五幕三場 「やっと見つけたよ」
「……皆さま、本当にありがとうございました。おかげで命拾いをしました」
天幕の下で震えていた少女を助けるべく、リホは急遽魔導卿に連絡し、使えそうなポーションの類について質問攻めにした。
魔導卿曰く、病気ならばたとえポーションを使ったとしてもすぐには良くならず、体力の回復は自然に待つしかない、とのことだったので、取り敢えず教えてもらったポーションを飲ませた後、気が付いた少女にこっそり『収納袋』から取り出したサンドイッチを与えたのだった。
少女は目を覚ました後、何がどうなっているのかの説明を聞く間もなく、目の前のサンドイッチに両手を伸ばしてかぶりついた。
病気もさることながら、かなり空腹に耐えかねていたようだ。
「あれだけ食欲があればまずは大丈夫だろう」
師匠の言葉にポッと頬を赤らめる。
いかに空腹だったとはいえ、見ず知らずの人の前であんなにも旺盛な食欲を見せてしまったことが恥ずかしかったのだろう。
「すみません。はしたないところをお見せしてしまって。申し遅れました。わたし、モネ・クラフトと申します」
寝ていた寝台の上に正座をして丁寧に頭を下げるモネ。
つられてリホとフーカも頭を下げる。
「皆さまにお助けいただいたこと、感謝申し上げます。これもスターナ様のお導きでしょう」
「スターナ様?」
聞いたことのない名にリホは首を傾げた。
「はい。スターナ様は常にわたしたちをお守りくださいます。どんな困難な時であっても、心にスターナ様を一心に想えば必ず救われるのです」
(やっぱりこの子だ、例の神官は。でも、スターナ様ってどこの神様なんだろう?)
おそらくフーカも聞いたことのない神の名を聞いたことで困惑したのだろう。
自然とリホと顔を見合わせている。
「そのスターナとかいう神は、どこの神なんだ? 光か? 闇か?」
師匠の問いかけをリホとフーカも頷きながら聞いていた。
この世界の神々は光と闇の両陣営に分かれており、それぞれに様々な神が存在している。
最も有名なのは光の主神のサラディンだが、それ以外にも多くの信者を持つ神々がいる。
この地方で広く信仰されている大地の女神ヴァーリもその一人だ。
聞き慣れない神の名に、リホは一瞬闇の神々の名なのではないか、と身構えた。
「いいえ。スターナ様は光、闇どちらにも属しません。この世界を創り治める、唯一にして最高の神なのです」
「そんな神のことは聞いたことがないな」
師匠の言葉にリホとフーカも首を縦に振る。
そもそも唯一にして最高神、という存在など聞いたことがない。
「スターナ様は今信じられている神々よりも前にこの世界に存在していました。スターナ様よりも後に生まれた今の神々がこの世界を統べるようになって、スターナ様は一旦この世界を離れましたが、今またわたし達のためにこの世界にお戻りになろうとしています。だからわたし達はスターナ様をお迎えするべく、その御心を広くこの世界に広めていく必要があるのです」
寝台の上で跪きながらモネは胸の前で手を合わせた。
ほとんどの宗派で、神官が祈る際には手を組んで祈りを捧げるが、モネは左拳を右手で包むような形を取っていた。
そんな祈り方一つとっても、今ある宗派とは異なる形を取っているらしい。
「モネちゃん、って呼んでもいいかな? モネちゃんはその、スターナ様? を信仰する神官様なの?」
「はい。わたしはスターナ派の神官です。……ただまだ見習いといったくらいですが」
「そうなの?」
「わたしはまだまだスターナ様の存在を広めることが出来ずにいますから……。この村でもその前の村でも中々皆さんに受け入れてもらうことが出来なくて」
ああ、やっぱりこの子だったんだ。
リホとフーカは思わず顔を見合わせて頷き合った。
ここまでガリル山脈を探し回って、ようやく目的の人物に会うことができた。
「ねえ、モネちゃん。あなた、前にいた村にご神体、じゃなかった、神像? を置いていってない?」
「神像、ですか? わたしの住まいにさせていただいていた庵に、何やら古い木像がありましたので、それをスターナ様に見立ててお祈りを捧げてはいましたけど……あれはわたしのものではなかったので、村を去る時にそのままにしてきましたが」
「えっ、モネちゃんのじゃないの?」
リホはだんだん理解が追いつかなくなってきた。
リジェの前の村にあった木像は元々そこにあったもので、モネが拝んではいたがモネが持ち込んだものではないという。
その前の村に至っては像ですらなく、ただの尖った岩だった。
何故それが神性を帯びるのだろう?
偶然なのか、それともこのモネという少女が何かをしたのか。
「モネさんは、その木像に何かされたということはないですか? 何かの術式を付与したとか……」
フーカの質問はいかにも魔術師らしいものだった。
元々モネが持っていたものではないのだとすれば、像や岩に後から何か付与したのではないか?
ただ残念なことに、神官や司祭といった神職の者は術式を用いることはない。
彼らは己の信じる神に対して祈り、加護を乞うのだ。
「神官が術式を付与するとは思えんな。お前さん、本当に何もしてないのか?」
しばらく黙ってモネの様子を見ていた師匠が尋ねた。
「わたしは何も……、ただスターナ様に祈りを捧げていただけなので。あの、いったい何のお話なのでしょうか?」
「ここでは何に祈りを捧げているんだ?」
「? わたしは常にスターナ様に……」
「そうじゃない。そのスターナとかいう奴への祈りを、何に向かって行ってるんだ? 空を見上げて祈ってんのか?」
「そういうことでしたら、こちらです」
そう言ってモネは寝台を降り、天幕の外へ三人を連れ出した。
森へ少し入ったところに、随分と大きな木が生えている。
周りの木々が少しずつ葉を色づかせている中、この木だけは青々とした葉を枝いっぱいに茂らせていた。
リホはかつて「あやかしの森」でみた巨大トレントを想起してしまう。
「こちらの木が大変立派でしたので、毎日この木に向かって祈りを捧げていました」
「いつからだ?」
「ここへ来て少し経ってからですから……3か月ほどでしょうか」
師匠は目の前の巨木に手を当てて、しばらくじっと目を瞑っていた。
リホとフーカはそんな師匠をじっと見守っている。
「………お前さん、もうこの木に祈るのはやめろ」
「! どうしてですか?」
「これ以上祈るとこの木は神木になってしまうぞ? 神性を帯びてはいるが要はトレントだ」
「「えっ!?」」
リホとフーカの声が重なった。




