五幕五場 「そういうときも必要なのかもしれない」
「死の大地」に戻ってからは特に何事もなく数日が過ぎていった。
その間リホはいつも通りに師匠と鍛錬、フーカは魔導卿が例の『ご神体』化した石を調べる手伝いをしていた。
魔導卿が調べることになったまでは良かったが、そもそも神聖儀式については魔導士である魔導卿はそれほど詳しい訳でもなく、また神性を帯びた石を調べるための方法も不明だった。
そのためまずは石の神性解明のための術式を開発するところから、魔導卿とフーカは取り掛かったようだった。
聖属性の術式構築を応用させて神性を調べられる術式を創り出そうとしていたのだが。
ボバァンッ!
「な、なに!? どうしたの?」
リホが慌てて音のした方を見ると、魔導卿の研究室のあるほうから煙が上がっていた。
「なんぞ術式でも暴発させたか」
「えっ、暴発ですか? フーカちゃん、最近暴発させることなんて、滅多になかったのに」
暴発と聞いてすぐにフーカと連想される辺りが少し悲しい。
だがリホの言うとおり、魔導卿の許で自分の固有術式を創出し始めてからは、フーカの術式が暴走することはほとんどなくなっていたのだ。
「けほっけほっ、………あぁ、びっくりした」
全身煤だらけになったフーカがふらふらと中庭にやって来て、椅子に腰かけた。
「フーカちゃん、大丈夫? すごい音したけど」
リホの差し出したお茶を一口すすったフーカは、意外と元気そうだった。
「大丈夫です。今構築している術式に聖属性を固定化させようとして、魔力を注いでいたんですけど……、ちょっと力加減を間違えちゃいました」
「魔導卿はどうしたの?」
「先生は一旦術式の見直しをするみたいです。あ、先生は無傷ですからご心配なく」
「心配するわけないって。死んでも死なないんだから」
「死の大地」に戻ってから日に日にフーカは元気を取り戻しつつあった。
魔導卿と研究に勤しんでいるのが良かったようだ。
そんなフーカの変化を見て、リホも少しほっとしていた。
「まだ石の解析は進みそうもないか」
「そうですね……もうしばらくかかりそうです」
「まあ急ぎでどうこうしなきゃならんものでもないから、のんびりあたってくれればいいさ」
「先生にもそう言っておきます」
お茶を飲み干すと、フーカは煤だらけの格好のまままた研究室へ戻っていった。
「フーカちゃん元気になって良かったですね」
リホはフーカの後姿をしみじみと見送っている。
「何も解決はしてないぞ?」
「………そう言われるとそうなんですよね。でも、こればっかりは……」
「そうだな。お前にできることはないな」
師匠はにべもなく突き放した。
「そ、そんなの分かってますよ! わたしだってフーカちゃんを見守りたいんですっ!」
「そう思うだけにしておけ」
そう言ってリホと師匠は午後の鍛錬を再開するのだった。
それからまた数日が経った。
あれ以降フーカが暴発させることはなかったので、どうやら無事に解析用の術式が完成したのだろう。
その代わりにフーカが研究室から出てくることが極端に減ってしまった。
食事時には顔を見せるが、まるで敵のように飯を掻き込むと、食後のおしゃべりもせずにまたいそいそと研究室に戻っていくのだ。
その後も遅くまで研究室に籠り切りで解析を続けているらしく、下手をすると自分の部屋に戻って寝ていないのではないか、とリホはちょっと心配し始めていた。
「フーカちゃん、ちょっと休んだら……?」
朝よれよれの姿で食堂に現れたフーカを見て、リホは思わず駆け寄った。
「だ、大丈夫ですぅ……、いま解析のいいところなので……」
よたよたと椅子にたどり着いたフーカは、真ん丸一つ目達が運んできた朝食を食べ始めたが、そのうちパンを手にしながらうとうとし始め、ついにはテーブルにつっぷして寝てしまった。
「やっぱり寝てなかったのね……」
リホがフーカに自分の上着をそっとかけてあげる。
その後すぐにフーカ付きのシルフのルフちゃんが毛布を運んできて、フーカを優しく包んだ。
そのままフーカの体を浮かび上がらせて、静かに部屋へ連れていく。
食堂から連れていかれるフーカと入れ違いに、魔導卿がやってきた。
「魔導卿! フーカちゃんに無理させ過ぎじゃないですか!?」
「おや、フーカはいないのですか? 食事をしに来たと思ったのですが」
「今疲れて眠り込んじゃったのでルフちゃんが部屋へ連れていきました」
「そうでしたか。ではしばらくしたら起こしにいきましょう」
「ちょっと、無理させ過ぎって言ってるんですけど?」
「私は何も言ってませんよ。フーカが自分で希望したことです。もちろん私からは今回の解析作業がどれほど価値のあることなのかを説明はしましたがね」
「フーカちゃんが自分で……?」
リホはちょっと驚いた。
フーカが魔導研究に熱心なのは知っているが、ここまで没頭したことはない。
リホから見ても、今のフーカはちょっと入れ込み過ぎだった。
「研究に没頭していれば余計なことを考えずに済みますから、それはそれでいいのではないかと思っています」
「余計なことを……」
「いずれまた向き合う必要はあるでしょうが、一旦距離を置いて自分を見つめ直す時間も必要でしょう。今の作業は丁度うってつけですよ」
そう言うと魔導卿は食堂を出ていった。
相変わらず魔導卿は移動時に足音がしない。
それが微妙に宙を浮いているからだと知ったのは、最近のことだった。
《魔導卿様は魔導卿様なりにフーカ様のことを心配されていたのですね》
シルちゃんがリホの横でそっと呟く。
真ん丸一つ目達もうんうんと頷いている。
「……そうだね。そうだったんだね」
リホはテーブルに突っ伏しながらも満足そうな顔をして眠りこんでいたフーカの顔を思い出していた。
それからさらに日が経って。
「マスター。解析結果が出ました」
中庭でリホの鍛錬を見ていた師匠のところに魔導卿がやってきた。
「何か分かったのか」
「結論から申し上げますと、そんなに沢山のことは判明しませんでした。申し訳ありません。ですがいくつか分かったこともございます」
「どんなことだ?」
魔導卿は椅子に腰かけて自分もお茶を飲み始めた。
リホも鍛錬の手を止めて一緒にお茶を飲みだす。
「まずあの石ですが、間違いなく神性を帯びておりました。ただこの数日間で神性がわずかに減少しておりましたので、おそらくはモネという神官の祈りがある程度継続されることが、神性付与の条件であるかと」
「ふむ」
「ここは推測になりますが、マスターが別の場所で見たという岩や木像は神性を保っていたことからも、ある一定期間その神官が祈り続けると、神性を帯びたまま保たれるようになると考えられます」
「なるほどな。あの石は祈っていた時間が他よりも短かったからな。それじゃあやっぱりあの木に祈らせるのを止めたのは良かったんだな」
「そうですね、間違いなくトレント化していたでしょう。それと帯びている神性ですが、何らかの神の加護が含まれるものではありませんでした」
「ジジイの言っていた通りか」
「はい。どの神にも属さない神性ですので、そういう意味では聖属性術式に近いものがあります。ただしその神性の強さは術式の比ではありません」
「ほう」
「そしてこれが一番の問題なのですが、既存の神の加護の影響は含まれていないのですが、何か正体不明の指向性を持っているようでした」
「正体不明の指向性?」
リホが首を傾げている。
聞いたことのない言葉だ。
「ええ。はっきりとは分かりませんでしたが、何かに対する祈りの方向性とでもいうのでしょうか。考えられるのはスターナとかいうものへの祈りを捧げたことによるものですが……」
「実体のない神への信仰心が神性を持つ、ということか」
「あまり考えられないことであるかと。私もそこまで神職のことに詳しくはありませんが、そんなことが許されるのであれば、既存の神々など不要になります」
「どうしてですか?」
リホには今一つ話が見えていなかった。
「神官や司祭の祈りは一方的に捧げるものではなく、祈りを捧げ信仰を広める代わりに神の加護を受けるという等価交換的な行為です。そこには神が実在するという事実があることが絶対条件です。それなのに実体のない神を祈る行為で『ご神体』が発生してしまう、となると……」
「要はどんな神でも勝手に信仰すればいいことになる。それじゃあ光も闇もどっちも困るだろうな」
「それだけではございません。最悪新たな神が本当に誕生してしまうことになるかもしれません。その時には贄を求めるでしょうから―――」
「そんな!」
リホは思わず椅子から立ち上がった。
モネちゃんが犠牲になるなんて!




