五幕三場 「師匠ってわたし以外には優しいのでは…?」
次の集落までは丸々2日を費やした。
街道を外れてからかなりの距離を歩くこととなり、たどり着いた時にはすっかり辺りが暗くなっていた。
三人はその日に集落に入ることはせずに、少し離れたところに結界を張って一泊することにした。
「師匠、この間の村もそうでしたけど、こういう人達って、どうしてこんな風に離れたところで暮らしてるんですかね?」
食後に暖炉の前で体を伸ばしながら、リホは師匠に訊いてみた。
「カントの街に居づらいからだろう?」
「それはそうだと思うんですけど、でもそれだったらどこか他所の街や村でもいいわけじゃないですか。なんでわざわざガリル山脈の中に新しく村を作って住まなきゃいけないんだろう、って思って」
「どこにも行けない連中だっているもんさ。別に珍しい話じゃない」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだろ。みんなが同じところに住むことを望んでいるんだったら、大陸にどでかい街が一つできてそれでお終いだ。そうはなってないってことは、みんなそれぞれ住みたいところや理由は違うってことだ」
「ふ~ん、そういうもんですかねぇ」
「もちろんいろいろな理由があるんだろうがな。元々この山脈の中で暮らしてきていて、先祖代々の土地だから、とか、街の生活に馴染めなくなった連中が集まって暮らしている、とかな」
考えてみれば、エルフやドワーフといった種族も、ある意味ではヒト族の街で暮らしにくいから、それぞれ秘境とも呼べる土地に集落を作っているともいえる。
そしてそんなエルフやドワーフにも、ヒト族の街中で普通に生活できているものもいるのだ。
「この村はどんな村ですかね~。こないだみたいな閉鎖的じゃなきゃいいですけど」
「あまり期待はしないほうがいいな。ここの立地も相当なもんだ」
師匠はワイングラスを傾けながら答える。
最近師匠は食後のワインに嵌っているようだ。
そこで風呂から上がったフーカが入ってきた。
「あ、フーカちゃん上がった? じゃあ次わたし入るね~」
入れ替わりでリホが立ち上がり風呂のほうへ行く。
フーカはまだ少し濡れた髪を乾かすのに、暖炉の傍へ寄った。
「………………」
「………………」
お互いに口を開かず時間が流れる。
師匠は別になにも気にせずワインを飲んでいるだけのようだが、フーカは何か言いたげなようにも見えた。
「………………マスター様」
フーカは暖炉の炎を見つめたままだった。
「………マスター様は、人と戦ったことはあるんですよね」
「ああ、あるよ」
師匠はさらりと返事をした。
「………何も、思わなかったですか、その時」
「別に何も思わんな」
「…………」
「俺は自分からは戦わん。向こうが勝手につっかかってくるだけだ。その結果どうなろうと、おれの知ったこっちゃない」
「それで平気なんですか?」
「平気もくそもない。そいつらの蒔いた種だからな。お前、目の前の暗がりの中に何かいるとわかっただけで、無暗に手を出しにいくか?」
「………いえ、そんなことはしません」
「勝手にそこに突っ込んでいって、その結果そこにいたのが実は竜でした、ってなっても、それはそいつの責任だろう?」
「………はい」
「そういうことだ」
フーカはなんだか訳が分からなくなってしまった。
師匠の話の内容は分かるが、自分の欲しい答えとは何か違う気がする。
「私が訊きたいのはそういうことではなくて……」
「おれに訊いても無駄だぞ?」
師匠が先を制した。
「訊くならリホに……、いや、あいつに訊いても無駄だな。お前が自分でケリをつけなきゃな」
「ケリをつける………?」
「この間の盗賊連中を殺したことだろう?」
師匠から核心を突いた言葉を投げかけられて、フーカは一瞬息が詰まった。
あの時のことを思うと、未だ胸が苦しくなる。
「正解はないからな。誰かが教えてやれることじゃない。お前自身もだ。正解を探すんじゃなくて、自分の心と折り合いを付けろ」
「正解はない………」
「まあ、強いて言うならな、この世界に関わらずだが、最終的に生きているってことが重要だな。お前あのとき、あの盗賊に殺されてもいいって思ったか?」
「いいえ」
「だったら生き延びたほうが勝ちなんだよ。それに―――」
そこで師匠はフーカの視線の前に出た。
「あの時、お前が魔術を使わなかったら、リホは死んでいたかもしれん」
「―――!」
「死ななかったかもしれんが、それは分からん。だが可能性としてはあってもおかしくなかった。だからお前も魔術を使ったんだろう?」
あの時、無我夢中で術式を展開したフーカの頭には、リホを助けなければ、という想いしかなかった。
「一応、礼は言っておく。ありがとな、弟子を助けてくれて」
師匠はフーカの頭にポンと手を置いた。
フーカの目が見開いた。
「早く寝ろよ。起きてても碌なことはないぞ」
そういうと師匠はワイン片手に居間を出ていった。
残ったフーカはしばらくぼんやりと暖炉の炎を見つめたまま動かなかった。
「………神官? ああ、そういえばいたねぇ、そんな子」
朝方集落の外側にある畑で野良仕事をしていた年配の女数人に声を掛けて、ここへ神官が現れなかったか確認したリホ達。
はじめは見慣れない三人組に警戒心丸わかりの様子だった女達も、一生懸命友好的な姿勢を見せようとしているリホの様子に、徐々に警戒心を解いていった。
「いつ頃までいたんですか?」
「去年の年末くらいかねぇ。そんなに長くは村にいなかったんだけど。布教活動をしてたみたいだったけど、うまく行かなくなって、リジェの方に行っちまったみたいだよ」
「リジェ?」
「街道を南にうんと下った先にある村だよ。ここよりは大きいって話を聞いていったみたいだけど」
「この村でその神官がいた教会はあるのか?」
師匠が声を掛けると、女達は思わず目くばせをして頬を赤らめた。
(全然気にしたことなかったけど、師匠って見た目いいんだなぁ)
女達の恥じらう姿でそんなことをリホは再認識していた。
「教会なんて大したもんじゃなかったけどね。掘立小屋に毛が生えた程度のものだったけど、一応そこを教会みたいにしてたっけ」
女達に詳しい場所を教えてもらい村の中を進んでいくと、やがて目的の小屋が見えてきた。
しばらく使われていなかったせいか、屋根には草が生え始めていて、外塀も半分は崩れている。
「あっ、ありました!」
例によって先行して中の様子を確認していたリホが声を上げた。
「どうですか?」
「これも『ご神体』だな」
そこには木でできた粗い造りの像がポツンと置かれていた。
大きさは膝の高さもないくらいだが、祭壇に似せた大きな石の上に置かれたそれは、先日見た岩と同じように淡い光を放っていたのだった。
「やっぱり、その神官が怪しいですね」
「こうまで行くところに『ご神体』がでてくるんじゃな」
「………まだリジェというところにいるんでしょうか?」
フーカの疑問に答えるように師匠が立ち上がった。
「行けばわかるさ」
「ですよね~」




