第3章
武勇伝、第3章。
以来、ちょっと世界の見え方が変わった。仕事が無くても、ドタキャンが出ても落ち込まなくなった。テレビゲームで負けても床を殴らなくなった。運転の荒い車高短のセルシオを見かけても、至近距離まで行って運転席にガン付けたりしなくなった。
僕が何をすれば、彼女が笑ってくれるだろう。彼女の幸せの一部になれるだろう。誰かのために善く生きようと思えたら、多分、それは恋なんじゃないか。
3月7日、僕は健康保険の払込票、今期最後の一枚を持って郵便局へ向かった。ATM前から局内をうかがう。Nさんが居た。客の姿は見えない。このタイミングだ。僕はポケットの払込票を指で確かめ、襟を正した。
「すみません。払込をお願いしたいんですが」
「あっ…はい、申し訳ございません、お隣でお願いします」
居たんだよね。椅子で待ってるおばちゃんが、外からの死角に。しかし僕は狼狽えない。俯き加減のNさんにゆっくりと会釈、隣に立つ小動物的おば…失礼、お姉さんに払込票を渡した。
「お預かりいたします」心なしか、お姉さんの笑顔に何らかの意図を僕は見た。ああ、この人、前回あの場に居合わせたのか。
帰り際、Nさんは少し僕を見て、頭を下げてくれた。細やかな気配りも出来る娘だ。誰やねん、第一印象が朝青龍とか凛としてドルジとか言ってた奴。そう、救いようも無く、僕であった。今はもう真っ直ぐで、物静かで、芯のある、妖艶な肢体の美人にしか見えない。
受付けてくれたのはNさんじゃなかったけれども、収穫は十分あった。3月7日、月曜に勤務しているなら、14日にも居るはず。そう、ホワイトデイである。男が女に贈り物をしても滑稽じゃない日。
とりあえず、僕は駅前の百貨店へ。だいたい男は迷ったらゴディバに行き着く。ある程度の高級感があれば無難だと信じている。まったくもって、ひねりの無い生き物だ。しかし、あまり高すぎると彼女も気が重いかな。よって一番大きい派手なやつは却下。
この缶に入ってる丸い形状のやつにしよう。大袈裟にならず、しかし意外と高価なのが良い。ウインドウには6個、9個、12個入りの缶が並んでいた。12個でいきたいが、Nさんはなかなか豊満な体形である。「私が太ってるから、よく食べると思って大きいのをくれたのかな」などと思わせてはならん。だが6個は少ない。やはり9個だな。それでも支払いは4000円を超えた。
あとは渡し方。郵便局というのは仕切られたスペースも無く、そもそもまだ全然親しくないし、何より彼女や局が困るような方法はダメだ。めっちゃカッコイイ演技で突撃するのも有りは有りだが、最優先は僕の感情でなく、Nさんの幸せでなければ。




