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歪んだ世界の終幕  作者: 黒星 落
Chapter1『怪盗、探偵、平凡』
10/40

scene9『幽霊部員』

今日も何本か投稿します。キリが良いところだとあと4話……でも2章の編集が間にあわな……あわわ。


「な、なぁ詩湧間。私はもう大丈夫だから……」

「ダメだよ、織目さん」

「………………」


 旋律にキッパリと言われ、紗麓は苦い顔をする。


 今二人は、視聴覚室を出て、保健室へと向かっているところだった。先ほどの【発作】を気にした旋律が、紗麓を連れ出したのである。


 紗麓としては、もう体調には問題が無いのでそのまま部の説明を受けていたかったのだが、旋律がそれを許さない。というか、制服の袖すら離してくれない。


「あ、やっぱり都村先輩に連れていってもらった方が良かったかな? 家族なんだよね?」

「いや、それは良いのだが……」


 別に旋律だから遠慮しているとか、そういうことではないのだが。自分が入部を断ろうとした時の先輩に対する態度と言い、旋律にはなかなか頑固な所があるようだということくらいは、紗麓にももう分かっていたので、抵抗は諦めた。


 和が語った『設定』には、なかなか助けられたと思う。


 真偽を織り交ぜるというのが人に嘘を信じさせる時のテクニックだというのを彼に聞かされたことはあるが、あぁも咄嗟に上手い話を作れるものかと、紗麓は和のことを少しだけ見直していた。


 自分の事情や【歪み】について、自分ではああいう風にはごまかせなかっただろう。嘘を吐くのが下手なことは自覚している。というか、もともと嘘は嫌いだ。人を信じられない【歪み】なのだ、それは当然のことである。しかし、嘘が嫌いだからと言って、本当のことを知られていたら、どうなっていたか分からない。自分が社会に混じろうと思えば……嘘は絶対必要だったのだ。


 ――誰も信じない【歪み】だと言われたら、皆はどう思っただろう。


 他人を信用しない人間は、他人の方からも信頼されることは決してない。人を信じるということは、あらゆる人間関係の前提だから。


 そういう意味では、紗麓は決して誰かと深い関係を築くことは出来ないのかもしれない。嘘をつくことで、人間関係を最もらしく見せかけることは出来ても――それはやはり見せかけであって、真実ではないのだ。だから紗麓には、症状自体は本物でも――嘘の【歪み】を信じて旋律が自分を心配してくれることが、ただ心苦しかった。


「どうして、お前は私にそこまでしてくれる?」


 暗いことを考えていたからだろうか――つい、そんな弱音を吐いてしまう。


 無理矢理連れて来られたのを謝り、演劇の分からない自分の為に熱演し、【発作】が起きた時もかばってくれた。幼い頃から組織という大きな暗箱の中に身を置き、互いの腹を探り合うような醜い人間関係も多々見てきた紗麓には、旋律の行動は理解出来なかった。


「え、なんでって言われても……そこまでってほどのこと、してないし……別に、普通だと思うけど……」


 唐突すぎる問いに、旋律が戸惑いながらそう答える。紗麓の目には、本当に旋律が考えてもみなかったという態度であることがわかった。それはつまり、一連の行動は、彼女にとって自然なものだということで。


 ――普通、か。


何もかもが【歪んだ】この世界で。

それはなんて、美しい響きを持つのだろう。


「お前はその……、引かないのか? なんの前触れもなく、あんな醜態を晒した私に」

「なんで?」

「なんでって……気味が悪いだろう」


 言いながら、一体私は何を言っているんだ、と紗麓は自問した。


 構わないで欲しい。


 嫌わないで欲しい。


 相反するような二つの感情が、自分の中でとぐろを巻いて、訳が分からない。心にも、脳と同じように使える容量に範囲があるのだとしたら、普段ほとんど使っていなかったらしい自分の心は、今日だけでかなりのオーバーワークをしている――そんな風に思えた。


「そんなことないよ。精神的な【歪み】を抱えた人だって、今までいっぱい見ているし。それに、【歪み】っていうのは生まれつきのもので、自分にはどうしようもないことなんだもの。気味が悪いなんて、全然思わないよ」


 旋律の言葉は、優しい。だからこそ、紗麓は彼女に疑問をぶつける。


「……やっぱり、向かないと思うか?」


 和の設定は、本質的には嘘なのだが、ある一点――紗麓がチームワークに向いていないという点では、正しい。彼もそこだけはごまかす訳にはいかなかった。期待されて不安に陥れば――正確には自分の能力を疑ってしまえば、自分は役立たずになる。さっき軽く説明を受けただけでも、また人手が必要だという話からも、演劇に仲間同士の連携が大事だということは分かる。


「んー……」


 旋律が立ち止まり、考え込む。


 ――やはり、そうなのか。


 分かっていたことではあるが、初めて興味を抱いたものが自分には向いていないという現実は、やはり辛かった。


 しかし。


「大丈夫だよ。きっと織目さんなら、上手く演れるよ」


 あっけらかんと。旋律は笑って見せる。


 返ってきたのは、そんな肯定的――ともすれば、楽観的なものだった。


「きっと、って……どうしてそう思う」

「私だって、自信なんかないよ。自分の演技も、まだまだだし……。でも、演じてみたいって、そう思ってる。織目さんだって、演劇をやってみたいって思ったから、入部しようと思ったんでしょ? だったら私たちと一緒だよ。【歪み】がどうだとか、そんなことは関係ないよ」


 と、旋律は言った。


 ――私が、みんなと一緒……。


 相容れないはずなのに。自分のことを彼女は知らないのに。旋律がそう言ってくれただけで、紗麓は自分が不思議と安心するのが分かった。


 心が軽くなり、温かくなる。入部の許可の下りで、彼女が自分を擁護してくれた時にも、こんな気持ちになった。


「詩涌間は……もう十分、上手いんじゃないのか? お前の演技に感動したから、私はやってみたいと思ったんだしな」


 彼女が自分にくれた気持ちを、少しでも返してあげたくて、紗麓はそう言ってみた。


「えへへ、ありがとう。でも、それは初めて見たからだよ。先輩たちなんて、もっと凄いし……」


 照れ笑いをする旋律がそう謙遜すると、紗麓は少しむっとした。


 あのとき感じた気持ちを、素直に受け取って欲しかったから。


「確かに私は素人だが、そもそも私は小説などを読んでもあまり感動する方ではない。その私がもっと観ていたいと思ったんだから、お前は凄い。もっと自信を持っていいんだ。少なくとも今私が同じ場面を音読したとしたら、目も当てられないことになるだろうからな」


 少し自嘲も混じってしまったが、掛け値なしの本音だった。


「………………」


 旋律はぱちくりと目を瞬かせた。つい、いつもの癖で上から目線で言ってしまったから、逆効果だったろうか。


 ――人になにかを伝えることが、こんなに難しいとはな。


 コミュニケーション能力が足りな過ぎることを痛感する。語彙も、言い方も、ただ自分が旋律の演技を良いと思ったということを伝えたいだけなのに。


「あーっと、どう伝えれば良いんだ? つまりだな、私が言いたいのは……」


 頭を抱えながら、紗麓が焦って言葉を探している。


 その姿が、誰かと重なって。


「くすっ、あははははは!」


 と。突然旋律が笑い出した。


「なっ……なんだ、どうした?」


 戸惑う紗麓に、笑いすぎて涙が出たのだろう、目の端を拭いながら旋律が言う。


「あはは、ごめんね……。なんか、織目さんが必死に考えてくれてるのが、おかしくって」


 笑いながらそんなことを言われ、紗麓は憮然とする。


「なっ……おかしいってお前、私はお前に……」

「ごめん、ごめんね。私に自信持たせようとしてくれたんだよね。ありがとう」

「むぅ……」


 伝わったらしいのは良いが、釈然としない。


「織目さんって、面白いよね。あ、これじゃ失礼だよね、ごめん……えっと、美人で大人っぽいのに、所々で子供っぽいところがあるというか、そんな所が可愛いというか」

「悪かったな、子供っぽくて。私は世間知らずだからな。同世代の人間との会話には慣れてないんだ」


 すっかり拗ねてしまう紗麓の姿は、まさに子供そのものだったが、彼女自身は気付かない。その様子に、旋律が慌てる。


「あ、ご、ごめん! 別に馬鹿にしたかったんじゃなくて、そういう所がすごい素敵だなーって思ったの」

「は? す、素敵?」


 予想外の言葉で評価され、紗麓は面食らう。


「うん。私、織目さんのこと好きになっちゃった」

「なっ……!!」


 面と向かってとんでもないことを言われ、紗麓は赤面した。恐るべきは天然である。しかし旋律自身も、自分の言葉の恥ずかしさに気付いたのか、


「あぁいや好きって言っても決して変な意味ではございませんですことでして、人間的な敬愛表現のごく一般的な文句を借用して発した訳で」

「わ、わかってる!!」


 あわあわと、廊下で慌てふためく女子二人。幸いなことに、付近に人目はなかった。


「こほん。ふ、ふむ……まぁ私も、お前のことは嫌ってはいないぞ、うん」


 まだ顔の紅潮は収まってはいないが、示された好意には答えるのが礼儀かと思い、平常を装いながら紗麓はそう言った。


 よく求愛行動――端的に言えば口説いてくる和に対しては、一度もまともに取り合ったことはないが。


「ホント? 良かった……えへへ」


 熱くなった頬を掻き、はにかむ旋律は、何とも愛らしく紗麓の目に映った。


 ――まさか私は同性愛者なのでは……?


 あらゆる意味で危険すぎる自問を抱きそうになり、紗麓は頭を振った。


 自身の性癖の真偽についてはともかく、不思議だった。旋律と話していると、まるで自分が自分でないというか、普通の女子になったような気になってしまう。それは錯覚なのだろうが――あるいは気分が高揚しているからなのかもしれないが、少なくとも今紗麓は、楽しい、と確かに感じている。


「えへへ……織目さん、演劇部、これから一緒に頑張ろうね!」

「あ、あぁ……うん。もちろんだ」


 考え事をしていたため、その不意打ち気味の、真正面からの笑顔に紗麓は照れた。

 そして、改めて驚く。

 自分と歳の変わらぬこの詩湧間という少女には、こんなにたくさんの表情があるのか、と。


 ――彼女のことを、もっと知りたい。


 それは、紗麓が今まで避けてきた、人の内面への興味。


 たった、一日。学校という、同世代の人間が形成する特殊な社会に触れただけで、閉鎖的だった織目紗麓という少女の人格は、本人も気づかないほど微かに、しかし確かに変化の兆しを見せ始めていた。


  ◇


 照れた紗麓が口をもごもごとさせながらも頷いてくれたので、旋律は嬉しかった。


 ――もっと、仲良くなりたいな。


 本人にも言ってしまったが、旋律は紗麓のことがすっかり好きになっていた。自分の交友関係は狭いとは思わないが、今まで接してきたどんな女子より、彼女の見せる色んな顔、その人格に惹かれていた。しかし紗麓は、学校という環境に身を置くのが初めてだというから、焦ってはいけない。まずは彼女が自然に周囲に馴染むまで、サポート出来たら良いと、旋律は思った。


 だからその為にも、今は保健室だ。


 いつの間にか廊下の途中で歩みを止めてしまっていたのを、紗麓を促して再び歩き出す。


 今日はなんて幸運な日なのだろう――と、旋律は思った。朝から今に至るまで、特別だと思える出会いが二つもあるなんて、昨日までは想像も出来なかった。


 頬を綻ばせ、浮かれた気分で歩いていると、


「そういえば、」


 と、不意に紗麓が切り出した。


「どうしたの?」

「演劇部はもう、人手は良いのか?」


 唐突だったが、紗麓が本来の凛々しい顔で言うので、旋律もなんとか頭を切り換える。


「んー、どうだろ……。織目さんと都村先輩が入ってくれただけでも大分楽になると思うけど、もちろん、もっと入ってくれたら助かるかな。せめて、あと一人……」

「そんなに危機的状況なのか……?」

「人数が少ないなら少ないで、演劇の規模自体を小さくするとか、やりようはあるんだ。でも、先輩たちはなるべく大規模にやりたいみたい。演劇部をここまで復活させたのは三年の先輩たちだし、先輩たちは今年で最後だからね……。私も、みんなでやるなら出来るだけ大きくやりたいなーって思うよ」

「ふむ、そうか……」


 考え込むような仕種をする紗麓。何か思うところがあるのだろうかと思い、


「どうかしたの?」


 と旋律が問えば、


「今日、部員は全員いたか?」


 と、文脈が唐突にも思える質問が来た。


「え? うん、いたと思うけど……」


 部員の顔を思い浮かべながら、そう頷く。


「先ほど入部届けを書いて佐吉部長に渡した時、彼女の持っていた部員名簿を、部員たちの名前の確認ということで見せてもらったんだが」

「うん」

「そうしたら、一人だけその場にいない者の名前があったんだ。印刷が薄くてよく見えなかったんだが、一年生で、名前は確か……心、在……そうだ、心在だったと思う」


 ――え。


 紗麓の口から告げられた名前に、動揺する。


「佐吉部長もいつ入部届けをもらったかの覚えもないようで、どうも幽霊部員ということらしいのだが、そいつを連れて来てみてはどう……詩涌間、どうした?」

「心……在……?」


 どくん、と心臓が高鳴る。


「心在、カケルくん?」


 声が少し震えた。


「ん、カケル……? あぁ、片仮名で、確かそんな名前だったかな。詩湧間、知り合いか?」

「心在くんが、演劇部……」


 こんな偶然があるのかと、旋律は呆然とした。今日は本当に、なんという日なのだろう。


「おい、どうした?」

「あ、ご、ごめん。ちょっと、びっくりして……心在くんとは、今朝知り合ったばかりなんだ」

「ふむ、そうなのか……。演劇部だとは、知らなかったのか」

「うん。言ってなかったし……多分、部にも来たことないと思う」


 朝のやり取りを思い出す。自分が演劇部だとは言ったが、彼が何部であるかは聞いていなかった。もしかしたら、彼が旋律を応援してくれたのも、演劇部だと知ったからなのかもしれない。


「そうか……しかし、それではあまり期待出来ないかもしれないな」

「え……」

「いやな、顔も見せずに幽霊部員となったのなら、私が当初考えたように、単に名前だけどこかに在籍出来ればそれで良かったということだろう?」


 紗麓のその推測は、確かにもっともだと、旋律は思った。


 せっかく会いに行く理由が出来たと思ったのに、向こうにその気がまるでないのでは、単に迷惑なだけかもしれないと思うと、旋律の膨らんだ気持ちも一瞬で萎んでしまった。


「だが、例の校則で生徒全員が何かしらの部活に所属しているなら、他から引き抜くことを考えるよりは、すでに演劇部に所属している分、心在カケルを引っ張り出す方が現実的だという見方も出来る。私が最初拒んだように、アルバイトなどの理由があるのだとしても、暇な日くらい手伝ってもらうよう頼むことは出来るんじゃないか?」


 紗麓のその言葉に、旋律は視界が開けたような気持ちになった。


「そっか……そうだよね。頼んでみるくらい、やってみてもいいよね!」

「あ、あぁ、私はそう思うぞ」


 冷静に頷く紗麓に、旋律は尊敬と呼べる気持ちを抱いた。なんと頭の回転の早いことか。さっき聞いたばかりの校則から、そこまで考えられるなんて。演劇部のことも、ちゃんと考えてくれていることも嬉しいが、それより自分ももっとしっかりしなければと、旋律は思った。


 ――部のことも、心在くんのことも。


「うん……よし!」


 旋律が気合いを入れたのが奇妙に見えたのか、紗麓は少し不思議そうな顔をしたが、


「なら、早速アポイントメントを取らなければな。クラスは……」

「あ、心在くんはC組。織目さんと同じだよ」

「そうだったか? さすがにまだクラスの人間全ては頭に入っていないからな……」


 少し申し訳なさそうな顔をする紗麓に、旋律は良いよ、と笑ってみせる。


「無理もないよ、まだ初日だもんね」

「しかし……そうなると初対面の私がいきなり話すよりは、知り合いのお前が話した方が良いかもしれないな。部のことも、お前の方がよく分かっているだろうし」

「うん。私も行くよ」


 紗麓の提案に乗る形ではあるが、旋律の心は自分でも不思議なくらい踊っていた。


 ――また、会えるんだ。心在……カケルくん。


 朝も感じた、じんわりと胸が温かくなる感触。

 胸に手を当て、旋律はそれを鼓動のリズムと共に感じていた。


「タイミングは……そうだな、昼休みが良いか? 朝では時間がないかもしれん。それは事前に私から言っておこう」


 紗麓がそう計画を立案するのを、本当に頭が良い人なんだなぁと感心しながら、旋律は頷いた。


「うん、わかった。じゃあ昼休みにそっちに行くね」

「あぁ」


 話が一段落し、ふと間が空く。


「織目さん、ありがとう。部のこと、考えてくれて」


 さっきから言いたかったことだった。まだ学校にも来たばかりで、最初はこちらからの無理矢理な勧誘だったというのに、今は紗麓が真面目に取り組もうとしてくれているのが伝わってくる。


「ん? いや、私はただ、人手が足りないというから思いついたことを言ったまでだ。それに、お礼を言うのはこちらの方だ。お前のおかげで、私は何かに興味を持つということを初めて知れた。だから、ありがとう」

「えっ……う、うん」


 紗麓の言葉は大袈裟だと思ったが、本当に自分の拙い演技でそういう気持ちになってくれたのなら、それは嬉しいことだと、旋律は思った。


「さっきも言ったけど……改めて、これからよろしくね、織目さん」

「あぁ、こちらもよろしく頼む」


 旋律が手を差し出すと、紗麓はぎこちなくそれに応えた。


 織目紗麓と詩湧間旋律。


 【人間不信】の少女と、普通の少女――二人の間に、ほのかな友情の兆しが芽生えていた。


scene3からずっと同じ日なんだぜ……これ。


ここが厨二:すぐ百合っぽくしちゃう。


ガールズラブはありません!

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