てた。
「って、あぁ~!! 事件のことだな? うん、何も進んでないぞ」
「織目、貴女今日何をやっていたの?」
「いや、その……」
緋月に問い詰められ、紗麓は珍しくしどろもどろになる。そこに和がフォローに入った。
「僕と紗麓は、調査の一貫として、素早く学園内に溶け込めるよう、演劇部に入ったんですよ」
「はぁ? 部活って……貴方たち、ふざけてるの?」
緋月に睨まれても、反対するなら彼女だろうと予想していた和はどこ吹く風だ。紗麓の誤爆は想定外であったが、遅いか早いかの違いでしか無い、この際認めさせてしまおうと思っていた。
「それがですねー、学園には部活に入ることを強制する校則があるんで、仕方ないんですよ」
「なっ……そんなの、【桐生院】に働きかければいくらでも……」
尚も言いつのろうとする緋月を、継人が制した。
「束苅、良い」
「ですが、【チーフ】……!」
「良いと言っている」
「………………」
緋月はまだ不服そうであったが、【チーフ】の手前引き下がる。彼女が継人に懸想しているようだというのは、紗麓以外のメンバーにとっては周知の事実だ。最も、【鈍感】な継人は一切気付いていない様子で、珍しく笑みを浮かべると和に問いかけた。
「それで、都村。なんで演劇部にしたんだ?」
「直接のきっかけはスカウトです。僕と紗麓が転校生として注目されまして」
「そうか……。役はあるのか?」
「それはまだ分かんないです。出来ればやってみたいとは思っているのですが」
「そうか……。役が貰えると良いな」
「え、えぇ」
「部活か……なら、忙しくなるだろう。……そうだな、引き続き潜入捜査の方は無理のない範囲で続けてもらうが、【怪盗】の予告があった場合と、緊急時以外は学園生活に集中しろ」
「え……?」
「りょ、了解です」
和としても、継人がここまで好意的な反応なのは予想外だった。想定を上回る指示に若干戸惑いながらも、なんとか頷く。隣で紗麓も信じられないというように呆然としていた。
【チーム】のメンバーの殆ども、あの堅物の【チーフ】が一体どういう風の吹き回しだと目を丸くするなか、
「部活かぁ、良いよねん。私も学生に戻りたいなぁ」
【連絡手】の音無粒手が脳天気にそう呟いた。大介も大概TPOを無視した衣装であるが、粒手はそれを上回っており、目に優しくない2色のボーダーの長袖に、ダメージが入ったジーンズと、パンクな格好をしている。これまでの会議中から今も、目は線になって弧を描いたまま、ずっとゆらゆらと頭を揺らしており、話を聞いていたのか甚だ怪しい。
「確かに、良いですよね~」
栗栖が昔を懐かしむように両手を胸元で組めば、
「JK時代のちゃんくりかぁ。見てぇ~」
と大介が制服――何故かセーラー服――を着た栗栖を妄想し身悶える。
場の空気が一気に緩くなる。誰も紗麓と和が部活をやることには反対しないようだった。
緋月を除いて。
「【チーフ】!」
緋月は鋭い声で継人を嗜めたが、
「束苅、これは任務の一貫だ。二人にはこれを機に、演技力と社交性を身につけてもらう。どちらもこの仕事に必要なものだと俺は思う」
低い声で諭すようにそう言われ、一気に消沈した。
「……はい」
「他にはないな。では解散だ。あぁ、織目は残れ」
◇
【チーム】の面々が出て行ってから――緋月はまだ不満そうであったが―― 一人残った紗麓は、恐る恐る継人の前に出た。
「【チーフ】……」
怒られるのではないかと思っていた。任務そっちのけで、勝手に入部を決めたなどと、【チーム】の一員としてはあるまじき行動だ。
だが、継人の指示はさっきの通りで。今も、二人の時には見せるいつも通りの、穏やかな表情を浮かべている。
「シャルロット。学校はどうだった」
【チーム】の上司としてではなく。紗麓の保護者としての継人が、それと示す呼び方をしながらそう尋ねてきた。
それに気づき、紗麓はおずおずと顔を上げた。そこに浮かぶのは、年相応の……いや、それというには少し幼い、【探偵】ではない少女の表情。継人の前でだけ見せる、”子供”の紗麓だった。
紗麓は何かを躊躇うように、覚悟するように、呟いた。
「【歪み】を……暴走させてしまった」
「……そうか」
継人は目を瞑った。やはり、という気持ちが大きかった。
紗麓を学校に行かせると決めた時から、覚悟はしていた。慣れない環境は、紗麓に少なからず苦しい思いをさせることになるだろうと。だが、必要なことだとも思った。それは紗麓がまだ少女の内に経験しておかなかればならない、通過儀礼だと判断したのだ。
—―俺は早まったのだろうか。
いや、そうと決めるにはまだ早い。なぜなら紗麓はここに居るではないか。
「ツグ叔父さん?」
黙り込む継人に、紗麓が不安そうに、二人の時でも滅多に使わなくなった呼称で問いかける。
紗麓が唯一、僅かにではあるが、心を許している存在であることの証でもある。
その僅かでも、確かに勝ち取った信頼に対して、自分がしてあげられることは何だろうか。
継人は目を開いた。
「だが、なんとかなったのだろう?」
なんでもないことのように言えば、紗麓は安心したようだった。
「あ、あぁ……助けてくれた者がいる。和も、庇ってくれた」
「ほう……どんな子だ」
「どんな……か。そうだな、不思議な奴だ。私の入部に口添えしてくれて……彼女自身は普通なのかもしれないが、それが逆に不思議だというか、なんというか……憧れた」
そう話す紗麓は、どこか嬉しそうで。
「信じられそう、か?」
「いや……だが、彼女のことはあまり疑わなかったかもしれない」
「そうか……」
継人は穏やかに微笑んだ。
「シャルロット。友達は良いものだ。多くなくても良い、信頼に値する友が一人でも居れば、それは自分にとってかけがえのないものになる」
「だが、私は……いつか、彼女を傷つけてしまう。【歪み】についても……嘘をついた。それが……苦しい」
継人は目を瞠った。誰かを傷つけることを恐れるほど、紗麓が誰かに関心を持っている。学校という環境が、この歪な少女の心を開いてくれるかもしれないと、多少の期待はしていたが、それでも初日から紗麓にそんな想いを抱かせてくれる存在がいたことは、望外であった。
「ははは、そんなことは心配するな。それに、一度も傷つけ合わずに成り立つ友情などない。もしあったとしたら、それはただの馴れ合いだ」
「……そういうものか」
「あぁ」
「友達……なれるだろうか」
「お前がなりたいと思っているなら、きっとなれるさ」
継人は、紗麓が自分の言葉を完全に信じてくれた訳では無いことは分かっているが、それでも、紗麓は少し安心してくれたらしく、顔に笑みが戻った。
「……なぁ、ツグ叔父さん。どうして私達を学園に入れた?」
「さっき束刈に言った通りだ。和はともかく、お前には社交性がなさ過ぎる。せっかくあの狸の目の届かない場所に来たんだ、この際少しくらい、お前に社会というものを学ばせておこうと思ってな」
そこで一度言葉を切って、継人は紗麓の目を真っ直ぐ見て、言った。
「お前は優秀だ。今までもそうだったし、この先もある程度のことは一人でも上手くやっていけるかもしれない。だがな、シャルロット。人は一人では絶対に生きられん。【歪み】や【世界】に抗うにはどうするか、俺たちは、常に考えていかなければならない」
「世界に、抗う……?」
『君の【歪み】は、君のものだ。それは僕にも、絶対に盗めない。【歪み】は一つとして同じものはなく、他人と【歪み】は分かち合えない。それなのに人間は、世界が【歪】み、全ての人間がそれぞれの【歪み】を抱えるようになった今でも、社会を築き続けている。人は、人であろうとする……』
紗麓の頭に、【怪盗】の言葉が過ぎった。
「そうだ。【歪み】などという下らんルールに大人しく縛られる必要はない。だから決して屈するな。人を信じられないなどという【歪み】に従うな。抗い続けろ――分かったか?」
「……分かった」
その言葉の本当の意味は、今の紗麓にはまだ分からない。それでも、紗麓は頷いた。
「ふっ、随分素直だな。その子のお陰か?」
「わからない……そうかもしれないし、違うかもしれない」
「その変化を受け入れることだ。戸惑うだろうが……ゆっくりで良い、受け入れろ。多少頭が回るところで、所詮お前はまだ子供だ。いくらでも成長する。その可能性を、自ら潰そうとは思うな。貪欲に生きろ」
「あ、ああ」
自分に諭すような言葉をかける継人は、父親の顔をしていた。
それがなんだか気恥ずかしくて、紗麓は混ぜっ返すようなことを言う。
「それにしても、ツグ叔父さん、今日はいつになく饒舌だな」
「そうだったか? なに、オッサンが昔を懐かしんでいるだけだ」
「そうか……」
どこか遠くを見つめるような継人の瞳に、【チーフ】でも父親ではない、素の継人を見た気がした。
――やはり、この町に何か因縁があるようだな。
「分かったら、今日は早めに寝ておけ、織目。明日も学校だろう」
「あぁ……ありがとう、【チーフ】」
◇
「ふっ、ありがとう、か。変わったな、シャルロット……」
拾った時から今まで、あらゆる技術を教えこんだが……彼女に一番必要な者には、なれなかった。娘か妹のように思っている彼女の変化は、継人にとっても嬉しいものだった。
「上手くフォローしてやれよ、和」
部下の少年を思う。あの男は、一見優男に見えるが、その実相当な経験を積んでいる。彼ならば、社交経験の少ない紗麓を上手く傍で支えられるだろう。
無論、他の意味で彼女を任せる気は、まだまだ無いが。
「それにしても、演劇部とはな。懐かしいな……お前はどうだ、ニスイ」
かつて自分が愛し、愛され、しかし裏切られ――今やどうしようもなく決別してしまった女性のことを、思う。
『抗うのを止めたらダメだよ、継人君――』
――あぁ、わかってるよ。
明智はタバコに火を点け、紫煙を燻らせながら、しばらく思い出に浸った。
ここが厨二:全部。




