五幕四場 「I'll be back?」
モネの天幕から村の宿に戻ってきたリホ達は、師匠の部屋に集まっていた。
テーブルの上にはモネのところから持ってきた石が載せられている。
「ほんとに『ご神体』化してるんですねぇ。……モネちゃん、どんな力を持ってるんでしょう?」
「何だろうな、聞いたことはないが」
「師匠でも知らないんですか?」
「ちょっと祈っただけでご神体が出来てしまう力なんてこれまで見たことも聞いたこともないな」
これにはリホも意外だった。
これまで師匠には知らないことはなく、どんな些細なことでも過去に見聞きしていると思い込んでいた。
その師匠が経験したことがないなんて、よほど稀なことなのだろう。
「考えられるのは信仰心の強さだろうが……それもなぁ」
「何か問題があるんですか?」
「問題っていうか、スターナなんて実体のない神を祈って、そこまで信仰心が溜まるとは思えんというかな。もしそうだとしたら、ありゃとんでもない信心深さだぞ」
「……モネさんの様子を見ると、あながちないとも言い切れない気もします」
フーカの言葉にリホも頷く。
とにかくモネは真っ直ぐなのだ、信仰に対して。
疑うことを知らないというか。
「とにかく一旦この石は持ち帰って魔導卿に視てもらおう。何か判るかもしれん」
「何も判らなかったら、どうするんですか?」
「そん時は、竜のところだな」
「あ~、それでもいいですね」
リホも珍しく素直に同意した。
元々竜王が持ち込んだ話だ。
自分の蒔いた種は自分で刈り取ってもらおう。
「それじゃあ、明日は戻りですね」
今回の旅の帰路については、出発前に魔導卿からあるお願いをされていた。
例の『いつでもどこでも転移門』の研究開発のために、リホ達がそのときいる場所を魔導卿の方で特定し、そこから「死の大地」へ転移するための門を魔導卿が開く、というものだった。
「あ~、明日は実験台かぁ~。フーカちゃん、本当にそれ大丈夫なんだよね? うっかり間違ってとんでもないところに放り出されたりしないよね?」
「さ、さあ………正直私にも難しい話だったので、大丈夫かと言われても保証はできないんですけど……」
さすがのフーカも不安そうだったが、曲がりなりにも自分の先生のすることを、大っぴらに疑う訳にもいかない。
「どこか別の場所に出るだけならいいがな、気づいたら壁の中にいた、なんてこともあり得るかもしれんぞ?」
「ちょっと、師匠! なんでそんな脅しをかけるんですかっ。もう~ますます嫌になっちゃうな~」
ぶつくさ文句を垂れながらリホはフーカと自分達の部屋へ戻っていた。
「ふぅ……」
部屋に入るとフーカが軽い溜息をついた。
それを見たリホは何か言いかけたが、結局は何も言わず互いにベッドに潜り込んだのだった。
翌朝、農作業の手伝いに出る前のモネに挨拶をしておこうと、リホ達はかなり早い時間に宿を出た。
天幕についてみるとモネはまだ夢の中だったが、今日この村を発つことを伝えると、ポロポロと涙を流し始めた。
「せっかくお二人とも仲良くなれたと思ったのに、もうお別れなんて……、とってもさみしいです」
拭っても拭っても大粒の涙を流し続けるモネの姿に、リホとフーカももらい泣きしてしまった。
三人でおいおい泣き声を上げている傍らで、師匠が『収納袋』をごそごそして、魔導通信機を取り出した。
「魔導卿、いるか?」
「ここにおりますマスター。もうお帰りになるのですか?」
突如聞こえた第三者の声にモネがびっくりしてそちらを見ると、何やら不思議な装置の上にゆらゆらと半透明の何かが浮かんでいる。
「な、なんですか、あれは?」
「あれが私の先生です」
「あんなに小さい人なのですか!? それに宙に浮かんで……」
「あ、あれはねモネちゃん、ちょっといろいろ訳ありで……」
リホが慌てて説明しようとするが、モネは浮かび上がる魔導卿の映像に釘付けだ。
「こっちの位置は判るか?」
「ええ。問題なく把握できております。それではこちらからそこへ転送術式を展開させますので、少し開けたところへ移動していただけますか?」
言われるままにリホ達は天幕を出て、森から少し出たところまで移動した。
幸い農作業が始まるにはまだ早い時間で、農夫達は一人もいなかった。
「その辺りで結構です。ではこれから門を開きますね」
師匠の掌の上に載っている通信機の上でゆらゆらしている魔導卿がそう言うと、しばらくして辺りに濃密な魔力が集まってきた。
「こ、これは……」
モネにもそれが分かるのか、目の前で起こっている変化をじっと見つめている。
「あ~、ドキドキする。ちゃんと帰れればいいけど」
「大丈夫ですよリホさん。ここまでは順調そうですから」
フーカの言葉が終わらないうちに、目の前の空き地に大きな術式が展開された。
複雑な文様を持った複層式の術式が光り出すと、中央部分がぽっかりと穴の開いたようになった。
「それじゃな、モネ。くれぐれも何かを祈るんじゃないぞ?」
一人ですたすたと穴に向かっていく師匠を見て、リホとフーカも慌てて後に続いた。
「モネちゃん、またね? 絶対会おうね!」
「モネさん、さようなら。また来ますね」
挨拶もそこそこに穴に飛び込んでいく二人。
姿が見えなくなると同時に術式が収束し、元の何もない野原に戻った。
「すごい………。あのような魔術があるなんて。あんな人達と出会えたのも、スターナ様のお導きのおかげです」
モネはその場で膝をつき、天に向かって祈りを捧げるのだった。
転送した先は中庭だった。
「わ~、無事に帰ってこれた~!」
喜びをこれでもかと表しているリホに、魔導卿が怪訝な顔を向ける。
「帰ってこられただけでそんなに喜ぶなんて、よほどひどい目にでも遭いましたか?」
「何言ってんですか。魔導卿の術式で無事にここへ帰ってこられたことが嬉しいんじゃないですか」
「随分な物言いですね。よもや私の実験が失敗するとでも思っていたのですか?」
「あ~実験って言った! やっぱりわたし達は実験台だったんだ。師匠、もう叱ってやってくださいよ! わたし達実験台にされちゃったんですよ?」
「別にいいだろ。それよりもこれだ、例の『ご神体』は」
そう言って師匠が『収納袋』からモネが拝んでいた石を取り出した。
「これが、『ご神体』ですか……。確かに神性を帯びているようですな」
「卿のほうで何か判るかもと思ってな。調べてみてくれないか」
「かしこまりました。これは大変興味深い調査になりそうですね」
「フーカちゃん、お風呂行こう」
リホはフーカの手を引っ張って風呂の方へ駆けていった。
宿にいる間は桶の湯で体を拭く程度しかできなかったので、早く入りたいのだろう。
「………何かありましたか?」
「ああ、実はな」
師匠は魔導卿に、旅の途中で起きたことを逐一話し、魔導卿はその話を聞いて何やら考え込むのだった。




