五幕四場 「百年に一度の…」
あれから祈りを捧げることを主張するモネを説得して、半トレント化している巨木から、その辺にあった手ごろな大きさの石に祈りの対象を変えさせるのに一苦労だった。
モネは信仰に対しては一途で、頑固と言っていいくらいだったが、リホとフーカが二人がかりであれこれ説き伏せてようやく納得したのだった。
その間師匠はどこ吹く風で説得役を二人に任せていたが。
「でも、本当にそんなことがあるのでしょうか? 祈りを捧げているものが神性を帯びるなんて……」
フーカがフォークを持ったままぼんやりと呟いた。
隣ではリホがメインのウサギ肉の煮込み風と格闘している。
師匠から『しばらく様子を見よう』と言われ、三人は村に1軒だけある宿屋に泊まりこむことにした。
『一軒家でいいじゃないですか。わざわざ宿屋に泊まらなくても』
『しばらく村に出入りしなけりゃならんのに、どこに泊まっているのかよく分からん連中だ、と思われたらやりづらいだろう?』
宿屋と一軒家を比べて、一軒家のほうが絶対居心地がいいと見たリホは散々主張したが、師匠の一声で全て却下された。
そんな訳で今三人は、宿の食堂で中々切れないウサギ肉相手に苦労しているところだった。
「今拝ませている石の経過観察次第だが、恐らくあの娘の仕業で間違いないぞ」
「それってやっぱりスターナ様のせいなんでしょうか?」
ようやく細かくできたウサギ肉をほおばりながらリホも師匠に訊いてみた。
「どうだろうな。もしスターナとかいうのにそこまでの力があるっていうんなら、ここ以外の場所でも『ご神体』が出来ていてもおかしくないと思うがな」
「どういうことですか?」
今度はワインを呷りながらリホが続ける。
どうやらうまく噛み切れなかったようだ。
「スターナ教とかいう新宗派の神官があの娘一人ってことはないだろう? もしスターナ自身に『ご神体』を造り出すような力があって、祈りを捧げればそれが起こるっていうなら、他の神官共のところでも同じようなことが起きているはずじゃないか」
「ふむふむ。じゃあ、ここ以外に『ご神体』の情報がないってことは、モネちゃん自身が『ご神体』を造り出しているってことですか」
「モネさんの様子だと、意図して『ご神体』を造っているようには見えませんでしたけど……」
「だろうな。本人も自覚していないのかもしれん」
「それって、何気にとんでもないことだったりしません?」
リホの言うのももっともなことだった。
ご神体がこの世に生まれ出るのは百年に一度あるかないか。
それが一人の少女が祈りを捧げるだけで、岩でも木像でも立木でも何でも『ご神体』になってしまう。
そんな力を持っている神官がいると知れれば―――。
「スターナ教の連中はこのことを知っているのかね。知っててあのモネって娘を派遣しているんだとすれば、何か魂胆があるのかもしれん」
「魂胆って……」
フーカが不安そうに訊き返した。
一途に自分の信じる神への信仰を述べるモネの姿を見て、何かの企みに利用されているのではないかと心配したのだろう。
「そこまでは分からんがな。そういう可能性もあるかもしれんってことだ」
「スターナ教……一体どんな宗派なんでしょう?」
ようやくウサギ肉を片付けたリホがコップに残ったワインを揺らしながら尋ねてきた。
「さあな。見たことも聞いたこともない神なんて知らんよ」
「唯一にして最高の神、っていってましたよね? それって創造神様のことじゃないんですか?」
リホの言う創造神とは、この世界を創った最初の神で、世界のあらゆるもの、つまりは光と闇の神々に至るまでを創り上げた存在だ。
名前は伝わっていないが、光闇両陣営の神を超える存在と言われれば、そのくらいしか思い当たらないのだが。
「違うな」
師匠ににべもなく否定された。
「違うなって、どうして師匠に分かるんですか?」
「知ってるからだ」
「はあぁっ?」「えっ?」
リホは疑念の、フーカは驚きの声を上げた。
「知ってるって、創造神様をですか?」
「ああ」
さすがにそれは嘘だろうとリホは思った。
思ったのだが、何分師匠のことだ。何が起きても不思議ではない。
リホはそれ以上話を進めるのがちょっと怖くなって、それ以上は師匠を問い詰めなかった。
それから10日ほど、リホ達三人はリジェの村に滞在して、それとなくモネの様子を窺っていた。
ポーションを飲ませてもらってから2、3日して体力が回復したモネは、早速村の人々相手に布教活動を再開させていた。
昼間は畑で農作業を行っているものを手伝い、少しばかりのお布施代わりの農作物を貰っていた。
特にスターナ教についての話をしているようには見えず、あれでは確かに新しい宗派の神官が来たとは思われないだろうな、とリホは遠めに観察していた。
この村もやはり例に漏れずヴァーリ派の信仰が篤く、特に農業に従事するものはほぼ全員がヴァーリを崇拝していることもあって、中々布教はうまくいっていないようだった。
「あれって、話をする相手間違えてませんか?」
今日も畑で汗水垂らして農作業に加わっているモネを見て、リホがもっともな意見を述べた。
「不器用というかなんというか……、大体この村だけじゃなくってこの地域全体、ヴァーリ様の信者ばっかりなのに、そこに割って入るのって難しくないですか?」
「ヴァーリ信者は熱心な者が多いからな。だが敢えてそこに挑戦しているのかもしれんぞ?」
都市部ではそれほど信仰している者はいないが、農村部などでは大地の女神は絶大な支持を得ている。
土を相手に農業を営む者らからすれば、自分達の生死に直結する大地の恵みを与えてくれるヴァ―リへの信仰を、そう簡単に手放すわけはなかった。
「なんだろうな~、モネちゃん、すっごくいい子なんだけどな~」
新しい『ご神体』候補の石の様子を見るために何度かモネのところを訪ねたのだが、その度にモネは大喜びして迎えてくれていた。
リホもフーカもその歓待ぶりにはじめはちょっと戸惑ったのだが、それが自分を救ってくれた者への心からの真心なのだと分かると、二人ともモネの純真さに心を打たれたのだった。
「でもモネさん、何だか楽しそうですね」
農夫達と一緒になって畑から芋を引っこ抜いて喜んでいるモネは、心底喜んでいるようだった。
そんなモネの姿を、フーカはじっと見つめていた。
「今夜もう一度石の様子を見に行こう。そろそろ何かありそうだ」
師匠が言うには、何となく変化の兆しが見え始めているという。
これで石に神性が宿っているということになれば、モネに何らかの力が備わっている可能性がかなり高くなる。
「師匠、もし今夜見てみて石が『ご神体』になりそうだったとしたら、どうするんですか?」
「そこなんだよなぁ。これまで見てきた二つの『ご神体』には害はないし、スターナっていう神のことも、実体がないんじゃ別に気にすることもない気もするんだが……」
「なにか問題でもあるんですか?」
「門番にどう説明するかな、ってね」
そうだった、今回の話は“門番”が持ってきた話なんだった。
リホは今更ながらに話の出所のでかさをかみしめていた。
「……実害がなければ、そのままでは駄目なんですか?」
フーカが遠慮がちに言ってくる。
前よりは口数が増えてきたが、まだいつもの様子には戻れていない。
「ジジイが何を気にしているか、なんだよな。正体不明の神が信仰されていることが気に入らないのであれば、それは俺らには関係ない話だ」
「関係ない……?」
「実体の伴わない神なんて、どれだけ信仰されてもそれこそ絵にかいた餅だろう。百歩譲ってもしそれが一大勢力となったとしても、それは宗教家どもが対処する話だ」
師匠はフーカのほうを見ながら続けた。
「『ご神体』が増えることを気にしているってんなら、一つ持ち帰って魔導卿に調べさせるって手もある。どこまで判るかやってみないと分からんが、少なくとも危険があるかどうかくらいは判るだろう」
「危険なんですか、モネさんの力は」
「さあな。危険なものになり得るのか否か、それを調べるってことだ。あの巨木みたいにトレント化するようなものが他にも出てくるってことになれば、危険と言えなくもない。他にもあの娘が祈ることで何か起きるかもしれない。本人はただ祈っているだけなんだろうが」
「ただ祈っているだけでも、危険に……」
フーカはモネを見つめていた。
「無自覚に『ご神体』を生み出しているのであれば、はっきりさせてやる必要があるかもしれんな。本人がどうするかは分からんが」
師匠がまっすぐフーカを見た。
「今夜、何らかの答えが出るだろうよ」




