五幕五場 「さあて、モネちゃんに逢いにいきますか」
「モネちゃんが犠牲になるなんて許せません! すぐに助けにいかなきゃ」
「落ち着けって。誰もモネが生贄にされるなんて言ってないぞ?」
魔導卿の言葉を聞いていてもたってもいられなくなったリホは、急いでモネのところへ行こうといきり立ったのを師匠に宥められた。
「で、でも」
「あくまで可能性の話をしたまでです。本当に新たな神が誕生するかどうかも分かりませんし、降臨の際にどんな贄を要求するのかも分かりません。あくまでも可能性です」
「ほんとにお前の早合点は直らんな。いい加減落ち着いて物事を見るようにしろ、歳相応に」
「……歳のことは言わないでください」
「……ですが、リホ殿の不安も理解できないことはないです」
魔導卿がリホに寄り添うのは珍しい。
「私もこのような力を持つ人間は初めてです。これがスターナとかいうものの持つ力とはあまり思えませんので、モネという娘自身の力なのでしょう。『ご神体』を自在に創り出せる力を持っているなどと知られれば、既存の宗派からも十分狙われる恐れはあるかと」
そういえば師匠も向こうで同じようなことを言っていた気がする。
やはりモネちゃんの祈りの力は危ないものなんだ、とリホは内心で改めて思っていた。
「卿はどうすればいいと思う?」
「そうですね……少なくとも彼女がこれまでに『ご神体』化させたものはすべてこちらで引き取るのがよろしいかと。悪用を防ぐと同時に新たな研究材料が手に入りますので」
まだ研究を進めるつもりなの?
リホは連日の徹夜でボロボロになったフーカのことを思い浮かべた。
因みにフーカは今研究室の床で爆睡しているらしい。
「そうか。それじゃあ回収しにいくか」
「えっ、モネちゃんのところに行くんですか!?」
「行きたいのか?」
「もちろん行きたいです!」
「マスター、それではまたフーカも同行させてください」
「いいのか?」
「はい。あの子にはまだまだ考えてもらわないといけませんので」
リホは魔導卿の顔をそっと盗み見たが、その骸骨顔からは何も感情が読み取れなかった。
「そういうことならいいだろう。目を覚まし次第連れていく」
「ありがとうございます」
魔導卿は丁寧に師匠へ頭を下げた。
ルフちゃんに自分のベッドに運ばれたフーカが目を覚ましたのは、結局それから2日後のことだった。
寝ぼけまなこをこすりながら食堂に現れたフーカにリホが事の次第を伝えると、またモネに会えると知ったフーカも喜んだ。
二人とも急いで食事を済ませると、旅の支度ももどかしく中庭にいる師匠の許へ向かった。
「準備はいいのか?」
「はいっ、万全です!」
「お前のそういう台詞、いまいち信用できんなあ」
いきなり信用ゼロの烙印を押されたリホは納得のいかない表情を浮かべたが、すぐにモネと再会することへの喜びに切り替わった。
一緒に過ごしたのはわずかな日数だったが、モネの純粋さにすっかり心を掴まれてしまったリホは、早くモネに会いたくてしょうがなかった。
フーカも身支度を整えて魔導卿の転送を待っている。
「マスター、準備が整いました」
魔導卿がやってきた。
「この前マスター達をここへ転送した時の地点に再度転送門を開きます。転送先の座標の現況も確認済みです」
「やってくれ」
魔導卿が術式を展開させ始めると、中庭に先日見たのと同じ転送術式が出現した。
「ではよろしくお願いいたします」
魔導卿の見送る中、リホ達は再びガリル山脈山中のリジェ村へと飛んだ。
転送門を潜るとそこはいつか見た荒地だった。
「また戻ってきたね~。モネちゃんはいるかな?」
転送が済むなりすぐにモネの姿を探し始めるリホ。
転送場所からモネの天幕まではすぐだ。
「モ~ネちゃん!」
リホが勢いよく天幕の中へ声をかけるが反応がない。
「どこかへ出かけてるんでしょうか?」
後ろから中を覗き込んだフーカがそう言うが、さっき見た感じでは農地で作業をしている姿は見えなかった。
「村の中かなぁ。行ってみようか?」
リホはフーカと連れ立って村の中を目指す。
後ろからは師匠がついてくる。
「モネちゃん、喜んでくれるかなぁ? 言ってもついこないだだもんね、お別れしたのって」
「私にはすごく前の感じがします……」
歩きながらウキウキとフーカに話しかけるリホ。
フーカはこの数日間の解析作業の忙しさのせいで記憶が彼方へ飛んでいるようだ。
「どこで布教してるんだろう……?」
モネが明るい時間帯に村の中で布教をしていたことはなかったので、今どこにモネがいるのか見当がつかない。
リホは村人に訊いてみることにした。
「あのう、すみません。モネちゃん今どこにいるかご存じないですか?」
リホに話しかけられた老人は初め何を訊かれているのか合点がいっていなかったようだった。
何度かリホとフーカが説明して、ようやく訊かれているのがモネのことだと理解したようだった。
「あの神官の子ならもういないよ」
「えっ!?」
「ちょっと前に同じような格好をした連中が来て、一緒にどっかいっちまったよ。農家の連中は残念がってたけどな」
「ど、どこに行ったか分かりますか?」
「さあてね。同じような連中が一緒だったから、なんとかいう神さまんとこにでも戻ったんじゃないか?」
「スターナ教の……」
モネからはスターナ教の本拠地がどこにあるのか聞いたことはなかった。
もし老人の言うとおりモネが教団の仲間と共に戻ったのだとしたら、もうモネとは会えなくなってしまう可能性大だった。
「師匠、どうしたらいいでしょう……?」
「同じ格好の連中ねぇ………」
師匠は少しの間考えていた。
「おい、他の村へ行くぞ」
「どうしてですか? そこにモネちゃんがいるんですか?」
「そうじゃない。モネが以前に祈ってた『ご神体』を見に行くんだ」
「なんでそんなことを……、それよりも今はモネちゃんの行方のほうが」
「勘違いするなよ、俺らは『ご神体』を回収するのが目的で来ているんだ。それに、なぜ今同じ教団の連中がモネを連れにきたのかが気になる」
「どういうことですか、マスター様」
フーカもモネの行く先を探したかったが、師匠の言葉に引っかかった。
「モネを必要とする何かがあったんじゃないかと思ってな。もしそれが『ご神体』に関わることだとしたら」
師匠はそこで少し言葉を切った。
「ちょっと面倒なことになるかもしれん」




