五幕四場 「ホントにご神体になるんだ」
日が暮れて少し経った頃、リホ達はモネの天幕を訪れていた。
表向きは夕飯を一緒に食べるという約束を取り付けた、ということになっているが、実際にはあれからモネが祈り続けている石に、何か変化があったのかどうかを確認するため。
食事は事前に『収納袋』から取り出しておいた子牛肉のシチューと焼き立てのパンで、モネは久々に食べるご馳走に涙を流して感謝していた。
もちろんその感謝はスターナという神にも捧げられていたのだが。
「こんなに美味しいシチューを食べたのは初めてです! リホさん、料理上手なんですね~」
「え、えへへ、そう言ってもらえると嬉しいかも……」
(ほんとはわたしが作った訳じゃないんだけどね……)
真顔で感想を伝えてくるモネにリホはちょっと済まない感じがした。
『収納袋』のことは説明してないし、できない。
村の宿でこんな料理が出されることもないので、宿で作ってもらったとも言えない。
仕方なくリホが作ったという見え見えの嘘をつくことにしたのだが、モネはこれっぽっちも疑うことなく信じ込んだのだった。
「モネちゃん、布教のほうはどう?」
「そうですね、やはり皆さんヴァーリ様への信仰が篤くて、中々わたしの話を聞いてもらえるところまではいきませんが、根気強く説いていきたいと思っています」
「ねえ、いっそのこともっと大きな街とかにいってみるのはどう? ここはみんなヴァーリ信者だし、農民が多いから大地信仰を変えるのは難しいと思うよ?」
「わたしの担当教区がガリル山脈なので、それはできないんです」
「どうしてガリル山脈なんかの担当になったの? 正直言って、そんなに布教にいいところではないと思うんだけど……」
パンを手に取ったままモネはしばらく一点を見つめていた。
「わたしにもよく分からないのです。でも司祭様が行けというので、それに従ったのです。司祭様の言いつけは絶対ですから」
「そうなの?」
「ええ。孤児だったわたしを育ててくれたのが司祭様ですから、わたしにとって親と呼べる存在でもあり、師と仰ぐ存在でもあるんです」
モネはそこでリホと師匠のことを交互に眺めた。
「お二人はやはり師とお弟子さんの関係なのですか? リホさんが『師匠』と呼んでいらっしゃるのは」
「まあ、そういう一面もあるな」
師匠がワインを片手に返事をする。
「実際にはおれの所有物だがな」
「えっ?」
「ちょ、師匠! なに言ってんですか! あ、あのねモネちゃん、わたしは師匠にいろいろと教わっているの。だから師匠って呼んでるのよ?」
「……そうですか。師と共に旅をなさっているなんて、羨ましいですね。……フーカさんは?」
そこで自分に話を振られたフーカは、びっくりしてパンを喉に詰まらせてしまった。
「!? 大丈夫、フーカちゃん?」
「ごほっごほっ………、だ、大丈夫、です」
ワインを呷ってなんとか喉の詰まりを直したフーカは、荒くなった息を整えるように自分の胸に手を当てて深呼吸をした。
「私は……、先生に言われてリホさんとマスター様の旅に同行しているんです」
「先生というのは?」
「私の魔術の先生です。私は魔術学院から先生の許で勉強することにしたので、それでリホさん達と一緒に暮らしているんです」
フーカの話は断片的で分かりづらいものだったが、モネは一生懸命に聞いてくれていた。
「……モネさんは、自分の信仰が正しいと思ってますか?」
不意にフーカが放った質問に、リホがはっと反応した。
師匠は何食わぬ顔だ。
「(ちょっとフーカちゃん、その訊き方は良くないと思うけど……)」
「いいえ、構いません」
モネは気にする素振りも見せず、フーカを見つめた。
「わたしは自分の信じるところを行うまで、と考えています。そのことに疑問や不安はありません。わたしの行いが正しいか正しくないかは、受け取る人によって変わると思います。それはわたしがどうこうできるものではない、仕方のないことだと思っています」
モネの優しい目に見つめられて、フーカもじっとモネを見返す。
「わたしがどう思おうと、わたしの周りの方々がその結果が正しかったのかどうか決めてくれるでしょう。それならばわたしは、自分の信じるところをただ進むのみ。それが私にとっての信仰心です。そしてわたしは常にスターナ様を信じるのみ……」
そういってモネはまた胸の前で左拳を右手で包んだ。
そんなモネの姿をフーカはじっと見つめたままだった。
「モネ、お前の拝んでいる石を見せてみろ」
「ちょっと、師匠!」
すっかり忘れていたが、今夜はモネの祀る石の様子を確認しにきたのだった。
それを思い出させてくれた師匠には感謝なのだが、
(話の流れとかあるでしょうに……)
空気とか読まない言動は今に始まった訳ではないが、リホは突っ込まざるを得なかった。
皆で天幕を出て、以前モネが拝んでいた巨木から少し離れたところに置いた石の前まで来た。
石は膝よりも低いくらいの細長いもので、うまい具合に支えられて立っている。
見るなりリホとフーカは小さな声を上げた。
「光っている……?」
「光ってますね……」
暗闇の中にうすぼんやりとだが、石が淡い白光を放っている。
「決まりだな、これは」
「そうですね」
「モネ、お前さん、この石を見てどう思う?」
「どうとは……? この薄い光のことでしょうか? これはわたしの祈りがスターナ様に届いている証拠かと」
「祈りの証拠?」
(そんな証拠、聞いたことないけど)と思いながらリホが訊く。
「はい。わたしの祈りが十分スターナ様に届いた証として、そのように光るようになるのだと思っていました。……ああ、それで皆さんは前の村の像のことをわたしに訊いてきたんですね? あの像もわたしの祈りがスターナ様に届いたので夜薄く光るようになっていましたから」
「祈りが届いたのかどうかは知らんが、お前の祈っていたものはどれも『ご神体』になってるんだよ」
「………えっ?」
「お前は自覚してなかったのかもしれんがな。お前、これまでもこんな風に何かに祈りを捧げたことはなかったのか?」
「ここに来るまでは本当の見習いで、教団本部の祭壇でお祈りを捧げることはまだ許されていませんでしたので、夜一人で空に向かって祈りを捧げていました」
「それが逆に良かったのかもな。下手な神像に祈られてたら、どうなっていたか分からん」
師匠の言葉に、リホはモネが神像に祈りを捧げている場面を想像してみた。
モネが拝んでいる像が徐々に光輝いていき、やがて動き出して……。
そこでリホは岩人形のイメージが頭に湧いて、慌てて想像をかき消した。
あんな厄介なものが出来ちゃったら、とんでもない!
「できればこれ以上、お前さんには何かに祈りを捧げてほしくはないんだが」
「どうしてですか?」
「お前さんが祈ってできる『ご神体』は神性を帯びてはいるが、どの神のものなのかが不明なんだよ。そんなものが世の中にポンポン現れたら、良くないことに使う連中が出てくるかもしれん」
「わたしが作ったご神体が、良くないことに……?」
「百年に1つ出てくればいいほうのご神体が、この地域だけで既に3つも存在している。分かる奴には分かるだろうから、そのうちそれ目当てでやってくる者がいるかもしれん。それが必ずしも性根のいい奴だとは限らんからな。最悪、この村とかにも迷惑がかかるかもしれないぞ?」
「村に、迷惑が………」
そう言われてモネは深刻な顔をして考え込んでしまった。
リホはそんな師匠とモネのやり取りをハラハラしながら見守っていた。
(師匠、そんなにど正直に言わなくても……、でも師匠の言うとおりでもあるんだよねぇ)
ご神体の価値を知った盗賊団が襲ってくるかもしれないし、定まっていない神性を持っていると知った他の宗派のものが狙いにくるかもしれない。
宗教が絡んだ争いは時として悲惨な結果を招くことは、リホも承知していた。
「………分かりました。村に迷惑をかけるのは本意ではありません。ですが……わたしは明日からどうやって皆さんに教えを広めればいいのでしょう? 皆さんに何を拝んでもらえばいいのでしょうか?」
「一緒に空でも拝んだらどうだ?」
「ちょ、師匠、適当過ぎ!」




